ビッグ・フィッシュ / ティム・バートン監督作品 (2003年)

ヲタク監督のヒューマニズム映画ってつまんなくないですか。デビッド・リンチの「ストレート・ストーリー」とか駄目だったなあ。スピルバーグも時々ヒューマニズムやってみました、とか言って映画撮りますが、「シンドラーのリスト」とか「プライベート・ライアン」とか一番良く撮れてんのは殺戮場面だったりしません?自分のジャンルを履き違えるからこんなことになるんじゃないかな。
かく言うオレもヒューマニズムなもの駄目なんですわ。この映画「ビッグ・フィッシュ」ではテーマが「父と子」「夫婦」「人生」「愛」って事らしい(椎名誠が言ってた)んですが、どれもこれもオレにはカンケーねーんだこれが。まあオレも一応人の子なので、人間の感情とかそーゆーモノがまるで判らないわけじゃありませんが、映画のジャンルとして観るなら食指の動かないテーマではありますねえ。
そもそもオレの家ってオレが10歳の頃から母子家庭だったもんですから、「親父?何ソレ?」って感じですね。オレの知ってる親父というのは「酒臭い」「暴力を振るう」「頭が悪い」オトナのオトコで、子供の頃は「オトナのオトコになんかなりたくない」と思ったもんですよ。で、実際オレが大人の男に成長してみると、見事「酒臭い」「暴力を振るう」「頭が悪い」男になってましたね。笑わせてくれますよね。
余計な話はここまでにして、映画なんですが、なにしろ翳りや曇りのないファンタジーって緊張感が欠けて面白くならないんですよね。これは他のファンタジー物にも当てはまりますが、ファンタジーってのは何でもありですから、逆に何が起こってもあたりまえで、驚きがない。だからエピソードそれぞれがだいたい「ふーん」で済んじゃうんですよ。サーカスやフリークスや魔女の館など、ティム・バートンらしい演出もあるんですが、やっぱり、なんか上滑りしてるんですよ。
あと、「ほら吹き親父一代記」ってストーリーなんですが、なぜこの親父はホラばっかり吹いてんのか、という動機がわからないんですよ。人がこうやって大法螺で人生を脚色するのはそれなりに悲しい理由があったりするじゃないですか。それにフィクションで彩られてしまった人生ってのは、リアルな自分を矮小化し卑下するもんじゃないかと思いますよ。そんな人生こそオレは悲しいと思うんですけどねえ。
まあしかし、映画のイメージとしてみるなら、幾つか目を見張るような素晴らしいシーンはありました。イカした女を見つけて時間が止まっちゃうシーンとか、その惚れた女の家の庭を1万本の水仙の花で埋め尽くしたシーンは良かったですねえ。スクリーンがまっ黄色になるの。そこに惚れた女と座るのよ。ロマンチックじゃないですか。オレ、ヒューマニズムは判らないけど、ロマンチックなら判るの。人間性は皆無だけど、発情は問題無くあるの。凄いですね。単なるケダモノですね。
ただね、確かに途中まで退屈だったんですけどね。しかし、問題はラストなんですよ。
こう来たか。
泣いたよ。
泣きましたよ。
号泣ですよ。
ファンタジーが現実を侵食し、世界を変貌させる一瞬。
このラストの為にこの映画はあったんですねえ。
これだからこそ、この親父は(そしてオレは)このつまらない世界を忘れる為、こうやってフィクションの世界に入り浸ってたんだろうって思いましたね。
ティム・バートンは初期の「ビートルジュース」「シザーハンズ」「エド・ウッド」「マーズ・アタック!」とか好きでしたけどね。「スリーピー・ホロウ」あたりから「なんか違うな?」って感じですね。今回の作品もティム・バートンだから観たけど、他の監督だったらパスしてたかも。
それにしても、あのシャム双生児の姉妹は…?本物?じゃ無いですよねえ…。