007/カジノロワイヤル (監督・マーティン・キャンベル 2006年 アメリカ/イギリス映画 )

『007』というとかつてはアクション映画を代表するシリーズで、子供の頃などTV放送されたときにはワクワクしながら観ていた思い出があります。でもシリーズの殆どは観ているんでしょうが、多分何作かは見落としがあるだろうし、お話の内容をすっかり忘れている作品もあるでしょうね。名作と言われている作品も何本かあるでしょうが、個人的に一番思い出深い作品は何故か『007/黄金銃を持つ男』だったりします。作品の評価も興業成績も今一つであろうこの作品が何故思い出深いのかと言うと、実は初めて劇場の大きなスクリーンで観た007だったからです。当然ですが字幕の007も初体験だったと言うわけで、何回も見たわけでもないのにいろいろな場面がとても心に焼き付いていたりします。それにやっぱり、大人っぽいなあ、と思いましたね。ポール・マッカートニーウィングスによる主題歌も好きでした。(追記:いかん!これは『死ぬのは奴らだ』だった!)007の影響なのかどうか判りませんが、あの頃『スパイ・セット』みたいな玩具が販売されていて、それでよく遊んでいたことも憶えています。


さて今回は2002年公開の『007/ダイ・アナザー・デイ』から4年ぶり、21作目の007。主人公の配役がどうとかいろいろ論議はあったようですが、相当以前からマンネリ化してきたシリーズのイメージを変え、もう一度007・ジェームズ・ボンドを新生させようとしたんでしょう。だから作品ではこれまでのシリーズでお馴染みだった”007らしさ”が脱色され、細かい部分であれこれ裏切られる007となっています。それが観る人によってYESかNOかに評価が分かれるでしょうね。気付いた部分を羅列すると、
・オープニングのあのアニメにグラマーな女子のシルエットが全く出て来ない!銃口に向かって振り向き様に発砲、のアクションもちょっと違う。
・テーマ音楽がハードロックっぽい!
・ボンドを演じるダニエル・クレイグは無骨で荒っぽいキャラ・イメージ。これは原作小説も1作目でまだキャラが出来上がってなかったという部分もあるらしい。
・ボンドが女に淡白。誘惑シーンはあっても職務の一環。
・でも本気で惚れちゃう純なボンドも!
・ボンド・ガールが「添えられた花」ではなく人格のあるパートナーとして描かれる。しかも知的な佇まい。
マティーニの頼み方も違うし、そもそもスーツをあんまり着ない。オーダーメイドのタキシードに戸惑うボンド!
・マニーペニーもQも出て来ない。だからオフィスでの艶っぽいジョークも、秘密兵器も無い!
・だからアストンマーチンにはヘルス・キットがあるぐらいで飛び道具的な秘密兵器は付いてない!
・あとボンドの時計はオメガじゃなくてロレックスだろ!と思ったけどブロスナン・ボンドの頃からオメガになっていたらしい。(原作ではロレックス)
などなど。


ストーリー的には「ボンドの活躍で株の大赤字を出してしまった悪いヤツがカジノで穴を埋めようとするところをまたもやボンドが阻止しようとカジノに乗り込む」といったお話で、観かたを変えると「振り込め詐欺のチンピラがポーカー賭博で穴を埋めようとしているところに政府官憲が乗り出して勝負する」というお話なわけで、「というか勝負なんかしなくていいから捕まえちまえよ?」なんて思ったらお話が成り立たなくなるのである。あとカジノ勝負が終わったあたりでお話が中だるみになっちゃう。で、「え?まだ続くの?」なんて思っちゃう。それはホントの悪いヤツが最後に用意されてるからなんですが、「こいつ誰だっけ…」という存在感の薄さで…。つまりお話がクライマックスに向けて収斂しない、というかポイントポイントでアクションなりサスペンスが盛り込まれるのでそれぞれはよく出来ていて楽しいんだけれど、全体としてみるとバランスが悪い、ということなんでしょかね。


ボンド映画の贅沢さと言うのはヨーロッパ社会の持つ文化と資本の爛熟ぶりを一般人の観客が溜息を出しながら眺める、といった部分で成立していたと思うんだけれど、同時に第三世界の描写は植民地的な描かれ方をしているように見えちゃうのね。ただそれは恣意的なものというよりも、そもそもヨーロッパ社会との対比とヨーロッパ文化の体質がそう思わせちゃうものだったのでしょう。つまり爛熟しつつも頽廃的だったのね。これが実はNO.1ボンドであるショーン・コネリーの時代のボンドであったと思う。ところが舞台をアメリカに移しアメリカ人的なボンドが活躍すると、今度はヨーロッパは単なる観光地でしかなく、それも疲弊した社会にしか見えなくて、アメリカ的に元気のいいボンドがアメリカンコミックのスーパーマンとして活躍しちゃう。ここに頽廃は無いんです。でもしかし007的な要素は希薄になってくる。つまり007じゃなくってもいい、ということになる。そして敵は頽廃の極みのヨーロッパ人ではなくテロリストや麻薬カルテルになってしまう。御伽噺なスパイ活劇だったものが生々しい現実の敵と戦うことになる。益々007的じゃなくなる。これが007映画の凋落なんだと思う。今回のボンドはボンド・イコンをもう一度見直し再構築する事で時代に見合ったボンドを創生し、そして何故ボンドなのか?というところまで遡って描こうとしたものなのだと思う。その為の新生ボンド、原作の1作目、ということだったんでしょう。娯楽映画としては及第点の楽しめる映画だと思います。お正月にどうぞ。


■『007 Casino Royale』 トレイラー