カーズ (監督 ジョン・ラセター 2006年 アメリカ作品)

世界最高峰のCGアニメスタジオ、ピクサーの送る新作アニメーション。監督は「トイ・ストーリー」の1、2作目を手掛けたジョン・ラセター
擬人化された可愛い車たちが織りなす楽しいアニメーション、と言ってしまえばそれまでだが、その鬼のような完成度はただ事ではない。ただ「楽しい」だけの為に費やされた膨大な才能と知力と技術力の高さには恐るべきものがある。そこから生み出される至福とも呼べる映像の美しさ、そして物語の豊かさに、オレは映画の間中、ずっと涙を流していた。素晴らしい。素晴らしい。なんて素晴らしいんだろう。


擬人化されたキャラクターの物語を人間の物語として語ってみよう。(ネタバレありまくり注意)

才能に溢れ次期レースチャンピオン候補として人気絶頂のマックィーンは、裏を返せば自信過剰で人を見下す性癖を持った薄っぺらな男だった。その彼がある日決勝レースの会場へ向かう途中で西部のうら寂れた町に迷い込み、その町の道路を事故で破壊してしまう。裁判で言い渡された判決は道路補修の強制労働。投げ槍になりながら強制労働をこなす彼だったが、いつしか素朴で大らかな町民達に心を開いてゆく。そしてある日、都会から移り住んだという美しく知的な娘、サリーから町外れへドライブに誘われるマックィーン。渓谷の頂上で、彼はサリーから打ち明け話をされる。「私が都会を離れなぜこの町に越してきたか。それは私が恋をしたからなの。」「恋?」「そう。そしてこれが私の恋したもの。」サリーに促され、マックィーンは渓谷からの風景を眺め渡す。そこには、原初からそこに存在していた、雄大なグランドキャニオンの山並みが広がっていた…。


どうだろう、実にロマンチックなお話じゃないか。この、人間が実写で演じていたとしてもなんら遜色の無い物語を、真ん丸い喋る車達が演じる、という訳なのだ。この美しいドラマと、その世界を構築させるために草木一本に至る細部まで緻密の上に緻密を重ねて描写された映像、それが「カーズ」の素晴らしさだ。そして、この物語を愛らしい車達が演じるからこそ、実写の人間が演じることの生臭さから開放され、子供でも大人でもどんな世代にでも受け入れられそして楽しむことのできる、ひとつの”幸福についての御伽噺”として結実したのだと思う。そう、この物語がこんなに美しく、そして切ないのは、これが御伽噺だからなんだろう。


この物語はもう一つ、《ルート66》というアメリカの歴史に残るかつてのメイン・ストリートの物語でもある。州間ハイウェイの開通により過去の遺物となった《ルート66》の街道の町々は、今やうら寂れ打ち棄てられ、誰も省みない”名も無き町”と化そうとしている。そして時代から取り残されたその町々は、あたかもタイムカプセルに残された過去の手紙のように、見るものにノスタルジーと物寂しさを感じさせずにはいられない。スピードと射幸心と目先の豊かさに追われ、文字通りレースカーのように社会の競争に立たされる現代に生きる人々に、この過去が琥珀の中に結晶したかのような町並みと人々は、自らが過去に置き去りにした何かを思い出させてくれるのだろうと思う。


また、冒頭とラストのレースシーンも、これまで見たことも無かったような白熱の臨場感を生み出しています。レース好きの方が観られてもきっと興奮されるでしょう。という訳で、《カーズ》、これはお薦めです。気になった人は是非観られてください。