北フランスの港町を舞台に描かれる人情物語〜映画『ル・アーヴルの靴みがき』

ル・アーヴルの靴みがき (監督:アキ・カウリスマキ 2011年フィンランド/フランス/ドイツ映画)


北フランスの港町ル・アーヴルに、靴磨きを生業としながらつましい生活を営む老夫婦、マルセル爺さんとアルレッティ婆さんがおったわけですよ。ある日その夫婦のもとににコンテナに隠れてアフリカからの不法入国の少年がころがりこむんですな。折りしも妻アルレッティが病に倒れ、心境穏やかではないマルセル爺さんでしたが、警察のしつっこい捜査にもめげずご近所さんと協力し合い、少年を家族の待つイギリスに送り届けようとするんです。マルセル夫婦にしろご近所さんにしろ、決して裕福ではないどころか清貧と呼んでいいほどの貧しさの中にあるんですが、それでも不幸な身寄りの少年を助けようと八方手を尽くす様がいじらしい人情映画となっているんですな。
フィンランドの映画監督、アキ・カウリスマキの作品は『レニングラード・カウボーイズ・ゴー・アメリカ』と『マッチ工場の少女』を観た程度なんですが、奇妙に閑散としたセットと虚飾を廃したミニマルと言っていいほどのシンプルな演出・台詞回しが記憶に残っておりました。この『ル・アーブルの靴磨き』でもそれらは共通していて、ハリウッド映画慣れしている自分の目には風通しが良すぎて寒くなってくるほどのスカスカ感ではありましたが、逆にそこが新鮮に映りましたね。ここで見られる色彩感覚は柔らかいがどこか寒々しい、緯度の高い地方の光線を感じさせるもので、港町ル・アーヴルのある北フランスの情景が実際にこうであったとしても、実は監督の故国であるフィンランドの空気感が映像の中に紛れ込んでのではないかとふと思いました。
それにしてもこの映画、全編通して年寄りばかりが登場するんですよ。あっちも爺さん、こっちも婆さん。多少若いかと思えば苦み走った顔の肉体労働者風のオッサンばかりで、なんと途中で登場するチャリティーコンサートのロケンローラーまでが白髪頭の爺さんじゃあーりませんか。この白髪のロッカー爺さんがノリノリ!というよりヨタヨタ!とロックするさまは別の意味でスリリングでありましたな。これはもうカウリスマキ監督自ら「若いもんには用はねえ!わしが興味あるのは爺さん婆さんだけじゃあ!」と吼えてるのが聞こえてくるかのようでありましたよ。それもお年を召してもやんちゃが大好きなハリウッド映画に出てくるような爺さん婆さんではなくて、ひっそりと枯れた姿で佇んでいる、10年ぐらいお茶の葉っぱで煮込んだような渋い渋〜い爺さん婆さんなんですよ。そうかそれで映画の風景もどこか枯れた味わいだったんですねえ。枯れまくった爺さん婆さんが枯れた風景の中で保護色をまとったかのように佇んでいる、これはそんな、枯れた人々の枯れた人生を味わい深く描いた物語だったんでしょうな。
ところで不法入国者を描いたこの映画ですが、実はオレ、貿易関係の仕事をしておりまして、オレの会社で取り扱っているコンテナの中から不法入国の方が出てきたことがあるんですよ。ある日のこと、いつものように輸入コンテナの扉を開け、積んである貨物を出そうとしたところ、貨物の上を腹這いになりながらカサカサカサ!っと生きている人間が出てくるじゃないですか!?「ななな何事だ!?」とあまりのことに固まっている現場作業員の皆さんを尻目に、この不法入国の方は脱兎のごとくどこへやらと走り去っていったそうです。当然その後警察やら海上保安庁やらに通報はしましたが、あの不法入国の方はその後どこへ行ってしまったんでしょうねえ。