ヒルズ・ハブ・アイズ (監督:アレクサンドル・アジャ 2006年 アメリカ映画)

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ニューメキシコの砂漠地帯。カリフォルニアへキャンピング・カーで旅するカーター一家は、途中立ち寄ったガソリン・スタンドの男が教えてくれた”近道”を行こうとするが、それは巧妙に仕組まれた罠であった。人っ子一人いない砂漠の真ん中でパンクを起こし、岩山に激突、走行不可能のまま立ち往生してしまうカーター一家。携帯電話も通じず助けを呼ぶすべも無い彼らを、丘の向こうからじっと観察する不気味な目があった。そして夜が訪れ、”やつら”の襲撃が始まった!

オールディーズぽいメロディーに乗せて、核実験のキノコ雲と奇形児の映像が代わる代わる映し出されるという、冒頭のタイトルバックの禍々しさがまず素晴らしい。そしてそこから続く映像は、アメリカのニューメキシコというよりは、どこか未知の惑星を思わせるような荒涼とした砂漠地帯である。時が止まってしまったかのよう見える荒れ果てたガソリン・スタンドと倦み疲れた表情の店主。人の姿も見えないその土地に現れたキャンピングカー一家さえ、何か蜃気楼のように現実味が無い。社会から隔絶されたその土地は、世界から忘れ去られたような幻想性を帯びている。この物語はそういった、人を拒絶するような非現実的な雰囲気から始まる。

キャンピングカー一家の面々はそれぞれ個性的に描き分けられ、この種類のホラー映画にしては実に丁寧な人物描写をされているように思える。しかも、血の繋がった家族同士であることから、これから起こる惨劇の惨たらしさと心理的抑圧の強さはなお一層強烈であることが既にして予想され、じわじわと盛り上がってゆく恐怖感に拍車をかける。砂漠で立ち往生などというその状況だけでも十分にホラーであるし、成すすべの無い家族の不安感と絶望感はじっとりと観客に乗り移ってゆく。そしてこの孤立無援の状態に、さらに得体の知れない異形の者達の襲撃、という恐怖とパニックが加わり、中盤からはノンストップのハイパー・バイオレンス・ホラーとして映画は驀進して行くのだ。

さらにこの映画の背景にあるのは、度重なる核実験により汚染され、人の生存を許さない人外の地となった土地である。この地球でありながら地球ではないその土地は、既にして異世界なのである。その忌まわしい土地に隠れ住み、放射能汚染で奇形となった者達は、元はこの土地で鉱山労働をし、核実験開始による政府の立ち退き命令を拒んだ、いわば社会から放逐され見捨てられた者達の末裔なのだ。アメリカ社会の未来の為にゴミ同然に捨てられた者達と、アメリカ社会の豊かさを謳歌するキャンピングカー一家との対比もまた面白い。そして物語は、この”家族”同士の、血で血を洗う壮絶な戦いへとなだれ込んでいくのである。

なにしろ襲撃を受けた家族の、その後の反撃の様がいい。凡百のスラッシャームービーと一線を画したそのストーリーテリングは、フランス人監督アレクサンドル・アジャの文化的背景の違いからなのかもしれない。前作『ハイテンション』では多少泥臭かった展開は、この『ヒルズ・ハブ・アイズ』ではあくまでスピーディーでシャープ。だがその『ハイテンション』でも、人物造詣の丹念さは既に片鱗をうかがわせていたように思う。家族が物語の中心に据えられていたのも『ハイテンション』と同様だった。また、この映画は、ウェス・クレイブンのホラー作品、『サランドラ』のリメイクでもあるが、オレは残念ながらオリジナルは未見である。

この『ヒルズ・ハブ・アイズ』は今年日本で公開されたホラー映画の中で最高最良の一作になるであろう事は間違いない。まだ観ていない人はだまされたと思って、またはだまされてでも観に行くがよろしい。『ホステル』をはじめとするこのような良作を公開し続けるシアターN渋谷に拍手を送りたい。お蔵入りしかけていた『ホテル・ルワンダ』を公開したのもこの劇場だ。オレはことホラーに関しては、生存そのものに関する映画なのだと常日頃思っている。安寧と平和に過ごしている日常では忘れられがちな、自らの生存というギリギリの感覚。曖昧になりかけている生の実感を取り戻すこと、それがホラー映画なのだ。とか言いつつ、ジェットコースターに乗ってても同じと言われればそれまでだがな!

■The Hills Have Eyes Trailer