みんな行ってしまう / マイケル・マーシャル・スミス

みんな行ってしまう (創元SF文庫)

みんな行ってしまう (創元SF文庫)

英国幻想文学大賞受賞作を含むSFホラー短編集。
といってもSFチックなのはナノテクノロジーを題材にしたSFホラー『地獄は自らおおきくなった』ぐらいかな。免疫系を完璧にカバーする究極のナノテク・ロボットを開発しようとした研究者達が招いた地球規模の惨劇。後半は直球でホラーです。これは面白かったな。
あとの作品はというと、”愛する者を失った者達が至る哀切と陰鬱に満ちた狂気”といった題材のもので占められています。もう殆ど同工異音とでもいうか、愛する恋人を家族を失った人達の心のバランスが崩れ、それが最後には狂気と悲劇を生み…といったものばかりで、読んでいる途中で段々食傷してきました。
身近な者の死、という題材は読むものの感情を最も揺さぶるものですが、これって使い方を間違えると生臭くなってしまうんだよね。物語の主題が『死』そのものに集約されて、本来の主題はぼやけるし、なにより作る人間にとっても楽なんだわ。『愛するもの』が死んだり廃疾することで安易なお涙を頂戴している物語のなんと多いことよ。まあこのマイケル・マーシャル・スミスにおいてはホラー作品なので『死』を取り扱うことになんら異議は無いのですが、それにしてもテーマが少し重複しすぎたきらいがあるかな、と。
作品としては男女の埋めがたい感情の溝をテーマに、見知らぬ女に付きまとわれ、次第にその女に関係した在るはずの無い記憶が甦ってくる『見知らぬ旧知』、仕事も恋人とも不協和音を感じ始めた女性が、ある日アパートの中に不気味な”もの”を発見する『家主』、バーにやってくる美しい女に岡惚れした男がゆっくりと至る狂気の物語『死よりも苦く』が日常のありふれた情景や心理の描写が非常に巧くてひきこまれた。逆に英国幻想文学大賞受賞作『猫を描いた男』『闇の国』は頭で作ってるなあ、という気がしてそれほど楽しめなかった。『ワンダーワールドの驚異』の犯罪小説風の語り口がラスト、とんでもないファンタジー・ホラーへとくるっと変わるお話しはまあ及第点か。でも一番面白かったのは『ダイエット地獄』。太ってジーンズが合わなくなってきた主人公が、なぜかいきなりタイムマシンを作り始める突拍子もなさ、そして呆れかえる様なラスト。オレは基本的にこういうバカ話が好きみたいだな。