どんがらがん / アヴラム・ディビッドソン

おお、これは良い短編集ですね。“珠玉の”という言葉がピッタリ来ますよ。ただし、相当妙ですが。
アヴラム・ディビッドソンは1960年代から活躍していた作家ですが、残念なことに21世紀を迎える事なく亡くなられています。実は全く知らない作家でしたが、この短編集ではいかに心に残る優れた(奇妙な?)作品を多数書いていたかが判るでしょう。MWA賞、ヒューゴー賞世界幻想文学大賞の全てに輝いたことのある稀有な才能の持ち主であり、それらの作品は全てこの短編集で読むことが出来ます。

この作品集は様々なタイプの短篇が収められていますが、前半の短篇などに見られるのは後書きでも指摘されていたように、「弱者を思いやる視点から書かれた作品」ということになるでしょう。それは奴隷制度の残っていた時代の黒人たちであったり、地球人に戯れで虐殺される異星生物であったり、粗野な継父に虐げられる少年であったりする。結末はハッピーエンドも苦いものもあるが、どの作品にも「弱者は報われるべきだ」という作者の思いがこもっていて、短い作品が多いのにも拘らずその読後感は強い。

後半の短篇によく見られるのはまさに《奇妙な話》なのだけれど、何か雲を掴むようなプロットに、殆ど不協和音のようにとっちらかった会話やおかしげな登場人物、無意味に思えるようなしつこい表現、不必要とも思える場面描写などが書き加えられ、物語はいやがおうにもスラップスティックの度合いを高めてゆく。そのごちゃごちゃとした筆致が奇妙に物語を膨らます。それが最も顕著になって現れたのが『ナイルの水源』『どんがらがん』なのですが、普通の作家はこの半分の長さで物語を語ってしまうでしょう。この饒舌さと冗漫さがアヴラム・ディビッドソンのもうひとつの特徴であり面白さです。

どの作品も実に味わい深いのですが、幾つか紹介すると:
『物は証言できない』『さあ、みんなで眠ろう』『クィーン・エステル、おうちはどこさ?』…奴隷商人の話、虐殺される異星生物の話、嫌がらせをされる黒人メイドの話。時代も舞台も違うが、先の「弱者への共感」というテーマであたかも連作のような趣がある。
『尾をつながれた王族』…得体の知れない世界の得体の知れない生物たちの異様な社会。G・R・R・マーティンの「蛆の館にて」やJ・ティプトリーの作品を思い出した。
『さもなくば海は牡蠣でいっぱいに』…”安全ピンはなぜすぐ見つからなくなってしまい、ハンガーはなぜすぐ増えてしまうのか?”。これをテーマにこれだけ奇妙な話を作り上げるところが凄い。
『そして赤い薔薇一輪を忘れずに』…うだつのあがらないある男がアパートで出会った東洋風の男は、アジア各地の奇書を集めて商売していた…。よくもまあこんな物語を思いつくなあ、と感嘆した1作。それぞれの本に付けられた”値段”が実に魔術的!
『パシャルーニー大尉』…父子の感動的な対面。小気味いい展開がどうラストに繫がっていくのか読んでゆくと、…ああ、こうきたか。哀切感漂う読後感だがやはり奇妙な話。
ナポリ…不気味な雰囲気だけで最後まで読ませてしまう作品。
『すべての根っこに宿る力』…これも妙な話だよなあ。呪いについての物語ではあるが、スペインのとある町の情景が独特な彩りを添えてるし、呪われた警官の狂った論理の飛躍が唖然とする。
『どんがらがん』…最後の作品は、これはエピック・ファンタジーじゃないか?と思わせるような序盤がびっくりさせられる。しかし読んでいくと…。なにしろ、タイトルの『どんがらがん』の正体とそのインパクトが凄い。いったいなんなのか、は読んで確かめてみてください。寓話のような、御伽噺のような、SFのような…変な話。

それにしても、ミステリのようで、SFのようで、ホラーのようで、ファンタジーのようで、しかし形容しようとするとどうもどれもがうまくあてはまらない、まさに『奇想』小説としかいえない独特の味わいのある短編集でした。同じ奇想コレクションのテリー・ビッソンなどが気に入った方なら楽しめるんじゃないかな。