デビッド・ボウイ・リバイバル その5

アルバム《レッツ・ダンス》はこれまでのボウイの熱心なファンには殺意すら抱かせる作品だった。ボウイファンの言い分は大概こうである。「売れ線に走ったかボウイ!商業主義に魂を売ったのかボウイ!」 今聴くと確かに80年代MTVバブルの真骨頂ともいえる判り易いアレンジメント、メロディライン、明るさに満ちキラキラしたポップさ、それなりに悪い出来ではないにしてもアーチストの存在意義まで否定するような酷い物では決してない。しかしだ。ボウイファンはボウイにこんな音なんか求めてなんかいなかったのである。だってさ、ついこの間までドイツ表現主義がどうとか東西冷戦が生むヨーロッパの閉塞がこうとか言ってた男が腰振りながら「さあ 踊ろう♪」とか歌いだしたらずっこけるに決まってるんである。そらあかんて。
しかし歯軋りし髪掻き毟るロートル・ボウイ・ファンを尻目にこのアルバムは売れた。いや、売るために作られたアルバムだった。オレの知人のアルフィーとかチャゲ&飛鳥とかしか聞かない女の子が「でびっどぼーいって素敵ねえ…」とか言ってたのを聞いた時はオレはマジ頭がくらくらした。そーじゃねぇーんだよ!ボウイってぇのはもっとアーティスティックで高尚なモンなんだよ!思索と哲学なんだよ!アレイスター・クロウリーとナチズムと超人思想が渦巻くような曲を書く男なんだよ!などとほざいてみても後の祭りである。とか言ってるオレもアートも哲学もよく判ってなかったが(爆)。しかし今から考えればボウイを難しくしていたのはファンなのかもしれない。《変化》がボウイのキーワードだとするなら、《MTVでナンバーワンのポップスター》なんてペルソナなど、いとも簡単に作り出せるのだ、ボウイは。ただ、それまで、あんまり興味が沸かなかっただけだったのだと思う。
そして、この売れに売れた《レッツ・ダンス》を引っさげて、ボウイが日本にやってきたのである。《シリアス・ムーンライト・ツアー》と名付けられたそれは、「れっつだんす」と「ちゃいながーる」しか知らない、3分前にファンになったばかりの”ど”ミーハー達を横浜球場に大挙して押し寄せさせたんである。でさ。行ったよ。オレも。オレはボウイに引導渡すつもりだったのさ。オレのジギーを、シン・ホワイト・デュークを、ヒーローズを、訳も判らず歌詞カードと睨めっこしながら、ヘッドホン音量最大にしながら、音楽の可能性を意味を深淵を覗こうとしていた青春時代を、返せ返せボウイ!刺し違えたる!とか言いながら。で、開演。ボウイ登場。「きゃあああああ〜〜〜〜ぼぉいいいい〜〜〜〜!!」…皆さんスイマセン。真っ先に叫んでいたのはオレでした…。
でも、次のアルバム《トゥナイト》は、なんか地味に作っちゃうんだよね。「ブルージーン」みたいなMTV的なヒット曲は入ってるけど、ティナ・ターナーとデュエットしたりしてるけど、やっぱりなんか詰まんない、スリリングじゃないんだよ。やっぱりね。《レッツダンス》で感覚狂っちゃったんだよ。ギリギリの緊張の中で音楽作るのがボウイのスタイルだったけど、ベテランミュージシャンがテクニックだけで作ったような音楽が作れて売れちゃうと、モチベーションが消え失せるんだよ。
続くアルバムネヴァー・レット・ミー・ダウンは、そんなボウイの低迷ぶりがそのまま音になったかのような、「何がしたいのかよく判らない」散漫で締りのないアルバムだった。っていうか。「ああ、ボウイはもう駄目なんだ」とファンのオレをして落胆のため息をつかせるような、「もうファン止めよっと」と思わせるような駄作であった。
そんなことはボウイも判ってたみたいで、突然のソロ終結宣言!「今度はバンドで勝負します」、ロック・バンド《ティン・マシーン》結成!…って言うかまあ、売れなくなった芸能人もよくやる、いわゆる《テコ入れ》って奴ですよ。多分ボウイも落ちるとこまで落ちたかな、と思ってしまったんだと思う。でももうオレ、「ボウイが次はバンド」と聞いたときは丁度TVで「平成名物TV・いかすバンド天国」が流行っていた時期だったもんだから、「嘗めんなボウイ、オメーまでバンドかよ!」と激怒しまくったもんだある。実際の所、ティン・マシーンは音的にはいい音を出しているのだという。でも、なんだか、もう聴く気が起きなくて。
ただ、ボウイが、というより、音楽ショウビジネス界全体が、過渡期に入ってたんだと思う。80年代初期から後期にかけて、ニューウェーブと呼ばれる連中の新鮮な音がポップミュージックシーンを席巻していたと思うし、また、ダンス・ミュージック、ラップ・ミュージックの隆盛、さらにはグランジ・ロックが殺伐とした轟音を奏で出した時に、ボウイの世代のロックのあり方は終わったのだと思う。音楽はより逃避的、亭楽的になっていったし、それは、オレがロックなんて詰まらない音楽を聴くのを止めてテクノに走ったのがいい証拠である。
そしてネヴァー・レット・ミー・ダウンで決別したボウイと、オレがもう一度再会するのは6年後、ティン・マシーンを解散させ、もう一度自分=デビッド・ボウイという個人に立ち返って作った傑作アルバム、ブラック・タイ・ホワイト・ノイズまで待たなければならなかった。
『ボウイは死なぬ!何度でも蘇るさ!』
《…えええ、…本当に申し訳ありません、もう一回だけ続きます》

Let's Dance

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Tonight [ENHANCED CD]

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Never Let Me Down [ENHANCED CD]

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Tin Machine [ENHANCED CD]

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