2312 太陽系動乱 / キム・スタンリー・ロビンスン

西暦2312年、人類は太陽系各地で繁栄しつつも、資源格差や環境問題をめぐり対立を深めていた。そんななか、諸勢力共存の要だった水星の大政治家アレックスが急死。彼女の孫スワンは、祖母の極秘の遺言を届けに木星の衛星イオに赴く。地球を訪れたのち水星に戻ったスワンは、移動都市を襲う隕石衝突に巻きこまれる!『レッド・マーズ』の著者による3度目のネビュラ賞受賞宇宙SF。(上巻)


水星の移動都市を壊滅させた隕石衝突は、偶然を装ったテロ攻撃だった!辛くも生還したスワンと土星連盟の外交官ワーラムらは、一部の量子AIが各地で見せている奇妙な動きと事件との関わりを疑う。スワンは都市再建のため訪れた地球で、悲惨な状況に衝撃を受け、地球の山積した問題を一気に解決すべく革命的な計画を立案する。一方、正体不明のテロ犯は次の一手を進めていた!(下巻)

キム・スタンリー・ロビンソンといえば個人的には火星開拓SF『レッド・マーズ』、そして『ブルー・マーズ』だろう。執筆当時最新と思われる火星の科学知識を駆使した火星地表風景を描写した筆致がなによりも美しく、それがテラフォーミングされてゆくさまを迫真の物語として描いてゆくのだ。完結編『グリーン・マーズ』が訳出されなかったのがなによりも残念だ(売れなかったんだろうナァ…)。
その作者による新作SF『2312 太陽系動乱』は300年後の未来、人類の版図が太陽系全域に拡大し、各惑星がテラフォーミングされた時代に起こった事件を描いたものだ。ここでも作者は宇宙科学、宇宙工学の知識を動員し、それぞれの惑星がどのようにしてテラフォーミングされ、またはされつつあるかを詳細に描写する。それは水星、金星のみならず、各惑星の衛星にまで及び、さらには数限りなくある小惑星内部を彫り抜き居住可能にしたテラリウムといった形のものまで登場する。そんな未来に巻き起こる政治的な衝突は、まさに『レッド・マーズ』の太陽系拡大版ともいえるだろう。
そういった部分で十分にSF的なるものの醍醐味を味わえる作品であるが、物語それ自体はどうかというと、これがどうも難がある。SF小説としてはよく出来ているが"小説"としては退屈なのだ。それはまずエキセントリックすぎて感情移入の困難な主人公や登場人物が原因だし、詳細な惑星描写や注釈は逆に物語のテンポを牛の歩みの如く遅くする。そもそも「太陽系動乱」という日本タイトルがつけられているが、具体性もないまま動乱の雰囲気だけで引っ張って、実際スペクタクルな事件が起こるのは上巻の半分まで差し掛かったところである。しかもこの動乱なるものの理由というか根拠がどうにも陳腐で、ドラマとして薄い。そして惑星間を数日で移動するスケール感にどうにも疑問に感じてしまう。そんなわけで良否半々の読後感だった。

2312 太陽系動乱〈上〉 (創元SF文庫)

2312 太陽系動乱〈上〉 (創元SF文庫)

2312 太陽系動乱〈下〉 (創元SF文庫)

2312 太陽系動乱〈下〉 (創元SF文庫)