ブラック・スネーク・モーン (監督:クレイグ・ブリュワー 2006年 アメリカ映画)

おらアメリカ南部の黒人百姓だっぺ!畑で採れた野菜を町に運んでは皆の衆に売って稼いでるっぺさ!そんなおらがある朝道を歩いていたら、な〜んちゅうこった、娘っ子が道端に落ちとるでねえべか!んでからに、よくよく見ると町でも有名な札付きオサセ娘だったっぺさ!怪我してるんどこ見んと、どっかのタチの悪いヤローにブチのめされたみたいだっぺ!身から出た錆とはいえ、こりゃちょっとせづねえっぺ!そんでおらは、娘っ子ば拾って、もう男ば拾って歩かんように、おらの家に閉じ込める事にしたっぺさ!逃げられねえように鎖っこばつけてな!

サミュエル・L・ジャクソンクリスティーナ・リッチ主演の『ブラック・スネーク・モーン』である。物語はなにしろ、黒人の百姓が白人のオサセ娘を監禁する所から始まるんだが、虐待監禁猟奇肉欲変態モノかと思ったらそうでもないのだ。まずサミュエル・L・ジャクソン演じる農民ラザラス・ウッズは、物語冒頭で女房を弟に寝取られ、別離していることが明らかになっている。クリスティーナ・リッチ演じるオサセ娘レイは、セックス依存症の原因が幼い頃義父に性的虐待を受けていたことが中盤で明らかになる。さらに彼女はまともな職も無い白人貧民層で、母親からも見放され、恋人は軍隊へと行き、もはや社会に居場所の無い悲惨な境遇だった。即ちこの物語は、生きる希望を失った、その社会で最も下のヒエラルキーの者同士が、お互いを杖として寄り添いながらもう一度生きる希望を見つけ出す物語なのである…筈なのだが…。

農民ラザラスが、怪我をした白人娘を警察に届けなかったのは、つまりは黒人であるというだけで自らに嫌疑が掛かるのを恐れてである。病院に届けなかったのは、ラザルスにしてもレイにしても、金が無かったからである(この辺は前回観た『シッコ』で、貧民層がいかに医療に見放されているのか、を知っていたから納得できた)。当然レイのセックス依存症を治療できるようなメンタルクリニックなど、彼女の経済状態から考えると不可能もいいところだろう。つまりレイは社会から放逐された存在であり、このままだと地獄へと真っ逆さまに転落していく他なかっただろう。そして農民ラザラスがそんな彼女を救おうとしたのは、ひとえに、彼女を救う事で不幸な身の上にいる自らも救いたかったからなのだ。さらにここで救いの手を差し伸べるもう一つのものが宗教なのである。

ここで登場する宗教は、地域に密着した朴訥な田舎の教会である。町なかの人々が集いあう特にどうということのないコミュニケーション・センターのようなものだ。そういった意味では素直に善意そのものの描かれ方だ。逆に言えばアメリカのキリスト教原理主義団体やテレビ伝道師のような急進的だったり胡散臭い宗教団体ばかり映画のネタに観ているものとしては、随分純朴な描かれ方だなあ、と思ってしまう。というか、この映画では善意と救済の描かれ方がどれも純朴なのだ。農民ラザラスはしなだれかかるレイを聖書を盾にして逃げ回り、彼女を治療するのは幽閉するのが一番と実際に鎖で繋いでしまう。繋がれたレイのほうも最初は抵抗するが、それによって最後は本当に癒されてしまう。なんじゃこりゃ。

最後にあれこれと丸く収まるこの物語だが、癒しと救済についての物語のように見えて、実はこれは、男の勘違いダンディズムとセンチメンタリズムの映画なんだとオレは思った。淫乱小娘を監禁してでも治すって、これって、ソープランドに行った客がソープ嬢に対して「君みたいなコがどうしてこんな仕事をしているんだ!」などと諭している状況と似てないか。自らの性欲をかなぐり捨てて美しい少女の更生を手助けするというのは、尊いことかもしれないが、鎖まで付けてしまうのははっきり言って極端過ぎる。しかしそれがまかり通ってしまうのは、その行為が正義であるという確信があるからで、その寄る辺となるのは信仰なのである。都合はいいがストレート過ぎるし思い込みが激し過ぎる。さらにラザルスは自らの心に暗い影が落ちた時にはブルースを歌って耐え忍ぶのである。そしてこちらはなんだかカッコ良過ぎないか。つまりはどれもこれも「過ぎる」という、ダンディズムというものに対する男の過剰な思い込みで成り立っている物語なのではないか。そしてこの思い込みの激しい人間こそ、誰あろうこの映画を撮った監督その人なのではないか。顔見ると、確かに熱い男みたいだもんなあ。

しかしそこまで言いながら、オレはこの映画をなんだか嫌いになれない。それはオレ自身にも、男の勘違いダンディズムとセンチメンタリズムが幾ばくかは備わっているからである。道を外れた少女を更生させたい、なんて、やってみたいとは思わないが、ちょっとカッコいいかもぐらいは、やっぱり思ってしまうのだ。そしてなにより、映画のサミュエル・L・ジャクソンクリスティーナ・リッチがいい味出してるのだ。特にクリスティーナ・リッチは、映画の大半を半裸で出演、これがなかなか色っぽいのである。こんな少女を見て「オレがやらなきゃ誰がやる!」と熱くたぎる思いを噴出させてこそ漢というものではないか。まあ、女とっては迷惑千万、そんなこと誰も頼んでないわよ!であるだろうが。世の中なんてそんなものである。

■Black Snake Moan Trailer