缶ビール小説

目覚ましの音で目を覚ますと取りあえず朝の缶ビールを一個飲んだ。
作業着に着替え、もう一個缶ビールを飲むと、自転車で十分ほどの場所にある職場に向かう。俺の職場は缶ビールのリングプルを作っている工場だ。
タイムカードを押し、缶ビールを飲み、リングプル製造機のスイッチを入れ、それが動き出すのを眺めた。
職場の机に戻ると、缶ビールを飲みながら発注書と請求書に目を通していた。
新しい缶ビールを開けていたら上司が来て、東南アジア向けのリングプルの受注変更の話をした。上司は俺の缶ビールを見ると、「独身者はいいよなあ、俺なんか家買ってから週一回発泡酒飲むのがやっとだよ。」と苦笑いしていた。「それはそれは。」と愛想笑いする俺。

十二時のサイレンが鳴り、工場の電気を落とし、昼飯の時間になった。
コンビニで買ってきたサンドイッチを缶ビールで流し込み、食堂の映りの悪いTVを見るとはなしに見ていた。TVは「お金を儲けなさい」と言い、「お金を使いなさい」と言い、「他人を出し抜きなさい」と言い、「愛は何より大切」と言った。オレはもう一個缶ビールを開け、「それはそれは。」と言った。
お昼が終わり、午後の缶ビールの封を切り、再びリングプル製造機のスイッチを入れ、それが動き出すのを眺めた。
二時を過ぎた頃、機械の調子がおかしくなっていることを発見、メンテナンスの人間を呼んで見てもらう。缶ビールを飲みながら修理の様子を眺めていたが、意外に簡単に済んだのを見て安心する。修理を終えたメンテナンスの人間に缶ビールを振舞う。彼は俺から渡された缶ビールを見ると、「お、僕もこの銘柄好きなんですよ。」と嬉しそうな顔を見せた。

機械修理の為多少遅れたが、七時には業務が終了した。仕事が終わった後の缶ビールはまた格別に美味い。
工場を出てアパートに帰ろうとすると妙な男に捕まる。
「私の話を聞いてください。」
「はあ。」
「世界はあと五年で終わるということを知ってますか。」
「はあ。」
「しかし真の神を信じれば救われます。」
「それはそれは。」
「かくなる上はご寄付などを頂ければ。」
オレは無言で彼の手に缶ビールを手渡すと自転車に乗り込みその場を去った。角を曲がる時に男の居た場所をちらりと見た。そこには空を仰ぐようにして缶ビールを一気飲みしているあの男の姿があった。

アパートに帰ると缶ビールを一つ開け米を炊き魚を焼き晩飯の支度をして、再び開けた缶ビールを飲みながらそれを食べた。
九時を回った頃に缶ビールを一個飲んだ後、最近メールしても返事をくれない女の子に電話してみる。
「俺だけど。」「ああ、どうも。」「最近どうしたのかな。」「御免なさい、私そんなつもりじゃなかったし。」「それはそれは。」
電話を切り、言葉が頭で形になる前に缶ビールを一個飲み、言葉が頭で形になってからもう一個飲み、それを受け入れてからもう一個飲んだ。
今日は長い一日だったな、と思った。ベランダのサボテンと石楠花とシクラメンに水をやって、ついでに自分にも缶ビールをやって、今日は寝る事にした。
寝床で暗い天井を見ながらうとうとしていたら、あることを忘れているのに気がついた。
布団から抜け出すと、冷蔵庫を開け、俺は今日最後の缶ビールを飲み干した。

(全てフィクションです。)