■Mary Kom (監督:オムング・クマール 2014年インド映画)
AIBA世界女子ボクシング選手権において5度の金メダルに輝き、2012年ロンドン・オリンピックでも銅メダルを受賞したアマチュア女性ボクサー、メアリー・コン。映画『Mary Kom』は「インドボクシング界で最も成功した選手のひとり」と呼ばれる彼女の半生を描くスポーツ伝記ドラマです。そして、こんなハードな格闘技選手役を、あのプリヤンカー・チョープラーが演じる!といった部分でも注目の作品なんですね。
メアリー・コン(プリヤンカー・チョープラー)は幼いころから負けん気の強い少女でした。学校でも男子相手に掴み合いの大喧嘩、町で悪さをするチンピラとやり合うことすらありました。そんな彼女は偶然拾ったボクシング・グローブからボクシングに目覚め、いつしかジムに通うようになります。メキメキと実力を伸ばしてゆくメアリーですが、彼女の父は「女がボクシングとは何事だ」と決して許しませんでした。しかし逆境にも負けずメアリーは数々のメダルをものにするようになり、さらに恋人オンレル(ダルシャン・クマール)との結婚を考えます。しかしここでまたメアリーは「結婚か、ボクシングか」の選択を迫られることになるのです。
この作品はなにしろ、女ボクサーを演じるプリヤンカーの、その鬼気迫る演技に感嘆させられますね。ストリート・ファイトで顔面傷だらけになるプリヤンカーなんて誰が想像するでしょうか!?試合では汗みどろになり、満身創痍で、苦痛に顔を歪ませ、眼光だけが鋭く光ります。ボクサー役を演じるため肉体改造に挑み、そしてボクシングという男臭く泥臭い競技の世界に足を踏み入れた女性の姿を果敢に演じます。しかしそんな過酷な世界の描写とは裏腹の、夫や子供に囲まれた幸せな家庭の主婦を演じるときは、やはり華やかな美しさを見せるんですね。『バルフィ!』の知的障碍者の演技も息を呑むものでしたが、この『Mary Kom』でもただの美人女優の枠に収まらない俳優としての底力を見せつけてくれました。なにより学校の制服で登場するプリヤンカーに萌えましたよ(そこかよ)!
ただしそういったプリヤンカーの努力もありながら、ボクシング試合描写は回数も思ったより少なく、しかも実のところそれほど興奮を呼びません。自分はボクシングについては暗いのですが、ボクシング好きの方が見たら拍子抜けするような試合描写かもしれません。プリヤンカーはトレーニングでそこそこに筋肉をつけたようですが、ボクシング選手の見せる瞬発力やパワフルさにはまだまだ至らないんです。とはいえこれはプリヤンカーの問題ではなく、演出や撮影・編集の問題、ひいては監督の力量不足のためなのではないかと思います。要するに「見せ方」の問題なんですね。そういった部分で、「ボクシング試合の昂奮を描く作品」を求めると少々肩透かしを食うかもしれません。
しかしこの映画の本質は、実は女性映画としての側面にあるのではないかと思います。主人公メアリーは「女のくせにボクシングなんて」と父親から否定されます。ボクシング協会役員との諍いは、「どうせ女だから」と軽く見られたからでしょう。結婚を望めば望むで、「ボクシングとの両立なんてできるわけがない」とコーチにすら否定されます。これらは全て、女性が社会に出ようとするときに出遭う障壁と何ら変わらないものなんです。しかしメアリーは決して負けません。「女には無理」という周囲の男たちの偏見をことごとく跳ね除け、立派に戦い抜き、栄冠と幸福な家庭の両方を手に入れます。これはひとつのサクセスストーリーを描く作品です。そしてそれは、「何かの制約の中で生きるのではなく、自分の望むままに生きたい」という、人として当たり前の希望を貫き通したひとりの女性の、栄光の物語なんです。
メアリー・コム(Mary Kom)ことマングテ・チュングネイジャング・メアリー・コム(Mangte Chungneijang Merykom、女性:1983年3月1日 - )は、インドのアマチュアボクシング選手。マニプル州出身。インドボクシング界で最も成功した選手のひとりとされる。
2000年に17歳でボクシングを始め、いきなり州選手権で優勝を果たす。翌2001年、第1回女子世界選手権にライトフライ級で出場。競技1年程で銀メダルを獲得。2002年、モスキート級(後のピン級)に転級し、世界選手権で優勝。インドボクシング界で男女、オリンピック・世界選手権通じて初の金メダルという快挙を成し遂げる。世界選手権では2005年、自国開催の2006年、そして2008年も優勝し、4連覇を達成。2010年、アジア選手権4連覇達成。世界選手権も5連覇。ロンドンオリンピックはフライ級(51kg級)で出場して銅メダル獲得。
Wikipedia:メアリー・コム