皮肉な黒い笑いに満ちた歴史小説〜『ボリバル侯爵』

ボリバル侯爵 / レオ・ペルッツ

ボリバル侯爵

1812年、スペインに侵攻したナポレオン軍に対し、ラ・ビスバル市ではゲリラによる反攻計画が噂されていた。民衆から偶像的崇拝を受ける謎の人物ボリバル侯爵が、叛乱の口火を切る三つの合図をゲリラの首領に授けたことを察知した占領軍は、これを阻止しようとするが……。 『夜毎に石の橋の下で』のペルッツが、ナポレオン戦争中のスペインを舞台に、巧緻なプロットと驚異のストーリーテリングで読者を翻弄、ボルヘスが絶賛した幻想歴史小説

19世紀、ヨーロッパ全土を巻き込んだナポレオン戦争時代(1803〜1815年)を描いた物語だ。時代設定は1812年というからフランス軍の敗色が濃厚になってきた頃を扱っているのだろう。
舞台となるのはスペイン、ここに侵攻したフランス軍と、スペインのゲリラ部隊との衝突の最中、一人のフランス兵が、謎の男とゲリラとの密会を目撃する所から物語が始まる。この謎の男こそがボリバル侯爵であり、彼は戦況を打破するための作戦として、ゲリラ軍首領に3つの合図を授けるのだ。

ボリバル侯爵がゲリラ首領に授けた三つの合図――
「第一の合図は私の館の屋根から上る黒い煙だ。この合図で街道を占拠し、橋を爆破しろ。
第二の合図は聖ダニエル修道院のオルガンだ。この合図で市を砲撃しろ。
そして第三の合図――使いの者がこの短刀を持ってきたら、突撃命令を下せ」

ところが、若干ネタバレになるが、ボリバル侯爵のこの計画は、とある理由により早い段階であっけなく遂行不可能となる。…しかし明らかに遂行不可能になってしまったにもかかわらず、結果的に3つの合図は成され、フランス軍は壊滅するのだ。それは単なる偶然だったのか、それとも運命の悪戯なのか、はたまた人智を超えた不可思議な力が作用したのか…というのがこの物語だ。
しかし「ボルヘスが絶賛した幻想歴史小説」という触れ込みから、いったいどのような夢幻と怪奇と超自然的な物語が描かれるのであろうか…と期待して読み進めていたら、「なんじゃあこりゃああ?」と呆気にとられてしまう描写が次々に現れるのである。
この『ボリバル侯爵』、「夢幻と怪奇と超自然的な物語」というよりは、酒好き女好きのガサツで胡乱なフランス兵どもが、酔ってワアワア暴れまわりながら、軍を率いる大佐の女房と全員が密通していた思い出を愛おしげに語り合う、というろくでもない展開がずっと続くのだ。むしろ物語の中心となるのは、このフランス兵どものガサツさと胡乱さ加減なのである。そしてこのガサツさ胡乱さが、結果的にとんでもないことを巻き起こす、というわけなのだ。ある意味、幻想云々というより皮肉な黒い笑いに満ちた物語ということができるかもしれない。
それと併せ、歴史的知識の足りない自分に、ナポレオン戦争時代の戦闘とそれに従事する者たち、さらにそれに巻き込まれてしまった非戦闘員たち、そういった人々が当時どういう状況にあったのか、その一端を垣間見せてくれた物語として面白く読む事ができた。