Thomas Ruff Nudes / Thomas Ruff  ISBN:0810945819 

ドイツの写真家、トーマス・ルフのヌード・フォトグラフ集。(アーティスト・プロフィールhttp://www.artphoto-site.com/story93.html )
ヌード、ボンテージ、ホモセクシュアル、性器のアップ、など、かなり際どい・というかそのまんまセックスシーンの写真もあるのだが、全ての写真がデジタル加工により、ぶれたような・ぼやけたような・粒子に還元された、抽象的な画像として、画面上に配置される。その為、これだけ猥雑な素材にも拘らず、写真によっておそろしく絵画的な・または絵画そのものであるかのような奇妙な美しさをもった作品である。しかし繰り返すが、この写真集の中心的な被写体は、ゴムマスクを被り縄で縛られた女性であったり、陰部を露わにした男女であったり、ないし女陰に陽根を突き立てられた女性であったりする。
この写真集に使用された写真は主にネット上のポルノ写真であり、この写真集で見ることのできる写真はそれらをデジタル処理により再加工したものだという。ポルノ・サイトの、名前も人格も持たない裸体と性器。写真家にとって素材となったこれらの写真の被写体は客観的な存在でしかない。また、ポルノグラフィという劣情を喚起するために存在するメディアを、その目的性を解体するのが目的かの様に使用しているともいえる。つまりこの写真集の写真は二重の意味で客体化されたヌード/ポルノ/セックスなのである。
例えばメープルソープが裸体を一つのオブジェ/トルソーとして撮影し、磨き上げられた大理石のように硬質な肉体を印画紙に焼付けることによって裸体そのもののエクスタシーを表現していたのとは全く別のアプローチだ。ルフの写真は被写体から「意味」を剥奪し、均質な粒子・画素へと還元させ、そしてそれをまた別の「かたちあるもの」へと再構築する行為のように思える。そして、それらの行為の目指すものは、やはり裸体の美しさなのである。エロティシズムを否定しているわけでは決してないのだ。
注意しなければならないのは本当の写真のサイズとこの写真集のサイズとの違いを意識することだ。実際の作品は基本的に100cm四方ぐらいのサイズのものが多いのだが、本に納められることによって当然だが写真が小さくなる。このため、デジタル加工された写真のスモーキーなニュアンスが、縮小する事で逆に均され、極々普通のヌード・フォトのように見えてしまうことがある。しかしそれをちょっとの想像力で補えるなら、ルフの写真の滲みだし微光を放つ肉色の画素の集積の美しさを堪能することができるだろう。