悶絶の男

職場のオレの部下であるA君が最近ヤヴァイんである。この所仕事が忙しくなってきているせいか、なんだかいつもカリカリしているんである。いや、忙しくてカリカリする事は人間誰しもあることだろう。しかしA君の場合、カリカリすればするほど体を妙な形でくねらせて、「あうぅうぅ」とか「あはぁあ」とか「うふぅうぅ」とか喘ぎ声とも呻き声ともつかない訳の分からない声を搾り出して悶絶するのである。
そしてこの悶え声で電話に出たり客と対応するのでなおさら始末が悪い。仮に「はいフモ商事です」と電話に出るとするなら、A君の電話に出るときの声は「あはぁあぁいフモ商事ですふぅうぅ〜!」となる訳である。これを怒気と苦渋と混乱と哀訴と虚無が入り混じった、悲痛な魂の雄たけびのような声で言うのである。全く大丈夫かお前、と言いたくなるオレである。仕事の内容が、というよりも、本人がすぐ一杯一杯になってしまう性格なのだろう。
さらにA君のもう一つの癖が溜息だ。いや、別に溜息なんぞ何回つこうが構わないのだが、彼の場合、外から戻って事務所の扉を開けたタイミングで、聞こえよがしに「ぶっっはぁあぁあぁ…」と溜息をつくのである。それも眉間に皺を寄せ両目は半ば閉じ、溜息をつく瞬間は頭をのけぞらせながら、一瞬静止するのである。なんだか自分の世界に入っちゃってるようなのである。どうもA君にはナル系のロケンローラーのような資質があるのやもしれん。
オレは面白いから「どうしたんだッ!?大丈夫なのかァ〜〜!?」と冗談半分で大袈裟につっこんであげるのだが、A君はそれさえ聞く耳持たず、なにやらマンガみたいに目の下に5本ぐらい線が入り、怨嗟のこもった呪詛のような声でゴニョゴニョとよく聞こえない独り言を言っている。全く取り付く島も無い、とはこの事だが、それにしても「取り付く島」の「島」ってなんなんだ?大体なんで島が取り付くんだ?島の背後霊なのか?島が背後霊になる事なんか在り得るのか?などと最後に全然関係ない話題になってしまったところでこの話は終わるんである。