そしてノアの方舟は地獄と化した〜映画『パンドラム』

■パンドラム (監督:クリスチャン・アルヴァート 2009年ドイツ・アメリカ映画)

■気がつくと、私は肌寒い宇宙船で目覚めた

冷凍睡眠から目覚めた二人の男。彼らは睡眠処置の副作用でここがどこで自分らが何者なのかを容易に思い出せない。少しづつ記憶をたぐりよせる二人。そして、ここはある任務により恒星間を飛行する宇宙船内であり、二人は冷凍睡眠により交代で宇宙船を航行させていた乗務員チームの一員であることを思い出し始める。だが、宇宙船内の動力は殆ど稼働しておらず、また、自分たち以外の乗組員の姿はどこにも見えない。二人は探索を開始するが、彼らを待っていたのは骸と化した乗務員たちの姿、そして人とも獣ともつかない凶暴な生物たちの追撃だった。

この『パンドラム』、殆ど話題になっていないしオレ自身も公開間際まで存在すら知らなかったSF映画だった。しかしふとしたきっかけで予告編を観たらこれが実に面白そうではないか。ただ製作があの『バイオハザード』監督ポール・S・W・アンダーソンというのはちょっと引っ掛かった。『バイオ』云々より、アンダーソンがかつて撮った『イベント・ホライゾン』というホラー宇宙SFがどうにもイマイチだったからだ。この『パンドラム』もその『イベント・ホライズン』の"ゴシック・ホラーを宇宙SFに持ち込む"手法で撮られているようだが、今回は悪くなさそうなのだ。それで殆ど博打のような気分で観に行ったのだが、今回は大当たりだった。

■闇に蠢くもの

なにしろこのミステリアスな導入部がいい。これがどんな映画なのか、殆ど何の情報も無く映画を観に行ったのだが、そのせいで、記憶を無くし今ここで何が起こっているのか把握できない主人公たちの不安を、観ている自分自身も同じように感じることになるのだ。そして暗がりから突然現れる化け物どもへの恐怖、次第に明らかになっていく真実への衝撃までもが、自分があたかもそこに居合わせたもう一人のクルーのように体験させられるのである。

主人公は途中出会った生き残り乗務員からこの船の目的と今何が起こっているのかを聞かされる。そこで分かったのは、この船は壊滅した地球を捨て6万人の乗員と2000万種の生物サンプルを乗せたノアの箱舟であり、そして不測の事故が起こったこの船には遺伝子異常を起こし化け物となった者たちがはびこり、冷凍睡眠中の乗組員たちを貪り食う地獄となっていることであった。さらに宇宙船動力である原子炉が不安定となっており、これを再起動させなければ宇宙船もろとも宇宙の藻屑と化してしまうことを知る。主人公は生き残った仲間を集め、原子炉を目指すのだが…。

■人類播種船計画

広大ではあるがごちゃごちゃと入り組んだ宇宙船の中を化け物に追われ逃げ惑うという図は『エイリアン』そのものだが、『エイリアン』が最終的に宇宙船からの脱出を目的としているのに比べ、この『パンドラム』ではノアの方舟である船をなんとしてでも救わなければならないという使命が映画に緊張感をもたらす。ミステリアスに始まった物語は中盤からホラー・タッチの逃走劇となり、この部分を楽しめるかモンスターホラーの凡庸な亜流として観るかで映画の評価は変わってくるだろう。少なくともオレは十分に興奮させられた。そして驚愕のクライマックス、さらに鮮やかなラスト。ホラー風味は強いもののSFストーリーの醍醐味はしっかりと兼ね備えた映画として完成している。

さらに宇宙船内のデザインをはじめ冷凍睡眠ポッド・銃などのギミックが、これがもう心憎いまでに細かくて、この映画が真にSF好きが作ったのだなあということが伝わってくる。なにより恒星系から別の恒星系へと数世紀の遠大な時間をかけ生態系をまるごと運び込む"人類播種船"というテーマがいい。SF小説ではお馴染みのテーマであるが映画となるとなかなか無かったのではないかと思う。今年は『第9地区』といい『月に囚われた男』といい傑作・秀作SF映画がポツポツと公開され実に喜ばしいが、この『パンドラム』もこれらに勝るとも劣らない佳作SFであった。

■パンドラム 予告編