最近読んだコミック / 『MUD MEN 最終版』 諸星大二郎、『喜劇新思想体系 完全版(上)(下)』山上たつひこ

■MUD MEN 最終版 / 諸星大二郎

MUD MEN 最終版 (光文社コミック叢書SIGNAL)

MUD MEN 最終版 (光文社コミック叢書SIGNAL)

諸星大二郎の『マッドメン』といえば日本漫画史に残る圧倒的な異様さと想像力に満ちた傑作漫画ということが出来るだろう。1975年から1982年にかけて雑誌連載されたこの物語は、いまだ精霊と神話が生々しく生き残るパプアニューギニア奥地を舞台に、日本人少女とパプアニューギニアの少年を主人公とした奇怪かつ幻想的な伝奇ドラマである。パプアニューギニアと日本の神話伝承をもとに、呪術と祭儀が人と異界を繋ぎ、ジャングルの闇の中に怪物と物言う仮面が蠢き、伝説と予言は現実となり、そしてラストでは人類の成り立ちまでが解き明かされるという、驚くべき物語なのだ。その中では神話伝承のみならず、文化人類学、比較民俗学、経済と文化と宗教の狭間で対立する社会など様々な要素が盛り込まれ、そのカオスの如き世界を、痺れるような想像力と世界観でもって描ききるのだ。かといって理屈ぽい物語というわけでは決して無く、これらが"少年と少女の冒険譚"として展開し収束してゆく娯楽作でもあるのである。全身に刺青を施し部族の衣装に身を包んだ褐色の肌の少年が日本人少女と手に手をとり昼なお暗いジャングルを土の仮面を被った精霊たちを従えながら駆け抜けるというビジュアル・パワーの物凄さ、この一点だけをとっても有無を言わせぬ迫力と異様さが伝わってくる。まさに傑作中の傑作、それがこの『マッドメン』であり、さらに恐ろしいことに、諸星大二郎の傑作漫画は、これ1冊にはとどまらないのだ。必読!

■喜劇新思想体系 完全版(上)(下) / 山上たつひこ

喜劇新思想大系 完全版(上巻)

喜劇新思想大系 完全版(上巻)

喜劇新思想大系 完全版(下巻)

喜劇新思想大系 完全版(下巻)

山上たつひこの『がきデカ』は相当好きな漫画であったが、1972年〜74年に雑誌連載されていたこの『喜劇新思想大系』はちょっと取っ付き難くて、これまで手を出したことが無かった。それというのもこの『喜劇新思想大系』、青年向けコミックに連載していたのか、エロ風味がかなり露骨で、ド下品を信条とするオレでさえちょっと引いていたのである。性交も性器表現もあからさまなうえ、主人公含めありとあらゆる登場人物が殆ど性犯罪者まがいの行為にうつつを抜かし、そうじゃなければ変態性欲者という、まさにとんでもない漫画で、こうして今読んでも「よくもまあここまで描けたもんだなあ」と感心してしまったぐらいだ。しかしこの漫画に登場するいつも性欲で悶々とする馬鹿でブサイクで鬱屈した青年たちは、ある意味この漫画を読む青年たちの等身大の姿でもあり、その暴走した性の妄想をアナーキーなギャグにすることによって、鬱屈そのものを笑い飛ばそうとしていたのだろう。昨今なんとか条例でうんざりするような下らない論議があったが、結局「性」を描くことのみを良し悪しとするのでなく、それをどう描くかが本当の問題なのではないか、とこれを読んでちと思った。