2003年の夏休み

もうすぐ発売。
邪魅の雫京極夏彦 ¥1,208 9/22発売
 http://shop.kodansha.jp/bc/books/kpb/shin_09.html

前作「オンモラキのキズ」(変換したくもない)が出たのが一昨年の夏だった。

丁度夏休みを取って実家に帰る当日の発売で、空港に行く前に開店間際の本屋に飛び込み、積み上げられたばかりの京極の新刊を手に入れ、わくわくしながら発着待ちの空港ロビーで読み耽っていたのを覚えている。

実は当日の実家、北海道稚内市の天気は曇天で、決して悪天候と云う訳でもなかったのだが、滑走路を目視することが出来ないと云う理由で、30分前後空港上空で旋回待機した後、着陸困難と見做し最寄の空港まで引き返す事になってしまった。

最寄の空港、北海道のど真ん中の街・旭川空港までは15分程度で引き返した。そして、航空会社の説明によると、代替用の振り替えバスを用意したので、それに乗ってくれとの事。ただし、最終目的地への到着は6時間ほど後になるとの事…。びっくりした。飛行機で15分で引き返した距離をまた6時間掛けて遡るのだ。なんという無駄な時間とエネルギーの浪費。そもそも東京羽田から我が実家の空港までは1時間半。これが、上空待機遅延の時間も入れたら、実際に実家の街へ着くのは10時間も掛かる計算だ。

ただ、オレはどんな事でも面白がっちゃう人間なので、まず期せずしてそれまで土を踏んだ事の無い旭川という土地に降り立ったこと、そしてこれからバス小旅行が待っているということ、それら全てはこれまで体験した事もなかったこととして、結構簡単にこれも経験、と思って受け入れちゃうことにした。 それに、なにより、買ったばかりの京極の本を読める時間がたっぷりある!それだけでも全部許せる気分になった。それと買ったばかりでMP3に下ろしたてのCDが7,8枚分ポータブル・プレイヤーに入ってたというのもあった。その全てが強力なジャマイカ産のダブ。6時間のバス旅行もなんだか楽しいものになりそうだった。

いくら北海道とは言え、オレは元来、風景なんて物にはすぐに飽きてしまう無粋な人間なんで、あまり車窓から外を眺めたりはしないが、むしろ驚いたのは夜半を過ぎてからの夜の光景だった。いや、光景と云うより、あまりに深いその闇の暗さ。市街地から離れ、国道をひたすら北上するその道なりは建物一つ無く、起伏の乏しい荒涼とした原野をただただ一車線のみのアスファルトの道路が続くだけなのだ。そして路肩には、街路灯が存在しない。そう、街などは無いのだから、人などは歩かないのだから、街路灯を設置する必要は無いのだ。換わりに、道脇には延々と反射板が建てられ、車のヘッドライトに照らされて、暗闇の中、それらが幻のように現れては消えていく。なにか、ヘッドライトとその反射板に照らされた場所だけに世界が現れ、そしてまた消えていくような奇妙な感覚にとらわれた。

途中の休憩地点ではなおさらその感が強くなった。簡単な休憩施設とトイレが設置されたその建物では白く明るい電気照明が煌々とあたりを照らしていたが、その光の輪から外れた外の闇は、足を踏み入れようとするとそこから急に重力が高くなったかのような重圧感を漂わせていた。なにかその照明から外の暗闇の中には世界が存在していないかのような錯覚さえ感じた。ただ、闇、というものは本来そのようなもので、そしてもともと人はこの闇と一緒に暮らしていたはずなんだな、とふと思った。

目的地の実家の駅前には日付が変わる寸前に辿り着いた。電話で連絡していた弟が車で待っていた。車を走らせて暫くすると、「兄貴、見ろよ。」と弟が駅前の一区画を顎で示した。記憶では商店街のあったはずの区画が更地になり、歯の抜けた口のように、何軒かの建物が区画の外れにあるだけだった。「数ヶ月前に大火事があったんだ。ここの商店街は、全て焼けてしまったよ。」

こうして、オレの2003年の夏休みは始まったというわけだ。

そういえば、結局今年は、北海道の実家には、帰らなかったな。