私家版魚類図譜 / 諸星大二郎

私家版魚類図譜 (KCデラックス モーニング)

私家版魚類図譜 (KCデラックス モーニング)

諸星大二郎、『私家版鳥類図譜 (KCデラックス モーニング)』に続くシリーズ第2弾。第2弾なんだがあとがきで「これ以上シリーズ化しないよ」と作者が言っていたのがちと残念。
”鳥=空”が”死”のイメージで結びついたものであるとしたら、”魚=海”は生命というよりも”混沌”の別称なのかもしれない。この作品集の中で描かれる物語はホラーやファンタジー、SFなど多彩だが、どの物語もラストが取って付けた様ななし崩しな終わり方をしている。ここで諸星はもはや物語的な起承転結などお構い無しに、海という名の生命のプールへ還るという主題を何度も繰り返す。『魚の夢を見る男』も『魚の学校』も、”退化してしまいたい”という後ろ向きの暗い欲望だし、『魚が来た!』は海の存在しない未来に魚を求める物語である。この作品集のハイライトというべき『深海人魚姫』『深海に還る』の連作も、やはり”還るべき場所”の物語だ。
しかしこの『深海人魚姫』『深海に還る』がなにしろいい。文字通り童話の『人魚姫』の諸星版だが、海底火山の硫黄成分で生育する奇妙な生物チューブワームがあたり一面に生い茂る海底を舞台にしており、このあまりに異質で非現実的な深海の光景の中で漂う人魚、という設定が、この物語が単なる御伽噺の焼き直しではない事を感じさせる。そしてなんと『深海に還る』に至ってはラブロマンスものなのだ!深海艇に乗り込んだ二人の男女が光の射さぬ暗く冷たい海の底で、ぽつぽつと己の心の裡を明かしてゆくという、実に切なくロマンチックなシチュエーションなのである。そして2作品ともラストが唖然とするほど大甘なんだが、結局諸星にとってはロマンスとはファンタジー以上でも以下でもないということなのか。
『鮫人(こうじん)』は中国宋の時代のある官吏が、難破した船から見知らぬ南洋の島に打ち上げられて…というもの。そこには女達だけが住み男の姿は無く、そして夜な夜な鮫たちを相手に祭りが催され…というクトゥルー神話を思わす諸星らしい傑作ホラー短編。