スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師 (監督:ティム・バートン 2007年アメリカ映画)

ティム・バートンジョニー・デップコンビによる期待の新作…と言いたい所だが、バートン映画が彼独特の作家性を備えた見応えのあるものだったのは『マーズ・アタック!』までだったような気がする。監督デビュー当時の毒々しい色彩に彩られた異形なる者の疎外感、といったテーマは薄まり、現在は達者な美術センスを総動員した職人監督といった風情だが、作られた映画はどこか空疎な印象なのだ。そういった意味で今回の作品もあんまり期待しないで観たのだが、ふ〜む…。

物語は19世紀のイギリス・ロンドンを舞台に、冤罪で流刑された主人公が判決を下した悪徳判事に復讐を誓うのだが、血に狂った主人公は無関係な者まで次々と殺害し、彼が身を隠すパイ屋の女主人はその死体を使って人肉パイを作り、そ知らぬ顔で街の人々に売りさばいていた…という猟奇的なお話。もともと19世紀に書かれた物語で、何度か映画化もされているが、今回はブロードウェイ・ミュージカルとして脚色されたものを下敷きにして製作されている。だから当然だが皆歌を歌っている。

ミュージカルとしては好評を博したのらしいが、これが映画になってみると、バートン一流のリアルに描かれた陰惨な殺人描写と、派手なオーケストラの演奏が付いたいかにもミュージカル然とした歌というのがどうにも水と油のような気がしてしょうがなかった。確かに映画『フランケンシュタインの花嫁』を思わせる主人公の逆立ちメッシュの入った髪の毛や、白塗りした顔に黒々とした隈取の双眼など、怪奇映画的な非現実さを醸し出すことによって、これがリアルなものを追求した映画ではないことは分かるのだが、こと血と死のグロテスクさだけは、これは監督の趣味でついついやりすぎてしまったようなのである。つまりミュージカルのくせに暗すぎるのだ。

ミュージカル版がどのように好評だったのかは知らないが、連続殺人者が主人公で、人々を次々と虫けらのように殺めてゆき、さらにそれを食い物に加工する、なんていう本来異常な物語を、ミュージカルという枠の中で一般観客にも魅力的に語ろうとするのなら、これは主人公の異常さそのものを対象化した、ブラックユーモア的な作品として語らざるをえないのではないか。または大仰で戯画化されたシアトリカルな演出をするしかないだろう。しかしバートンはここからユーモアのセンスを一切省き、ガチにダークな物語としてこの映画を完成させてしまっている。いや、ユーモアというならパイ屋女主人ミセス・ラヴェット(へレム・ボナム=カーター)の調子外れなパステルカラーの妄想シーンはあることはあったが、実は、まるで笑えなかった。

逆にこの映画からミュージカルの要素を省き、陰々滅々とした狂気と復讐の物語として作られていたなら、それはそれで案外ホラー映画の佳作として評価できたかもしれないのである。というか、物語後半の大量の死体と血糊に満ちた映像は、これはもうホラー映画以外のなにものでもないだろ、というグロテスクさで、『ナイトメアー・ビフォア・クリスマス 』のバートンと『パイレーツ・オブ・カリビアン』のジョニー・デップを期待してきたカップルだったら無言で劇場から逃げ帰ってしまうんじゃないか、と思えたほどだ。いつもなら他人様のカップルなどどうでもいいと思っているオレでさえ心配してしまったのだから、この異様さはちょっと異様だ。あ、変な日本語。

ホラー映画ならホラー映画でもいいのだ。それならそれでホラー映画好きのオレはゲラゲラ笑って観てやるのだ。だがこの物語の主題というのはそうではないという気がするし、ましてこの映画ではミュージカルである必然性までも希薄なのだ。にも拘らずどうにもどっち付かずのこんな映画を何故バートンは撮ってしまったのだろう?単なる職人監督として空疎な映画ばかり撮ってきているバートンが、また新たに空疎な映画を一本撮ってしまっただけだという気さえする。う〜ん、家庭でなんかあったの?

スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師 予告編字幕正式版