SFアクションアドベンチャーゲーム『プラグマタ』をクリアした

プラグマタ (PS5 / XSX/S / Switch2 / Windows)

「金髪の幼い少女を背負ったゴツいアーマーの男」

カプコンのSFアクションアドベンチャー『プラグマタ』をクリアした。クリア時間は36時間。平均的には15~20時間程度らしいが、レベル上げとアイテム集めに本気を出していたら結構長々とやってしまう結果となった。それだけ楽しめたということでもある。

このゲーム、発表時の近未来的なアーマー戦士がロボットと撃ち合うグラフィックを見て、私は「『ヴァンキッシュ』みたいな高速シューティングが来るのか!?」と勝手に期待を膨らませていた。だが同時に公開された「金髪の幼い少女を背負ったゴツいアーマーの男」というビジュアルには、正直「これは狙い過ぎでは……」という危惧もあったのだ。

結論から言うと、実際にプレイをはじめてみたら、その両方の先入観はきれいに覆された。

STORY

舞台は近未来。人類は月面で発見した新素材「ルナフィラメント」によって技術革新を進めていたが、ある日、月面研究施設「クレイドル」との通信が途絶する。調査隊の一員ヒュー・ウィリアムズは月震に巻き込まれ仲間と離れ、重傷を負う。そこに現れたのが、ルナフィラメント製の少女型アンドロイド「ディアナ」だ。ヒューは彼女に名前を与え、施設に隠された真実を探りながら地球への帰還を目指す。暴走したAI「IDUS」の脅威の中、二人は月面を探索していく。擬似親子のような温度感のある交流を縦軸に、SFらしい謎とドラマが濃密に展開していく。

シューティング+ハッキングの協力プレイ

このストーリーを支えているのが、戦闘中にリアルタイムでハッキングを行うという独自のシステムだ。普通のTPSのつもりでただ撃っているだけでは、敵にほとんどダメージが通らない。ディアナが敵の装甲をハッキングで剥がし、ヒューが露出した弱点を銃で狙う。この二人三脚の連携が戦闘の基本になっている。ハッキングは複数の四角いマスを起点から終点までカーソル移動させるだけだが、特定のマスを多く通すと攻撃効果が上がるなど戦略性があり、ボス戦では否応なく緊張感が増す。しかもハッキング中も敵の攻撃は止まらないので、パズルを解きながら回避もこなすマルチタスクが要求される。

正直、最初はこの「撃つ+ハッキング」の同時進行が煩わしく感じた。だが慣れてくると、これがただのシューティングになりがちな部分に独自の駆動力を与えていることに気づく。「ディアナを背負って戦う」という設定上の必然性を、システムそのものが体感として裏打ちしてくれるのだ。戦闘だけでなくマップ構造にもパズル的な仕掛けがあり、これもハッキングで解いていく。中盤からは「ハッキングにジャミングをかける敵」「ウィルス汚染された敵」が登場し、難易度は段階的に上がっていく。最初は面食らったが、エイム・パズル・回避のバランスが取れてくると、これがなかなか心地よい。

興味のなかったディアナにまんまとハマる

ディアナというキャラクターについても、当初は正直そこまで期待していなかった。むしろ「足を引っ張るノイズにならなければいいが」くらいに身構えていたほどだ。それが、物語を進めるうちに「疑似親子」というコンセプトにすっかり取り込まれてしまった。ディアナと話していると、本当の幼い子供を相手にしているような気分になってしまい、保護者として慈しんでしまうのだ。

私はアイテムコンプリートをほとんどしないタイプだし、腕前的にも無理なのだが、ディアナの“遊び場”を生み出す「アースメモリ」の収集だけは、気づけば本気で潰しにかかっていた。結局すべて集め切り、遊具に喜ぶディアナの顔を見て「ああ……苦労した甲斐があった……」と一人で胸を熱くしていたことを、ここに告白しておく。

アクションが得意でない身としては、マップ巡回や雑魚撃破でアイテムやポイントを溜めてレベルアップできる救済措置がありがたかった。時間はかかったが、ストレスなく進められた。ディアナの支援能力や武器選択の組み合わせ、カジュアル難易度の存在も親切設計だ。ストーリーの進行に合わせてシステムが少しずつ深まっていく構成も良く、パズル要素は探索面にもしっかり活かされている。

