ジャーヘッド (サム・メンデス監督 2005年 アメリカ映画)

湾岸戦争に行ったけど、鉄砲撃てなかったし、全然つまんなかった」とか書いて大ベストセラーになった本の映画化。しかしねえ、「つまんなかった」体験の映画化が大変面白いかどうかはかなり疑問で、ユルユルの戦場を撮るとやはりユルユルに描かれてしまうし、これを観てどうしろと。これがベストセラーになったアメリカの背景は、国家の威信をかけて行われ大勝利した軍事作戦が現場ではスカスカであった、ということの衝撃だったのだろうけれど、いち海兵隊の目だけからこの湾岸戦争を描いても、この戦争の真実を浮き彫りにすることも出来ないだろうし、「死体見てキモかったよー」とか言ってる程度のヤツでもあり、要するにある種の現実や状況から受け取る情報がたいしたことがない、感受性の薄いヤツは何を体験してもこの程度なんだろうなあと思わせるだけの映画ではあった。


ってかね。死ななかっただけでも作者はよかったじゃない。そして湾岸戦争ではよく取り沙汰されているようにあれはコンピューターウォーだった訳で、ピンポイントでの壊滅攻撃があれば戦略的に勝利できるとアメリカもふんでたんではないですか。導入された海兵隊員の数は57万5千人とも言われていますが、あれは数字で脅威を与えるための57万5千人であって、それが主力だった訳ではなかったんでしょう。


アメリカはベトナム戦争では徴兵制をとっており、その中で年端も行かぬ若者が大量に戦死してゆくことに世論が反発、それによって政府が敗北したという経緯もあると思うんです。近年のアメリカの戦争というのは志願兵、職業軍人の戦争でしょ。これもマイケル・ムーアの映画『911』で描かれていたように、”貧しいから兵隊になるしかなかった”という社会のひずみもあるかとは思うんですが、基本的にロシアンルーレットのように若者が兵隊になって死んでゆくというものではなくなってきています。コンピューターウォー云々も兵士がなるだけ死なない様にあのような形態をとったものとも考えられます。いえ、アメリカ政府が人命を尊重して、と言いたい訳ではなく、ベトナム戦争時のような世論による戦争への反発、敗北を避けたかったから、ということだったのではないですか。


その後その開戦の理由があまりにもあまりにも不透明な第2次湾岸戦争イラク戦争へとアメリカはなだれ込みますが、当初圧倒的な勝利を収め、国民総勢で支持したこの戦争も、その後の反米武装勢力の攻撃で次第にアメリカ兵の死傷者数は上がってゆき、これに反応したアメリカ世論が戦争反対を訴える、という経緯を見ていけば、戦死者が出ない戦争は戦争に勝つための戦略でしかない訳で、”人命を失わない戦争”に行ったこの映画の作者が、いかに恵まれていて、そして何も見ていなかったが判ると言うものではないですか。


さてそういった政治的なことを離れると見所がない訳でもありません。


兵隊たちの特訓や洗脳まがいの訓練、あれをして非人間的なもののように取られる方もいるかもしれませんが、オレ等の生活するこの社会でだって、似たようなことは大なり小なりしているじゃないですか。経済という戦争に勝つために企業がその”人材”に行っていることは軍隊訓練の矮小化にも見えることがあるし、逆に戦争ではそれを徹底して行っているとも言えないですか。スーツという無個性はジャーヘッドのいがぐり頭の無個性、没個人を要求され全体の仕組みの一部になるための構造とダブっているようにも見えはしませんか。それがいいとか悪いとかではなく、男の作る社会というのはいつだってこのように相似形を取っているんだと思います。戦争が狂気だったり地獄だったり見えはするかもしれませんが、満員電車だって狂気で地獄だぜ…。戦場でのつかの間の馬鹿騒ぎと会社の飲み会の馬鹿騒ぎがどうにもダブって見えてしまったからかな…ああ、オレの会社だけですかね…。


映像的に観ると、見渡す限りの果てしない砂漠のあちこちで、破壊された油田が黒煙をあげ空を暗黒に染める描写は、あまりにも非現実的で異常な光景で、ある種幻想的でさえあります。実際の報道写真で見たときも「この世の終わりのような光景」とオレなんかは背筋が寒くなりましたが、その異常さゆえに魅入ってしまう圧倒的な映像でしょう。立ち込める煤煙と共に空からは原油の飛沫が降り注ぎ、海兵たちはこの中で塹壕を掘り油まみれになって眠るのです。この映像を映画という形ではあれ体験できる、ということを考えれば、この映画を劇場で見ることがそれほど損なことだとは思いません。


参考:Wikipedia
湾岸戦争http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B9%BE%E5%B2%B8%E6%88%A6%E4%BA%89
イラク戦争http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%A9%E3%82%AF%E6%88%A6%E4%BA%89