- 作者: ハーバート・ヴァンサール,Herbert Van Thal,金井美子
- 出版社/メーカー: 論創社
- 発売日: 2008/05/01
- メディア: 単行本
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しかし何よりこのアンソロジーがユニークなのは、なんとあのビートルズのジョン・レノンが残したホラー短篇が収められているという事だろう。『蝿のいない日』と名付けられたそのショート・ショートは、ホラーというよりもモンティ・パイソンの英国らしいシュールなマッドさを湛えた作品で、どこかマザーグース的な味わいさえある。作品の完成度がどうという作品でもないのだが、レノンがこのようなお話を書いていたという珍しさだけでも貴重であろうと思う。
その他の作品もイギリスらしいどんよりとした暗さや閉塞感を醸し出しているホラー作品が多く、全体的にレベルの高いセレクトになっている。幾つか記憶に残った作品を挙げてみよう。
なにしろアンソロジー・タイトルにもなったオープニングを飾る作品、ロマン・ガリ『終わらない悪夢』が強烈だ。ナチスのホロコーストを生き延び、戦後南米で暮らすユダヤ人主人公はある日かつての友人と再会するが、その友人はナチスの拷問によりすっかり精神を病んでいた…というものなのだが、タイトル通り"終わらない悪夢"としか言いようの無い重苦しいラストは、単なるホラーにとどまらないホロコースト・スリラーとして秀逸な出来栄えを見せている。
ベイジル・コパー『レンズの中の迷宮』はエッシャー世界に取り込まれてしまったかのようなシュールなラスト。アドービ・ジェイムズ『人形使い』は"生きているかのように動き喋る人形"というホラーでありがちなテーマが、最後の最後で驚愕の大どんでん返しを見せる。 ジョン・D・キーフォーバー『冷たい手を重ねて』の悪女とそれに魅入られた男達が辿る淫蕩な地獄への道は、どこかセクシャル・サスペンスとでも呼びたくなるようなフェティシズム感溢れる大人っぽさを漂わせる。
H・A・マンフッド『うなる鞭』では陰険で酷薄な犬サーカス調教師が復讐に遭う話だが、どこか厚く塗り重ねられた油彩の活人画を観ている様なこってりした独特な雰囲気が面白い。 ウォルター・ウィンウォード『悪魔の舌への帰還』はかつて殺人があった岩山とそれに取り憑かれた男の話だが、どことなくラブクラフトを思わせる陰鬱さを湛えている。 リチャード・スタップリイ『基地』は理由も分からず謎の組織に拘束され「実験体9号」と呼ばれて監禁される男の不条理なサスペンス。どことなく「プリズナーNO.6」を思わせる1作。
そしてアドービ・ジェイムズ『暗闇に続く道』では囚人移送中に警官を殺し逃亡した男が主人公となる。荒野を彷徨うその男が出遭ったのは一人の司祭、そして馬を駆る美しい女。彼らはいったい何者であり、そして男には何が待っているのか。異界めいたテキサスの荒野の闇に飲み込まれてゆく恐怖がひたひたと迫ってくる逸品。