インタラプション、インターセプション、インセプション。〜映画『インセプション』

インセプション (監督:クリストファー・ノーラン 2010年アメリカ映画)

■それは法螺貝の音と共に…

ぶお〜。ぶお〜。映画の最中に法螺貝が鳴ると、世界が畳まれたりホテルの部屋がくるくる回ったりする不思議な映画『インセプション』であります。しかし栃の嵐はやってきません。ぶお〜。…というのはもちろん冗談で、この映画、夢盗人のお話なんですな。夢盗人。なんだかポエミーな呼び方ですな。しかし実際は他人の潜在意識に忍び込んで(おびき寄せて?)貴重なアイディアを盗むという産業スパイの人たちの話なんですな。例えばドクター中松の夢に忍び込んで「醤油チュルチュル」や「ピョンピョンシューズ」のアイディアを盗んでしまう、という訳なんです。怖いですな。

で、その夢盗人チームの皆さんの新たなミッションというのが、他人のアイディアを盗むんではなくて、他人の意識に、ある観念を植えつけるというものなんです。今回はある社長サンの頭に入って自分の会社ダメになるように仕向けちゃえ!というものらしいんですが、これは夢を盗むより難しいんだよ!と説明されています。でもどうなんでしょ、現実にも「後催眠暗示」なんてぇものがありますし、この映画みたいに他人の意識にアクセス出来るテクノロジーが開拓されているんなら、無意識のうちに他人に何かの行為を強制させるのって盗むより簡単なような気がしますけどね。

■特攻野郎《 I (インセプション)》・チーム!

まあそれはそれとして、夢盗人チームの皆さんは小型ジェット機に乗る社長サンとまんまと同席して無理くり眠らせて「みんなの夢が繋がっちゃうよマシーン」を繋げるんですな。しかし簡単に済むと思われた夢潜入は、夢の中の番兵との戦闘で銃弾の応酬となるのです。しかしこっからがオモシロイ。社長サンの意識をだまくらかすため、「夢の中の夢の中の夢の中の夢」というマトリューシカみたいな夢を創り出すんですよ!要するに「夢から覚めたと思わせといて実はそこも夢」という騙しのテクニックなんですな。その夢は階層が深くなるほど時間経過が遅延を起したりとか、上層の夢の物理的なエコーが下層に伝わって影響を与えたりとか、夢それ自体の設定が実にユニークなんですね。ただ「夢の中」にしてはその世界がロジカルすぎるように思うんです。

「夢」とか「潜在意識」にまつわるお話だというのなら、『Dr.パルナサスの鏡』みたいなもっとウニョウニョしてたり脈歴がなくてとりとめのない世界になっちゃうような気がするんですが、この映画はそうじゃないんですね。むしろ映画『マトリックス』のVR世界に近い。だったらVR世界の話でも良かったじゃん?この映画でやってることってジャックインしてるのと変わんないし、攻性防壁とか出てくるし。でもきっと監督のノーランさんは「だけどそれだったら『マトリックス』の真似っ子って言われるもん!」ってことで却下したんだと思いますよ。そんな訳で「夢」である必然性が希薄に思えたんですよね。

■結局ノーランってどうよ?

クリストファー・ノーランといえば映画『ダークナイト』で一世を風靡した監督ですよね。ただどうもオレはこの『ダークナイト』、楽しめた部分と引っ掛かった部分が半々で、手放しで絶賛し難い作品だったりするんですよ。好きだったのはジョーカーのワルモノぶりではなく実はアクションで、特に地下道銃撃戦&トレーラーひっくり返り&バットポッド疾走のシーンが好きでしたね。しかしバットマンが「正義正義正義!」の連呼のし過ぎでドツボにハマり、自分で自分の首を閉めているところは茶番じみてるんじゃないかと思っちゃいましたよ。要するに生真面目すぎるんですよね。

バットマンが正義に拘るのは原作の設定ですからいたしかたないとしても、この「生真面目さ」「息の抜き所のなさ」「冗談の通じなさ」って、実は監督クリストファー・ノーランの特質なんじゃないのかと思うんですよね。この『インセプション』でも、登場人物全員便秘患っているみたいな難しい顔して任務に勤しみ、監督は監督で「頑張ってるよ!ボク頑張ってるよ!」と言わんばかりのハッタリの効いた特撮でゴリゴリ攻めます。この一点突破のヴィジュアル・イメージは大変ゴージャスで素晴らしいんですが、でも猪突猛進過ぎてシナリオのことは時々おろそかになってるんですよね。

でもそれのどこが悪いの?という気もするんです。『ダークナイト』も『インセプション』も決して駄作ではないし、何回も観たくさせる映像のマジックをきちんと兼ね備えてるんです。ただね。「好み」の問題でしかないにしても、やっぱりどうも手放しで褒めたくない何かがノーラン映画には存在し、この『インセプション』もやっぱり楽しめた部分と引っ掛かった部分が半々なんですよ。それは生真面目さゆえに物語に変なバイアスが掛かってるってことと、緩急に乏しく"抜け"の無い展開はどうにも気疲れする部分が多いってことになるのかなあ。そもそもいい女出てこねえしなあノーラン映画。

インセプション 予告編


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