練り上げられた月面世界

世界観の作り込みも見事だ。月面の新素材「ルナフィラメント」によって膨大な設備や機械が3Dプリントされ、巨大な月面基地が運営されている――という設定の時点でまず面白い。そして、ある悲劇的な理由でAIが暴走し、異形のモンスターロボットを次々と生み出して基地を壊滅させたという展開も、SFアイディアとして斬新だ。ディアナがなぜこの少女の姿をしているのかについても、物語の中できちんと説明される。こうした練り上げられた土台があるからこそ、ヒューとディアナがこの世界で何と戦い、何を乗り越えようとしているのかが、迫真的に伝わってくる。

人間とAIの“心”の絆とは何か

そして何より私の胸に残ったのは、ヒューとディアナの関係そのものだ。いくら可愛らしい少女の姿をしていても、ディアナはアンドロイドであり、その思考はAIによるものである。にもかかわらずヒューは、ディアナに付加された「人間の少女」というキャラクターを確固として尊重し、信頼を寄せ、愛情を傾けようとする。これは単なる疑似家族の物語を超えて、「人間とAIとの“心”の絆とは何か」という問いであり、つまりは「我々にとってAIとは何なのか」という問いかけそのものでもあるように思えた。

今現在、世に遍く存在するAIに心はなく、自意識もない。しかしいつかブレイクスルーを迎え、我々が自意識を持つAIと対峙する日がやってくるであろうことは十分考えられる。その時に、「人間のように思考し感情を持つ人間ではない何か」に人はどう対処するのか?どう気持ちを傾け、どうそれを尊重するのか?

LLMをはじめとしたAIがこれだけ身近になった今、ヒューがディアナに向けた、見返りを求めない愛情の差し出し方は、ゲームの中の絆として眺めるだけでは済まされない、妙な重さを伴って私の中に残っているのだ。


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悪党たちがこってりたっぷりごった煮された政治スリラー小説『悪党たちのシチュー』

悪党たちのシチュー/ ロス・トーマス (著), 松本剛史 (翻訳)

悪党たちのシチュー(新潮文庫)

アフリカ某独裁国家の刑務所で食人という悪夢を経験したことでトラウマを抱えて帰国し、落ちぶれていた辣腕ジャーナリストのシトロンは、くせ者政治屋ヘールに雇われる。現政権の大きな弱みともなるスキャンダル情報を入手すべく、協力を求められたのだった。勇躍、中米の軍事国家へと調査に向かったシトロンは、隠蔽されていた同国での過去の不祥事の内実を探りにかかるが……。

ロス・トーマスの長編小説『悪党たちのシチュー』を読み終えた。正直、読んでいる最中は「これは何のお話なんだ?」と何度も首を傾げた。場面はひっきりなしに変わるし、登場人物は次々と入れ替わるし、陰謀の糸は絡まりに絡まって、どこに連れて行かれるのか分からない謎めいた展開なのだ。掴み所がないと言えばそれまでだが、しかもそれがこの小説の最大の魅力でもある。

主人公は二人。 アフリカの独裁国家の刑務所で強烈(そしてかなりエグい)体験をして心を病み、帰国後は落ちぶれ果てた元敏腕ジャーナリストのモルガン・シトロン。もう一人は、政治家の資金集めを生業とするくせ者、ドレイパー・ヘール。この最強(?)バディが、現政権を吹き飛ばしかねない巨大スキャンダルを追いかける話……なのだけど、話はそんなに単純じゃない。CIA、FBI、麻薬王の娘、タブロイド紙の女帝、中米の軍事国家、老スパイ、殺し屋……と、ありとあらゆる「悪党」が登場しては、互いに騙し合い、利用し合い、時には殺し合う。

