メランコリイの妙薬 / レイ・ブラッドベリ

メランコリイの妙薬 (異色作家短篇集)

メランコリイの妙薬 (異色作家短篇集)

早川異色作家短編集15巻は泣く子も黙るレイ・ブラッドベリ。以前も書きましたがオレが10代の頃はブラッドベリの『10月はたそがれの国』という短編集がバイブルでした。でも他の短編集は殆ど読んでいない、というイビツなブラッドベリファンだったんですが。この『メランコリイの妙薬』は、晶文社か何処かから出していたのを買って持っていた記憶があるのですが、これも殆ど読んでいませんでした。結局あの頃は『10月はたそがれの国』のホラータッチが好きだったのであり、この『メランコリイの妙薬』や名作といわれる『火星年代記』あたりは文学の匂いがしてとっつき辛く、それで読めなかったんですね。今回、改めて早川異色作家短編集として20年ぶりに手に取り、再び読むことが出来たのはなにか感慨深いですね。
さてこの『メランコリイの妙薬』はブラッドベリが描く様々なジャンルを網羅していて、入門篇としてもファンの愛蔵本としても優れたセレクトになっていると思います。そのジャンルといえば、ファンタジー、ホラー、サスペンス、SFはもとより、普通小説や散文詩まで飛び出し、まさにブラッドベリ玉手箱といった趣でしょうか。アメリカ文学の中でもブラッドベリが何故これほどまでに高い評価を得、そして愛されている作家なのか、これを読むと頷けるというものです。”異色”でもなんでもなく、まさに”王道”の作家です。
この作品集を読んで思い浮かぶキーワードは《太陽》です。それは暖かく優しく、そして包み込むような大きな”父性”と言い換えてもいいかもしれません。ブラッドベリの物語はこの眩い明るさと陽気さに満ちています。そしてまた逆に、光当たるところに必ず現れる影のようにホラーやサスペンスを描きます。ブラッドベリというのはこのコントラストの作家であり、そしてこのコントラストが、多様な作品を生み出し様々な読者層にアピールする原動力になっているのだと思います。
気になった作品を幾つかピックアップしてみましょう。
『穏やかな一日』はとあるリゾート地の浜辺で、ピカソ好きの男が出会ったある人物の話。人生におけるかけがいのないひと時を描いた豊潤たる逸品です。
一転、『火龍』は”ああ勘違い”とでも言いたくなるようなドタバタコメディ。
メランコリイの妙薬はどんなお医者さんも匙を投げ出した少女の病気を治すために家族が一計を案じて…というお話。そしてメランコリイとは、そう、あの病気。ブラッドベリ独特のファンタジックな味わいが生きるロマンチックな作品。
『すばらしき白服』は本当に素晴らしい作品だった。1着の極上のスーツをお金を出し合って買った食い詰め者の男達が、それぞれ交代でそのスーツを着たときの生まれ変わったような喜びを、音楽的な絶妙のリズムの文体で描いたこの作品は、読んでいるほうまで幸せになってきそうな楽しさに満ちた珠玉の作品です。ブラッドベリはどの作品にも言えるのですが、そのブラッドベリ節とでも言えるような詩的で軽快なリズムに満ちた文体を味わうのが醍醐味ともいえるでしょう。
例えば『結婚改良家』は夫婦生活が上手くいっていないカップルがベッドを替えるというだけのお話なのに、リズミカルな文章だけで読ませる物語へと変身するんです。
その他にも『誰も降りなかった町』は殺人の暗い願望を描いたミステリー、『イカロス・モンゴルフィエ・ライト』は人類が始めてロケットに乗って旅立つ日の喜びを神話のイカロス、気球のモンゴルフィエ、飛行機のライト兄弟へオマージュを捧げながら描かれた散文詩
『小ねずみ夫婦』は陰気な夫婦を描いた嫌らしい話で、『たそがれの浜辺』は浜辺に打ち上げられた”あるもの”を巡るファンタジー、さらに名作『火星年代記』のサイドストーリーともいえる火星を舞台にした様々な物語。
こんな風にその作風は百花繚乱、驚きと喜びと恐怖のタペストリー、万華鏡のように姿を変えるセンス・オブ・ワンダー、いつまでも止まらないめくるめくメリーゴーランド、そんな素敵な物語の詰め合わせがこの『メランコリイの妙薬』です。