諸星大二郎の「妖怪ハンター」新刊『夢見村にて』

■夢見村にて 妖怪ハンター 稗田の生徒たち (1) / 諸星大二郎

夢見村にて 妖怪ハンター 稗田の生徒たち (1) (ヤングジャンプコミックス)
諸星大二郎の「妖怪ハンター」シリーズ最新刊が出た。過去作の再編集版ではない新作諸星単行本が読めるのは実に目出度い。まあ新作とはいっても奥付を見ると2010年と2012年の作みたいなんだけどね。この単行本『夢見村にて』は「稗田の生徒たち」という副題が付けられているように、民俗学者であり妖怪ハンターの異名を持つ諸星キャラ・稗田礼次郎とかつて別の事件で関わったことのある子供たちが主人公として登場する。収録されている作品は「夢見村にて〜薫の民俗学レポート」、「悪魚の海」の2編。

まず「夢見村にて〜薫の民俗学レポート」で主人公を務めるのは昔ある事件で稗田に助けられたことのある兄妹、薫と美加。二人が最初に登場したのは多分エピソード「川上より来たりて」。その後エピソード「天孫降臨」の事件で二人は不思議な力を持つことになる(両作品の収録単行本は『天孫降臨』)。
この「夢見村にて」では、民俗学専攻の学生へと成長した薫が山深い村へフィールドワークに訪れる所から始まる。薫が訪れた村「夢見村」は、"夢"を信奉し、他人の夢を買ったり盗んだりということが行われているという。やがて薫は奇妙な村人たちの中で夢とも現実ともつかない体験をすることになる…というもの。稗田もちょっとだけ出て来る。作品的にはかつての諸星作品のような異様で強烈なアレゴリーが炸裂する、というほどのものではなくて、"夢"というテーマもあってかどちらかというとダーク・ファンタジー的な展開を見せる。最近の諸星作品は伝奇的な要素が薄くなり、逆にファンタジー色が濃くなっているが、これもその流れに沿った作品になっている。山奥の温泉村ということでやたら入浴シーンがあり、サービスショットも多くて、作品全体も諸星作品にしては重苦しくない。そんなカジュアルな諸星作品、そして妖怪ハンターシリーズが楽しめる一篇。

一方「悪魚の海」は、大島という名の少年と渚という名の少女が主人公。この大島&渚ペアはエピソード「うつぼ舟の女」(単行本『黄泉からの声』収録)が初登場だったろうか。その後エピソード「海より来るもの」「六福神」他で活躍を見せている(単行本『六福神』収録)。大島&渚が登場するエピソードには稗田は登場せず、大島&渚が体験した不気味な出来事を稗田への手紙として物語る、という形をとっている。そして大島&渚が出遭う怪異はその全てが《海の怪》という体裁がとられている。
この「悪魚の海」も同工となっており、やはり大島&渚が普通では説明のつかない《海の怪》と遭遇するというもの。物語は夜の海で渚がかつての級友を救う所から始まる。救われた少女・カオリは過酷な海女の訓練に耐えられずに逃げ出してきた、と説明するがどこか様子がおかしい。そして物語はカオリが住む辺鄙な漁村に伝わるある忌まわしい習俗へと近づいてゆくことになる、というもの。ネタバレするのでメインのテーマは書かないが、こちらの作品もやはりそのテーマ性もあってダーク・ファンタジー色の強い作品だ。諸星作品で《海の怪》を扱った作品としては「海竜祭の夜」(単行本『海竜祭の夜』収録)を思い浮かべるが、30ページ足らずの「海竜祭の夜」のほうが100ページある「悪魚の海」よりも数倍おどろおどろしくて濃度が高く、異様な読後感を後々まで引き摺ることを鑑みると、やはり若干の物足りなさを覚えてしまう。まあこちらもカジュアルになった諸星作品ということもできるが。また、《海の怪》をテーマにした作品としてラブクラフト好きにも訴求力があるかもしれない。
ただどちらにしろ、諸星の妖怪ハンター・シリーズが「稗田の生徒たち」といった形になって成長し続けていくのを見るは嬉しい。どこまで書くつもりなのかいつ終わるのか皆目見当のつかない『西遊妖猿伝』なんてシリーズも書かれている諸星センセ、大変かと思いますがまた新作よろしくお願いいたしますよ!

天孫降臨 (ヤングジャンプコミックス ワイド版)

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海竜祭の夜―妖怪ハンター (Jump super ace)

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