空からガチムチオヤジが降ってきた!〜映画『マイティ・ソー』

マイティ・ソー (監督:ケネス・ブラナー 2011年アメリカ映画)

■単純明快ヒーロー、マイティー・ソー見参!

空からトンカチもったガチムチのおっさんが降ってきてさあ大変、というお話である。そもそもこのおっさん、ガタイもいいし、トンカチ持ってるってことはどこかの建築現場の足場を踏み外した鳶の方なのかもしれない。空から可愛い女の子が降ってくるってオハナシはどっかで聞いたことがあるが、ガチムチのオヤジが降ってきてもあまり嬉しくないものである。しかもこのおっさん、「私は神なんだああ!」とかわめきがらトンカチ振り回してるではないか!打ち所が悪かったのかもしれないが、かなりアブナイ。これではまるで「電波だッ!電波が俺に命令するんだッ!」とわめきまわり凶器を振り回す通り魔といっしょになってしまうではないか。映画『マイティ・ソー』は実はそういう話…では断じてない!
冗談が過ぎたが、この『マイティ・ソー』、想像を遥かに超えた面白さだった!よくあるアメコミ・ヒーローものだろ、まあこういうの嫌いじゃないからとりあえず観ておくか…と最初は軽い気持ちで劇場に足を運んだのだが、映画が始まりその壮麗な美術と有無を言わせぬアクションの応酬にすっかり魅せられたオレだった。はっきり言ってしまうと、アメコミ・ヒーローものということであれば、この間公開された『X-MEN ファースト・ジェネレーション』など比べ物にならない面白さだったのだ。この『マイティ・ソー』は、一見単純明快な造詣のヒーロー像の中に普遍的な悲劇要素を加味し、それを卓越したアートワークで再現した、大胆さと繊細さを併せ持つ傑作ヒーロー・ドラマとして完成していたのだ。

■武器は「鈍器のようなもの」!

主人公もちろん北欧神話の神、ソー(クリス・ヘムズワース)。彼は神々の国アスガルドに住む勇者であり、アスガルド王オーディーン(アンソニー・ホプキンス)の第一子でもあった。しかし王位継承のその日、氷の国ヨトゥンヘイムの巨人たちが宮殿を襲い、激昂したソーは王の制止も省みずヨトゥンヘイムへお礼参りの殴り込みをかけ、氷巨人種族をケチョンケチョンにやっつけてしまうのである。単純で向こう見ずな神様なんである。しかしオーディン王の怒りをかい、秩序を乱した罰としてソーは地球へと落とされてしまう。そしてソーは彼が落とされたニューメキシコの荒野で天文物理学者ジェーン・フォスター(ナタリー・ポートマン)と出会うのだ。一方、アスガルドではソーの弟ロキ(トム・ヒデルストン)が王位継承をめぐり謀略を巡らせ、父オーディンとソーを亡き者にしようと画策していたのだ。
ガチムチヒーロー、マイティ・ソーの造形がまずいい。ソーはグチグチ悩んだりしない単純明快な男だ。その剛力と天衣無縫な性格は見ていて清清しい。現代的な陰影に富んだ苦悩するヒーロー像も決して悪くはないのだが、そういうのは別のヒーローに任せて、まさにアメコミ!といったこういうヒーローも一方で存在して欲しい。そしてその武器がいい。なんとトンカチである。いわゆる「鈍器のようなもの」である。野蛮だ。実に野蛮だ。刺したり切ったりではなく叩き潰し粉々に粉砕するのである。実はこのトンカチ、「ムジョルニア」と呼ばれ、"死にゆく星の心臓"から作り出されたという超能力ハンマーなのだ。だから鈍器の役割以外に空を飛んだり雷を巻き起こしたりもできるのだ。カッコイイ。実にカッコイイ。やはりこれからは「鈍器のようなもの」の時代の到来だ。

レトロフューチャー感溢れるステキな美術!

そして美術がいい。神々の国アスガルドの黄金色に輝くその都市は、壮麗かつ仰々しいまでのきらびやかさに満ち満ちている。そのアスガルドの空に燦然と光を放ち生き物のようにとぐろを巻く銀河の星々がまた、まるでSFストーリーでも見せられているかのような美しさなのだ。そう、この『マイティー・ソー』は、60年代SF小説のペーパーバック表紙から抜け出してきたかのような、レトロフューチャー感溢れるSFテイストがそこここに溢れているのだ。そして神々のそれぞれが身にまとう鎧兜の造形がまた、ハッタリの効いた物々しさとエレガントさを併せ持つ。なんかカブトムシみたいなやつもいるし。『聖闘士星矢』とか好きな人にはメッチャハマルんじゃないかな。この映画ではこういった美術面が特に気に入った。
神々であり万能であるはずの主人公がその能力全てを奪われ地球に落とされる、という設定もいい。ただ、ガチムチで単細胞で多少のことでは死なない、という丈夫さは変わっていない。特に可笑しかったのは、最強ヒーローのはずのソーが、地球に落とされてからまず車にはねられ、「どうなってんじゃあ!」と暴れまわるところをスタンガンを撃たれてあっさりとぶっ倒れ、収容された病院で「ここはどこじゃあ!」とわめきまわっているところを鎮静剤を打たれてまたまたぶっ倒れ、「わしゃあどうしたらいいんじゃあ!」とうろついているところをまたまたまた車にはねられる、というコントとしか思えない冒頭の展開!もうこのアホアホさにソーへの好感度1000%アップになることは間違いない!

■『アイアンマン』と地続きの世界観!

この『マイティ・ソー』、主人公が単細胞で単純明快な分、複雑で陰影のある心理を持ったものとして弟のロキが登場する。彼は忌まわしい出生の秘密を抱え、兄ソーへの嫉妬心に燃え、権力への邪な渇望から、兄ソーも父オーディーンも亡き者にしようとする。この父子・兄弟の対立、怨念、嫉妬のありようは、神話からシェイクスピア悲劇、あとスター・ウォーズあたりまで連綿と語り続けらてる普遍的なドラマのひとつであり、それを上手に物語の中に導入したのが映画『マイティ・ソー』を深みのあるものにしているだろう。舞台俳優でもあるアンソニー・ホプキンス、そしてシェイクスピア劇を得意とする俳優・監督のケネス・ブラナーがこの映画を担当したのも、うなずけるものがある。難を言うなら舞台が限定されており、こじんまりとした出来になってしまったという部分だろうか。
さらにこの物語に奥行きを与えているのが秘密機関【S.H.I.E.L.D.】の存在だ。そう、あの『アイアンマン』シリーズにも登場した、ヒーローを管理する政府の特殊組織のことだ。『アイアンマン2』のラストでニューメキシコのとある場所からあるものが見つかった、というくだりがあったが、この『マイティ・ソー』の舞台が実はその現場であり、全く同じ影像がこの映画で使われているだけではなく、なんと『アイアンマン』にも登場したコールソン捜査官が登場、物語で重要な役割を演じている!さらにさらに、『アイアンマン』シリーズにも登場したあの人がちらりと姿を見せ、なQにやら怪しげなことをほのめかしたりしている!これはそのうち、アイアンマン対マイティ・ソーという、マジンガーZデビルマン的な東映まんがまつり状態になることを揶揄していることに間違いない。

■『マイティ・ソー』予告編


Thor

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ソー:マイティ・アベンジャー (MARVEL)

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