素晴らしい幸福感と解放感に満ちた傑作インド映画『Queen』

Queen (監督:ヴィカース・ベヘル 2014年インド映画)


婚約を破棄されたインド人女性が傷心のままヨーロッパ旅行に旅立ち、そこで出会う様々な人々と様々な体験を経て自分を見つめなおしてゆく、というのがこの映画だ。タイトルの「Queen」は主人公女性のインド名を英訳したものらしい。

主人公の名はラーニー(カンガナー・ラーナーウト)。彼女は大学時代からの恋人ヴィジャイ(ラージクマール・ラーオ)と婚約し、挙式も間近という時になってヴィジャイから一方的に婚約を破棄されてしまう。涙に暮れるラーニーはハネムーンで行くはずだったパリとアムステルダムへ一人で旅立つことを決意する。パリではシングルマザーのホテル従業員ヴィジャイラクシュミー(リザ・ハイドン)と、アムステルダムではゲストハウスの3人の青年たちと知り合い、打ち解けあうラーニー。彼らとの交流を通してラーニーは、今まで知らなかった自由と開放感を味わう。しかしそんなラーニーの元に復縁をせがむヴィジャイがやってくる。

この『Queen』、評判が高いのは知っていたが、若干敬遠していた為に観ていなかった。「年若い娘の傷心ヨーロッパ旅行」というストーリーに、いい年こいたオヤジのオレとしてはそれほど惹かれるものを感じなかったのと、DVDのリリースが『Highway』と重なり、『Highway』を先に観てしまった為に女性主人公映画を立て続けに観る事にあまり気が進まず、見送ってしまっていたのだ。というわけでつい最近やっととっかかることにしたのだが、観終ってその楽しさ素晴らしさに舌を巻いてしまった。インドでもヒットしたということだが、実に評判通りの傑作だった。

実のところ、この『Queen』には独特なストーリーとかひねりの効いた展開があるとかいう訳では全くない。「年若い娘の傷心ヨーロッパ旅行」、まさにそれだけなのである。それがなぜこれほどまでに面白い作品となっているのか。まず、この作品のシナリオ構成は従来的な「起承転結」を基にしたものになっていない。即ち、「物語る」という体裁を無理に取ろうとしていないのだ。最初に「婚約破棄」という事件があり、そして主人公はヨーロッパに旅立つ。その後は?その後主人公を待つのは、新しい世界、新しい出会い、新しい友人、新しい体験、といった、主人公の傷心を慰撫しそして立ち直らせ、さらに主人公自身が新しい自分を見つけていく、という目くるめく様な描写が次々と続いてゆくのだ。要するに、ヨーロッパで主人公を待っていたのは大きな幸福の時間であり、そして映画を観る者は主人公と一緒にその幸福体験をたっぷりと共有することになるのだ。そしてそこが、この映画の素晴らしい部分なのだ。

最初から最後まで単に幸福なだけの映画なら馬鹿馬鹿しくて観ていられないだろう。だがこの物語は最初に不幸な事件を持ってきて、そこから思いっきり明るい空へと跳躍させてゆく、といった抜群の瞬発力をみせつける。また、ヨーロッパに訪れて間もない頃の主人公は言葉の壁や習慣の違いからいろいろな躓きを体験する。物取りに出会って恐怖の夜を過ごすといったエピソードもある。しかしそれも甘いスイカにちょっぴり塩を振りかけてさらに甘さを引き立てるようなひとつのメリハリであり、こうしたリアリティを加味することで、お気楽で能天気なだけの「観光映画」に堕することを巧妙に回避することに成功してるのだ。一見すれば平凡ともいえるような種々の出来事に「輝き」を持たせ、その「輝き」を数珠繋ぎに構成することでえもいわれぬ幸福感を味あわせてゆく、この映画のシナリオの周到さ非凡さは恐るべきものだ。

この映画は、その文化の在り方から様々な部分で窮屈に生きることを余儀なくされるインド人女性を主人公としている。彼女がヨーロッパで出会う女性の「自由」は、大いなるカルチャーショックとして迎え入れられたことだろう。ただ、欧米人の「自由」の影には個人主義の「孤独」が表裏一体となっている。その「孤独」との戦いが、実は欧米人の「キツさ」として現れるのだと思う。インドの古い窮屈な慣習は、逆に保守的であることの「安心」と繋がる部分もある。インドの家族主義などその最たるものだろう。そしてまたその家族主義が窮屈さと繋がることもあるわけだが。

だからこの映画は欧米的な自由な生き方が至上である、といったことを描くものではない。むしろ、「様々な生き方があり、様々な価値観がある中で、自分はどの生き方でも、どの価値観でも選ぶことができる」ということに気付いた主人公の、自分を縛り付けていたものからの「開放」が描かれているのだ。そういった「開放感」が、またもやこの映画を、素敵で、素晴らしいものにしているのだ。女性を主人公とした傑作インド映画は日本でも最近幾つか公開されてきているが、この『Queen』は、それら傑作に勝るとも劣らない良作だった。だから、もうね、絶対ウケるから、早く日本で公開しちゃいなさいよ!!