ハリス・バーディックの謎  村上春樹の翻訳絵本集 4/クリス・ヴァン・オールズバーグ(絵と文)・村上 春樹(訳) ISBN:4309261353

いわゆる大人の絵本というやつだろうか、クリス・ヴァン・オールズバーグの他の絵本も見てみたが、どこかノスタルジックなモチーフを、写実的だが柔らかなトーンで描き、抑えた色彩で表現した諸作品は、どれも美しく、心に沁み入るものがある。パステル画なのだそうだが、どんなリアルな題材でさえ、どこか幻想的な輝きを帯びているところが彼の作品の魅力なのだろう。
この作品「ハリス・バーディックの謎」はそんな彼の作品の中ではすべてモノクロで描かれているところが異色であるが、逆にその題材と相まって、非常に想像力を刺激する作品になっている。
14枚の絵とそれに添えられた短い文章はそれぞれ関連性は無く、それぞれが一つのお話の断片だと思えばいい。しかし、その絵も、あまりに短い説明文も、どこまでもミステリアスだ。例えば、マグリットの絵のような。日常が、ほんの一瞬ぶれて、そしてそこに現れる幻想の世界。あまりに日常的な光景の中に、目を凝らさなければ判らないような、実に小さな異質な「モノ」、あるいは雰囲気。そしてそれに前後する物語の一節を引用したかのような謎めいた文章。
オレはこの本に、10代の頃よく読んでいたレイ・ブラッドベリの短編小説の風味を感じた。創元推理から出ていたブラッドベリの短編集にはジョゼフ・ムニャイニの挿絵が入っていたが、画風はまるで違うものの、どちらも魂がスッと抜けそうな幻想性に満ちている。
例えば、「ハープ」と名付けられた作品。奥深い森の渓流。遠く木陰には、少年と犬の姿が小さく描かれ、川向こうの“あるモノ”を、立ち尽くして見つめている。その視線の先には、川岸の岩の上に乗った一体のハープ。そしてこれに添えられた文章。「じゃあそれは本当だったんだ、と彼は思った。本当のことだったんだ。」
森の奥深くに置き忘れたかのように存在するハープは、一体誰のものなのだろう。そして、「それは本当」と言っている、その「本当」のこととはなんなのだろう。そもそも、このハープは、現実のものなんだろうか。絵も文章もこれ以上のことは説明してくれない。そして。そこから――見る者の幻想の世界が扉を開けるのだ。