失踪した恋人を巡る幻想譚〜『失踪者たちの画家』

■失踪者たちの画家 / ポール・ラファージ

失踪者たちの画家
謎めいた都市を舞台にして物語られるシュールリアリスティックで不条理な恋の物語である。主人公は画家のフランク。田舎から喧騒と不可思議に満ちた都市に越してきた彼はある日、警察鑑識用の"死体写真撮影家"プルーデンスと恋に落ちる。しかし「私は必ず相手を裏切る」と言い切るプルーデンスは、果たして突然と姿を消す。プルーデンスの行方を調べて貰おうと街の失踪課に赴いたフランクだったが、そこで目にしたのは愚昧すら通り越した滑稽な超形式主義だった。
諦めたフランクは画才を生かしプルーデンスの似顔絵を描き、その絵を「探し人」として街中に貼り出す。そんなフランクの才能に目を付けた街の人々は、「失踪人を探す私たちの力になって欲しい」とあとからあとからフランクに失踪者の似顔絵書きを要請し出す。そして街が失踪者のポスターで一杯になった頃、警察がフランクの元にやってくる。「街の失踪課の業務を妨害するお前は政府転覆をもくろむアナーキストだ」と訳の分からない罪状によりフランクは逮捕され、裁判も無いまま無期懲役を言い渡され刑務所に収監される。理解不能な刑務所のしきたりの中、絶望に肩を落とすフランクだったが、そんな中、プルーデンスを知っているという男の噂を耳にする。
シャガールの描くパステル調の夢幻世界の中で、カフカ的な不条理が物語られるこの『失踪者たちの画家』は、ある種の幻想譚として読むことが出来る。紙細工のように重みの無い人々が影絵のように躍り、現実味の欠いた輪郭の曖昧な世界の中で、理屈の通らない物事が次々と巻き起こる。描写ひとつとっても、常に目の前の情景が歪められ縮められ引き伸ばされ、さらにそこに有り得ない点景が挿入され、ひと時たりとも一定していない。中心となる物語の中でまた別の物語が語り出され、そうして奇妙な都市とその住人たちの全貌がほんの少し明らかにされる。それはお伽噺とも神話ともとれる不可思議な話ばかりで、どこをどう経巡っても出口に辿り着けないような迷宮性、夢から覚めてもまた夢が続いているような永久循環する不安定性を醸し出している。
この作品はカフカポール・オースタースティーヴン・ミルハウザーなどが引き合いに出されているようだが、個人的にはボリス・ヴィアンジョナサン・キャロルあたりの稚気と奇体の交差する変幻自在でミステリアスな作風に通じるものを感じた。ただそれらのような登場人物を突き放した物語とはまた違い、あくまでも喪った恋への哀切が物語の中心となるのだ。奇想の上に奇想を塗り重ねた様な描写が続くため、中盤までは若干読み難かったが、読み進めてみると薄暮の中でまどろみながら見る夢のような、その淡くはかない幻想味に覆われた世界の虜にさせられる物語と言えるだろう。

失踪者たちの画家

失踪者たちの画家