ずりゅずりゅ

茶やコーヒーを飲む時には熱いとどうしても啜ってしまうもんである。飲み物を啜るのは行儀がいいことではないかもしれないが、熱いもんは仕方がない。だがその啜る音もあんまり盛大にやられると勘弁してれと思ってしまう。まあしかしそこは人情、啜る音ぐらいでとやかく言うのも大人気ない。オレだって啜る時は啜ってるからな。


だけれど、啜った後の「ぶっはぁ〜」という声、あれがどうにも戴けない。
「ずりゅ。ずりゅずりゅっ。」
最初がこの音だ。
そしてその後
「…ぶっはぁ〜〜…。」
と息を吐き出す声が続くんである。
これが癇に障ると聞こえた音は脳内でアンプさながらに増幅されて聞こえてしまうんである。
「ずりゅ。ずりゅずりゅずりゅずりゅずりゅずりゅずりゅずりゅっ!」
と啜る音。
そして
「ぶっはあああああああ〜〜…あああ〜〜…。」
と、うめきとも悶え声ともとれるような声。


こうなってくるともう駄目である。オレはそんな音を聞きながらイライライライラしはじめるのである。「私の名前はイラ。イライラのイラと申せましょう。」などと大島弓子のマンガの登場人物みたいなことも言いたくなってくるんである。これで相手が声を吐き出しながら恍惚としきった空ろな目をした日にゃあもう堪らない。たかだか茶を啜る音にオレのこめかみの血管はドクリドクリとぶち切れそうに脈打つのである。一体何がそれほどまでにオレの気に障るというのか。やはり単に狭量な人間だからなのだろうか。


さらに口の中に入れた飴玉を横でコリコリ噛まれるのも苦手である。幾分くぐもった音で「こん。こん。こここん。ごりっ。がりっ。」などとやられると背筋がザワザワし始め「あああああ止めてくれええ」と悶え苦しむオレなのである。ではそういうオレは飴玉を噛まないのかというとこれがせっかちな性分なので盛大に噛むのである。要するに人にやられるとイヤだという随分勝手なお話なのである。そういえばすぐ側でガムをクチャクチャ噛まれるのもいけない。あの音はオレにとって殺人音波である。「すまん。本当にすまん。負けは認める。だから頼むからお願いだからクチャクチャは、クチャクチャだけは止めてくれ。」と涙を流し懇願したい気分にかられるのである。


さらに仕事中に書類を小声で読んで確認したり計算する時いちいち数字を呟かれるのもダメだ。「じゅういちがつついたち…にひゃくじゅうよん…かける…ななひゃく…あ…うん?」とか横でやられた日にゃあ頭の中は煮詰まったおでんのようになり眉間にはマリアナ海溝のような皺が刻まれ目の前がグラグラと揺れて見え、それはもうパニック症候群状態である。そしてこうやって声に出しちゃうのも自分でもやるからやっぱり人のことは言えない。


斯様な訳でいつも心の休まらないオレなのであった。オレの心に平安が訪れる日はあるのか。心安らかに過ごす日はやってくるのだろうか。そして今日もじゅるじゅるこりこりくちゃくちゃぶつぶつという音に心を苛まれ一人血圧を上げているオレなのであった。ああ耳鳴りがする…。