最後のフモの惑星《フモの惑星・その6 完結篇》

昨日からの続きだ。

「ぎゃはは。ここは地球だったのか。オレは帰って来ていたんだな」
あまりにありがちな展開に気の抜けた笑いを交えながらオレは言った。だいたいこの後の展開といったら、喋る猿の群れに拉致監禁されたりとか、サイバーダイン社製ロボットに追い掛け回されたりとか、気の狂った用務員のオヤジに包丁向けられたりとか、お前身長何メートルあんのよ?ってデカさの拳法使いに秘孔突かれたりとか、まあろくなことが待っていないような気がした。

「取り合えずどうしよっかなっと」
地球最後の男になってしまったオレはこのとっくに滅んだ惑星で一人呟いた。意外と切り替えの早い男なんである。一人で生きていくのにはまるで頓着しない神経はしているオレだが、ビールもピザも無い星で生活するのはあまり面白くない。しかも見目麗しき女子がいないなんて!有り得ない!地球が滅んだことよりもそっちのほうで鬱になりそうだ!ってか頓着しまくりじゃないか!ここは宇宙つづらに乗って異星人美女を捜し求め銀河を駆け巡る宇宙的ドンファンとして余生を送るのも悪くは無いわな。しかし問題は…何処に行けばいいかだ…。
結局は途方に暮れてしまった。ああ腹減った。

そんなオレの目の前に突然、空気の破裂するような音とともに小さな物体が出現したのである。どこかからかやってきたのではなく、いきなり目の前にあった、という感じだ。それは何かの冗談のように、微動だにせずオレの目の前に浮かんでいた。
「!?」
驚きつつまじまじとその物体に目を凝らすと、それはゴリン星で見せられた”小さいつづら”ではないか。それがどうして目の前に。
あっけにとられていると、今度は「ぽわ〜〜〜ん」という水木しげる漫画に出てきそうなベタな擬音をさせ、煙のようなものが小さいつづらの中から立ち現れた。そしてそれはすぐに人のような姿に形がまとまってゆくではないか。おお…この姿は…。

「不毛不毛羅!」
小さいつづらから現れたのは、以前オレの日記で思いつきで捏造した妖怪「不毛不毛羅」だったのである。
「なんで不毛不毛羅がここにいる…」そう呟くオレの声に応えてか、不毛不毛羅がその口を開き、声を発した。
「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン!」
…なんだこいつ…。呆れているオレを無視して不毛不毛羅はあとを続けた。
「フモはんこんな所におったんかいな。空間転移の痕跡を追跡すれば済むと思うとったのに、まさか確率論的量子転移までしてはるとは。ゴリン星であんさんが座標数値を未入力のままマシンを駆動させたんでこんなことになったんですわ。まあこうして見つけられたんでもう安心しなはれ」
不毛不毛羅のくせになんだか訳の分からないことを言っている…。
「あ、申し遅れましたが、わてはあんさんのフロイト的無意識閾に存在する副次ペルソナを解析してナノアセンブラマシン(わてが現れたこのマシンがそれですわ)が製造した擬似パーソナリティーですねん。要するにあんさんの頭の中覗いて一番分かりやすい形を選んだらこの姿になったちゅうことですわ。これ不毛不毛羅いうんですか。じゃあこれからその名前で名乗らせてもらいまひょ」

「…オレの無意識に存在するのが不毛不毛羅なのかよ…。なんかまだ他にあんだろ!気色悪いから別のもんに姿変えてくれ!えーっと、美人ちゃんな女子とか」
「美人ちゃんはあきまへん。あんさん劣情をもよおすさかい、マシンのバベッジニューロンアナライズエンジンがアルゴリズムエラーを起こす可能性が大なんですわ」
「…何言ってんだか分かんないが要するに無理だと言いたいわけだな。まあいい。…で、何しにきたんだ?」
「そりゃあんさんを助ける為ですわ。あんさんが”大きいつづら”と呼んでいるトランスワープ航宙機が発しているウルトラバーストウェーブのコンプトン波長が追尾不能になったさかい、ゴリン星の旦那はんがたが慌ててこの量子跳躍式ナノアセンブラマシンをカルツァ=クライン転移させたんですわ」
「…だから意味が分かんないんだって。まあ助けに来たことは分かった。じゃあ取り合えずなんか食いもんを…。ええとピザとか…」
そう言うか言わないかのうちに不毛不毛羅、というか不毛不毛羅型擬似パーソナリティーは「ギョヘーッ!」とあらぬ声を上げ、次の瞬間にはその手にピザの箱を抱えていた。

「無用な説明かも分からんですが、ナノアセンブラマシンが空中元素を固定して作り出すんですわ。一応トッピングはイタリアンソーセージ、トマト、パプリカ、マッシュルーム、ブラックオリーブ、オニオンにしときましたわ」
「…あとアンチョビも欲しいところだったな」
「…贅沢言わんと食べなはれ」そう言うと不毛不毛羅はまたも「ギョヘーッ!」と叫ぶと今度はジョッキになみなみと注がれたビールを空中に出現させ、オレに手渡した。
「すまん、気が効くな」オレはピザを頬張りながらそのビールを受け取り、ゴキュゴキュと飲み干した。実によく冷えたビールだった。
「ブッハーッ!うんめー!滅亡した地球で食うピザもオツなもんだな!」
「ここは並行宇宙に存在するもう一つの地球ですねん。あんさんの帰る地球はまだ滅んでおらへんので安心しておくんなはれ。そのピザ食ったら帰りまひょ」
「おう。ありがとな。…モグモグ…ところで不毛不毛羅、お前なんでそんなインチキ臭い関西弁使ってるの?で、なんでそんなフザケた性格してんの?」
「そりゃああんさんの識閾下にインチキ臭い関西弁しか存在しないからや!そしてわてがフザケた性格だとしたらあんさんの性格がそのまま反映されてるだけですねん!」
「……」

こうして不毛不毛羅のお陰でオレは現代のオレの宇宙の地球に帰ることが出来た。そして日曜の昼下がり、こうしてこれらの事実を日記に書いているというわけである。いつも日記を読んでいる皆さんには大変ご心配を掛けて申し訳ない。広辺な銀河宇宙を駆け巡ぐったあとに、こうやっていつもの日常に戻ると変な気分である。やり残してあった日々の雑事を片付けていると、奇妙な非現実感が沸き起こる。あのUFOは、ゴリン星は、暗黒舞踏選手権大会は、つづらは、そして平行宇宙の滅んでしまった地球は、全て夢だったのだろうか。それとも、今こうしていることが、夢の続きなんだろうか。

え?不毛不毛羅はいったいどうしたかって?

実は、あいつはまだオレの隣にいるのです。

「ギョヘーッ!」



(※1 初めて読む方へ:このお話は4月23日から5回連続で続いた話の最終章です。興味の湧いた方は4月23日分からお読み下せえ)
(※2 不毛不毛羅の造型物は《魔力絶対零度》の灸洞さんに作っていただいたものです。不毛不毛羅ってなんなのか?はオレの日記のこの辺この辺を御覧になって下さい)