殺人事件を巡る25年の確執〜映画『瞳の奥の秘密』

瞳の奥の秘密 (監督:フアン・ホセ・カンパネラ 2009年スペイン・アルゼンチン映画)


この映画はブエノスアイレスを舞台に、ある殺人事件を巡る一人の男の25年に渡る確執を描いたドラマなんですね。主人公は元判事補佐のベンハミン(リカルド・ダリン)、彼は現在定年退職していて、25年前に彼が手掛け、そのまま未解決になってしまった事件の事を小説にしようと考えています。そして回想の中でその事件の発端、捜査を巡る一部始終が語られ、現在のパートでは彼がたったひとつ腑に落ちなかったことを追い求め事件の核心へ迫ってゆく様が描かれます。それと同時に、ベンハミンと彼の元上司、イレーネ(ソレダ・ビジャミル)との、ほのかな恋とその行方も描かれてゆくんですね。

この映画の主題となるのは25年という歳月が人をどう変えたか、または変えられなかったか、ということになるんでしょうね。25年前、血気盛んな判事補佐だったベンハミンは今は退職し伴侶もいない孤独な生活を送っています。その彼が恋していた元上司はキャリアを積み今でも現役で仕事をし、さらに結婚して子供ももうけています。この二人には25年という深い溝があると同時に、その歳月をもってしても変わらない信頼関係があります。そしてこの変わらない信頼関係が、ベンハミンの心の奥に眠る恋の残り香を蘇らせ、彼を苦しめるんです。別々の道を歩んだ二人の人生はもう決して交わることはないでしょうが、衝撃的な事件を通して二人が共有したある想いは、これからも決して変わらずに存在し続けるんです。

一方映画の中心となる殺人事件です。これはある若い人妻が暴行殺人の犠牲になる、といった痛ましい事件です。残された夫は悲嘆の中で、犯人を捕まえ終身刑にして欲しい、とベンハミンに訴えるんです。ここで死刑にしてくれ、と懇願しないのは、調べてみたんですがアルゼンチンでは1984年に死刑制度が廃止されていたからなんですね。この死刑制度の無い国、というのが映画の大きなポイントになります。しかし犯人は捕まるものの司法取引により釈放されてしまうんです。愛する妻を殺めた相手がお咎め無しに町を歩いているという事実に、被害者の夫は25年に渡る地獄を味わうことになるんです。彼はその怒りと悲しみを25年の歳月の中で、どう折り合いを付けて生きていけばいいのでしょうか。

こういった物語要素とは別に、舞台であるアルゼンチンのラテンアメリカ独特の文化や建造物、その内装やそこでの暮らしぶりが、ハリウッド映画に見慣れている目から見ると新鮮なんですね。登場人物もいわゆるラテン系の濃いキャラクターで、その喋り方や行動、人間関係のあり方なども情熱的だったり直情的だったりするんです。殺人犯の捜査と逮捕、そして自白を引き出すきっかけが、実にラテンアメリカらしい手順や事柄によるところも面白いですね。この熱い情熱のあり方が、25年に渡る永き思いの行方、といった映画内容にも関わっているのでしょう。そしてその思いがどこへ傾いたのか、その思いにどう決着をつけようとしたのか、それにより、この映画の登場人物たちの運命は分かれて行くのです。


瞳の奥の秘密 [DVD]

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