スーパーマン・リターンズ (監督 ブライアン・シンガー 2006年 アメリカ映画)

スーパーマンは散髪をするのか?という話がある。
宇宙空間でも溶岩の中でもびくともしない鋼の男スーパーマン。拳銃の弾はおろか大砲の弾まで受け止めてしまう不死身の男スーパーマン。彼の剛力はひとえにスーパー細胞から出来たスーパーボディの賜物ではあるが、ここで考えて貰いたいのは、彼の髪の毛もまたそのスーパー細胞から生み出されているということである。どのような刃でも傷つくことが無い肉体なのだから、その髪の毛でさえどんな鋏でも切れるはずが無いのだ。という訳でスーパーマンは散髪することができない。もしくは髪の毛が伸びない。もしくは…スーパーカツラ!?


この話はオレのオリジナルではなくて、ラリー・ニーブンというSF作家の短編集『無常の月』に収められている「スーパーマンの子孫存続に関する考察」という一編からである。他にもスーパーマンの目からはX線が出るから妊婦を近づけてはいけないとか、スーパーマンが夢精したら天井を突き破り飛行機まで落とすだろうとか、ろくでもないことがいっぱい書かれているので興味が沸いた方は探してみられるといいだろう。(現在絶版らしい。)


さて『スーパーマン・リターンズ』である。「帰ってきたスーパーマン」である。世の中には「帰ってきたウルトラマン」とか「帰ってきた寅次郎」とか「帰ってきたヨッパライ」など様々な「帰ってきた」人がいるが、この映画は1978年に作られた映画『スーパーマン』シリーズの続編らしい。だからお話が続いている。かつての恋人に男と子供ができてクラーク・ケントが落ち込んじゃったりとかもする。体はハードでも心はソフトなのだ。世の中うまくいかないものである。


最初に映画化された原典でもある『スーパーマン』は、アメリカの陽光溢れる穏やかな田舎町から物語が始まり、そのヒーローものの古典である原作と合わせ、エヴァーグリーンな回顧の中のアメリカを巧く表現していた作品だったと思う。スーパーマンとは古き善き、そして強く正しいアメリカを体現するノスタルジアだったのだ。彼の強さはその夢想の中にこそあり、シンプル過ぎるほどの絶対的な正義こそがスーパーマンだったのだと思う。しかし21世紀になっていろいろややこしい国際情勢の現在、スーパーマンというファンタジーが倒すべき相手は誰なんだろうか。


例えばバットマンはトラウマを抱えた主人公と魔窟と化した都市を巡るいわば地獄巡りの物語であり、最新作『バットマン・リターンズ』では悪役は既にテロリストという現代的な敵役なんです。『X-MEN』はアウシュビッツから始まる虐殺の重い歴史と多民族国家アメリカの戯画なんです。『スパイダーマン』は若者の陥れられやすい無能感と裏返しの全能感を描いた苦い青春ドラマとして観ることが出来るんです。その中で今回の『スーパーマン・リターンズ』の物語は最近製作されてきたコミック・ヒーロー物映画の苦々しい現実との対峙が綺麗に抜け落ちている。敵役は素っ頓狂で時代錯誤的な悪漢であり、そこにはいかほどのリアリティもない。


じゃあこの『スーパーマン・リターンズ』は何かというと父性と家族というものの復活、として観ることが出来るんじゃないか。実はこの映画の裏テーマは父から息子へと代々続く歴史のドラマなんですよね。しかしここでの父性は1作目の”強く正しいアメリカ”を髣髴させる男権復古的なものではなく、家族主義的な奇妙なナイーブさを感じます。つまりここで描かれるのは、ヒーローは何と戦うか、という物語ではなく、戦った後にヒーローには帰るところがあるのか?ヒーローだって傷付いたら帰って和める場所が欲しいんじゃないか?というものなのではないか。


ヒーローは、即ちアメリカは、十分強い。でも強くい続ける事は、本当はとても疲れることなんだ。お父さんだって戦ってばかりいたくない、疲れたら家で和みたい。そんな家庭が欲しい。この『スーパーマン・リターンズ』からは、そんなちょっとナイーブに自省するアメリカ像・アメリカの男性像が浮かび上がってきます。ここには監督ブライアン・シンガーのゲイとしての視点もあるように感じます。だって、戦い以外のシーンは女性映画じゃないかとさえ思ったぐらい細かい感情の動きが描かれてるんです。イケイケドンドンで突き進んできたアメリカがちょっと立ち止まって考えた時、その帰るべき場所はどこだったのか。それは家庭であり家族である、というミニマルな単位の幸福なのではないか。それが正しいか間違ってるかは別として、今回の『スーパーマン・リターンズ』の物語はそんなものを描こうとしてたんじゃないでしょうか。


さて冒頭の”散髪問題”であるが、クリプトナイト放射線を浴びせて人間並みに弱らせてからなら髪が切れるのではないかと今思った。その代わり散髪する度に悶え苦しむ破目になるけどな。きっとスーパーマンは散髪が嫌いに違いない。あ、となると髭剃りは…!?これもクリプトナイトでか?面倒だから永久脱毛!?スーパーマンエステに通っているのか!?