元気なぼくらの元気なおもちゃ / ウィル・セルフ

元気なぼくらの元気なおもちゃ (奇想コレクション)

元気なぼくらの元気なおもちゃ (奇想コレクション)

オレにとっては既に”良作短編集の定番”となっている奇想コレクションの新刊です。この短編集の作家、ウィル・セルフの作品は初めて読んだのですが、巻頭の作品がちょっと変わっているがよくある麻薬売人の話…と舐めて掛かって読み進めてゆくと結構一筋縄では行かない作家なのが段々と判ってゆき面白かった。


解説によるとウィル・セルフの物語は”風刺”の物語ととられることが多いようだ。この”風刺”というキーワードで物語を拾ってゆくと、ウィル・セルフの作品構成をもうひとつ突っ込んで眺め回すことができるようだ。


例えば、巻頭の作品、黒人麻薬売人の底辺の生活を描いた「リッツホテルよりでっかいクラック」のタイトルが白人エスタブリッシュメントWASPである作家スコット・フィッツジェラルドの作品タイトルのもじりであるということがそのまま風刺になっている、というわけだ。黒人を搾取して裕福になった白人と、麻薬中毒患者という踏み台の上で裕福になる黒人と。
これは着想そのものもユニークな「ヨーロッパに捧げる物語」の、片言で知りもしないビジネス独語を話す2歳児が、実はECの名の下に野合し雑婚してゆくヨーロッパ諸国の暗喩であり、だからこそ「ヨーロッパに捧げる」物語としてタイトルが冠せられているという深読みが可能なのであろう。


「やっぱりデイヴ」では周りの人間全てが「デイヴ」という名前に思えてしまう神経症めいた男が主人公だが、ラストの「DAVIDからID(”本能”の意もあり)を取ったらDAV(E)だ」という語呂合わせが意味深であれこれ想像してしまう。作者にとって作品で揶揄したであろう現実の”DAVID”は誰だったのだろうか、と。
「愛情と共感」は大人になっても子供でいたいネオテニー社会への風刺だろう。この世界では成人になると、身長4mの自身の遺伝学的コピーを連れて歩くのだ。そして不安になるとその巨大コピーに”抱っこ”されてやっと安心する、というなんとも”キモイ”世界。禁欲的なカトリック思想が生み出す性的未熟さへの黒い皮肉も込められているのだろう。
「虫の園」は一転、蝿やダニと言語を話し共存する男のホラー調の作品。部屋中、虫、虫、虫、虫だらけ!虫嫌いな人には最低最悪のホラーとなるかも!!


実は車に興味の無いオレには「ボルボ七六〇ターボの設計上の欠陥について」が一番訳が判らなかった。自動車を女性に例えたり、性行為のメタファーに使うことはよくあるが、車体や自分の身長が巨大化するのは絶倫願望というところだろうか。
「ザ・ノンス・プライズ」は「リッツホテルよりでっかいクラック」の続編みたいな話。ハメられて終身刑を宣告されムショ送りになった主人公が更生プログラムで作家コースを選んで…という話だが、冒頭はクライムノベルタッチに始まり、その後「ショーシャンクの空に」みたいな話になる。なんかいい話じゃん、と読んでいくと、うーん、このラストは拍子抜けじゃないかなあ。


タイトル作「元気なぼくらの元気なおもちゃ」は一人の男がロンドンへと車を走らす、その車中で心の中に湧き上がる索漠とした想いを描写した作品。ドラマらしいドラマは何も起こらないと言ってもいい。ただ、流れてゆく風景と過ぎてゆく時間、そして男の胸中にある妄想、悔恨、逡巡、慢心、敵愾心…など様々な想い、情景が現れては消えてゆく。その中から浮き上がるのは一人の男の孤独さ。意識の流れを描写した作品であり、普通小説ではあるが、主人公の皮肉な性格はなんだか身につまされる。なんかこんな調子の小説を書きたくさえなってしまった。


全体的にむらのある完成度で、どれも書いていて息切れしたか飽きてきたのか、ストーリーとして腰の座りの悪さがあるのは確か。むしろ癖の強さを味わうつもりで読めば楽しめるかも。それなりにバラエティには富んでいるので、万人にお薦めと言うわけにも行かないが、オレは割と面白く読みました。