隻眼の男

”ポパイ”といえばあのマンガのポパイである。水兵の格好にコーンパイプ、ビール瓶のような腕には碇の刺青。そして何か窮地に陥ったときには、どこからともなくほうれん草の缶詰を取り出し、缶切なしに握力だけでポーンと蓋を開けると勢いよく飛び出したほうれん草をむしゃむしゃ、途端に百万馬力を得た彼は悪漢どもをばったばったとなぎ倒すのである。
ほうれん草の缶詰が切り札だったというのは、米国でのこのアニメーションのスポンサーがほうれん草の缶詰を作っていた会社であったかららしいのだが、オレもまんまとこの策略に載せられて、だから子供の頃はほうれん草ばかり食っていたのである。それぐらい、オレはマンガ”ポパイ”が大好きだった。親のほうも、ほうれん草のおひたしなんざ作るのは安いし簡単だから、子供のオレの言うままに毎度毎度食卓には山のようにほうれん草が出されていたのである。
しかし考えてみれば、ほうれん草ごときであれだけのパワーが出るとはガキのオレでも少々疑問に思っていたのは確かだ。いくらなんでも、たかが菜っ葉ではないか。しかしだ。オレの食っていたのはほうれん草のおひたし。ポパイが食っていたのは缶詰である。だからガキのオレは、この「缶詰である」と云うところにパワーの秘密があるのではないかと睨んでいたのであった。そしてこの缶詰を食ってみたくて、いつも親にねだってはいたけれど、田舎であったのもあるがそうそう日本の市場に出回っているような類の食品ではない。だからあの頃のオレにとって、《ほうれん草の缶詰》は憧れの食い物だったのである。しかし今から考えると、ほうれん草で、缶詰って、なんだか不味そうだよなあ…。
ところで最近ある小説でポパイの事を”片目の男”と表現しているのを読んで「おや?」と思った所存である。そういえば確かにポパイっていつも片目をつぶっていた。ただ子供の頃はあまりそんなことは気にならなくて、ただ強い男が眉間に皺を寄せるように、あたかも目をつぶっているかのように表現されているだけなのかと思っていた。あのポパイとは、片目の男だったのか?雑誌の名前にもなっている「POPEYE」には片目と云う意味も含まれているのだろうか、直訳すれば「POPEYE=雲中」「POP-EYE=見開いた目」になってしまうのだが、英語に疎いオレにはよく判らない。いくつかサイトを見てみたけれど、結構「片目」って言っているサイトはあるんだよね。知らなかったのはオレだけ?