最近読んだコミックなどなど

■巨人譚/諸星大二郎

巨人譚 (光文社コミック叢書“シグナル” 19)

巨人譚 (光文社コミック叢書“シグナル” 19)

1984年に発行された短篇集『砂の巨人』に、書き下ろし・単行本未収録作品4編を加え、「巨人譚」連作として発表された作品集。「ロトパゴイの難船」「砂の巨人」の2編が収録された最初の単行本は、どこか掴み所の無い物語展開にそれほど面白さを感じず、あまり愛着の無い諸星作品であったが、こうして「巨人譚」としてまとまる事により新たな輪郭を与えられたような気がする。
それは紀元前3000年紀まで遡って描かれる、古代メソポタミア地中海文明の漂泊の様だ。ギルガメシュ王の放浪を描いた「ギルガメシュの物語」から始まる「巨人譚第1部」は、ミノタウロス伝説で知られるクノッソス宮殿の崩壊をクライマックスに迎える「ミノスの牡牛」、"憎まれ者"オデュセウスが登場する「ロトパゴイの難船」、そしてサハラ砂漠を舞台に全ての伝説と文明が砂に沁み込む雨水のように消失する様を描いた「砂の巨人」へと辿り着き、悠久の時の彼方に埋もれていった幾多の人々とその物語を陽炎のようにページに映し出すのだ。地中海の眩い光さえも黒く不安定な妖しい描線で描く諸星の物語は、全てが費え去ってゆく歴史の無常観を読むものに語りかける。
第2部は「巨人譚」とは別の物語であるが、古代中国を舞台にした諸星の怪異伝、『諸界志異』系列の怪しく幻想的なな2編の短篇が収められている。こちらも読み応えは十分だ。

ヘルボーイ:闇が呼ぶ/マイク・ミニョーラ、ダンカン・フィグレド

ヘルボーイ:闇が呼ぶ (JIVE AMERICAN COMICSシリーズ)

ヘルボーイ:闇が呼ぶ (JIVE AMERICAN COMICSシリーズ)

地獄の王子でありながら人の世に馴染み、数々の異形や異界の者と戦うヘルボーイが主人公のハードボイルド・オカルト・コミック。最近は短篇でお茶を濁していたが、この『闇が呼ぶ』ではやっとストーリーの中核へと戻ってきた。呪われた秘儀、封印された神々、空を埋める魔女の群れ、哄笑をあげる獣人、蘇る中世の白骨騎士軍団、冥界の番人、そして不死身の刺客。あらゆる伝説、伝承、宗教、秘法、呪術を織り込みながら物語られるのは、新たなる黙示録であり神話である。そしてそれらを「辛気クセエんだよ」とばかりに蹴散らし腕力一つで解決してゆくのが野蛮で単細胞な我等がヒーロー、ヘルボーイであるところが痛快なのだ。
ちなみに今作ではマイク・ミニョーラは原作のみで、アートをイギリスのコミック・アーティスト、ダンカン・フィグレドが全篇手掛けている。ミニョーラ的な色彩感覚と描画の陰影を受け継ぎながらも、非常に細微にわたる書き込みが特徴的で、ヘルボーイの物語をミニョーラとは別の角度で魅力的に描き出している。

毎日かあさん(5)黒潮家族編/西原理恵子

毎日かあさん 5 黒潮家族編

毎日かあさん 5 黒潮家族編

西原理恵子の子育て奮闘記第5巻。子供を教育しながら自分もまた子供に教えられる。自分の子供時代の頃を顧みてしまう。子供は親の鏡であり親は子供の鏡だ。自分もたいして勉強してなかったが子供がこんだけバカだとしっかり教育せざるを得ないけどやっぱり自分に似たからバカなのか…といったサイバラの殆どやけっぱちな逡巡が爆笑を誘う。しかし西原は自分の子供に豊かな時間を過ごさせることを忘れていない。まあ印税たっぷり貰ってるからあちこち海外にも連れて行けたりしてるけど、それは勿論親の出来る範囲のことをしているだけであり、日本にいたらいたでまたその辺の親と変わらないドタバタを子供と演じている。サイバラのこんな奢った所が無いのがいい。
そしてこの「毎日かあさん」第5巻は、夫であった鴨志田氏が亡くなって間も無くの自分と家族を描いた作品でもある。ああだこうだと大騒ぎしている日常の中で、ふとエアポケットのように鴨志田氏の幻影がサイバラの目の前に現れる描写は、実に切ない。現実的に自らの家族や愛する人の死に立ち会ってしまった人の言葉には、やはり胸に重いものを感じてしまう。子育てのドタバタを描いたこの「毎日かあさん」第5巻は、逝ってしまった家族という現実を受け入れる、ひとつの過程を描いた漫画でもあるのだ。そしてサイバラは今日も逞しく生きてゆく。だからみんなも逞しく生きればいいと思うよ。