これこそがタイトルにある「シチュー」ということなのだろう。食人ネタすら出てくる冒頭の衝撃から始まり、洒落た会話、乾いたユーモア、意外な人間関係のつながり、どんでん返し。具材は全部個性的で、どれも旨味が強い。なのに全体として「何がメインなのか」掴みにくい。政治スリラーか、復讐譚か、再生物語か、バディものか……しかし「これって結局何のお話?」と思わせながら、クライマックスは空が晴れ上がったかのように鮮やかだった。それが心地よかった。

ロス・トーマスは、ただの陰謀小説を書いたのではないのだろう。アメリカ政治の腐臭や人間の欲望を、軽妙に、時に冷たく、時に痛快に煮込んで見せてくれる。説教臭さは一切なく、ただ「悪党たち」が生き生きと動いている。シトロンとヘールのやり取りなどは、クールで最高にカッコいい。ヴェルヴィータみたいなキュートな脇役もいい味を出し、これは内緒だがちょっと惚れた。

 掴み所がないのが逆に新鮮で、ミステリやスリラーを「わかりやすく」求める人には向かないかもしれないが、物語の「ごった煮」を楽しみたい人にはたまらない一冊だろう。次にトーマスの他の作品も読んでみたくなる、そんな中毒性のある“美味しさ”だった。

 

インド映画『ママ、これってナニゴト?』:単純な隠蔽劇から始まる、予測不能の家族カオスと社会への痛快な一撃

ママ、これってナニゴト?(Netflix映画) (監督:スレッシュ・トリベニ 2026年インド映画) 

往年のインド大女優、マードゥリー・ディークシトが出演している!?と知り、Netflixで配信中のインド映画『ママ、これってナニゴト?』を観てみた。

物語は、主人公となる娘二人(トリプティ・ディムリ、ダーナ・ドゥルガ)の元に、疎遠になっていた母親レカ(マードゥリー・ディークシト)から緊急電話がかかってくるところからはじまる。それは、「部屋の中で隣人が死んでいる!」というものだった。慌てて到着した娘たちに母は、「ワケアリなので死体を隠蔽したい」というとんでもない願いを伝える。そこから物語は思いもよらぬドタバタへと発展してゆく!?

最初は「軽めのクライムコメディかな?」と思っていたのだが、物語はそこから単純なコメディの枠を軽々と飛び越え、次第に複雑怪奇なプロットへと変貌していく。近所の噂、家族の過去の秘密、経済的・道徳的なプレッシャー、誤解の連鎖が絡み合い、予想もつかない方向に転がり続ける。

やがて「死体隠し」のドタバタ劇は、母娘三人の関係修復、女性としての生きづらさ、社会の偽善というテーマを重層的に浮かび上がらせていく。結末に至るまで「次はどうなるんだ?」とハラハラさせられる、巧みなストーリーテリングだ。インド映画のコメディは良作が多く、単なる笑いだけで終わらない深みを持つ作品が少なくないが、本作もその好例と言えるだろう。何より印象的だったのは、女性の自立を阻む社会への抵抗と風刺が、ブラックコメディの皮を被って痛快に描かれている点である。

主人公の三人は、決して「清廉潔白な被害者」ではない。したたかで、時にはグレイゾーンを突いた行動を取る。でもそれらはすべて「やむにやまれぬ」結果として描かれる。保守的なコロニー社会で、未亡人として自由に生きるレカは「魔女」扱いされ、娘たちも母の影響で偏見の目にさらされる。男性の視線、噂の連鎖、家族の「理想像」への強制——こうした家父長制の圧力が、彼女たちを「したたか」にせざるを得なくするのだ。

特にマードゥリー・ディークシトの演技が素晴らしかった。長年のキャリアで培われた貫禄と、コミカルさとシリアスの切り替えの巧みさが光り、ただの「妖艶な未亡人」ではなく、人間臭く魅力的な母親像を体現していた。実は私は昔から彼女のファンで、ダンスの女王としての華やかさと、ドラマでの情感豊かな演技に何度も魅了されていた。本作ではその円熟味が存分に発揮され、スクリーンに圧倒的な存在感を放っていた。

また、主演の一人であるトリプティ・ディムリも光っていた。ジャヤ役で、夫との関係に悩みながらも家族の危機に立ち向かう姿がとてもリアルで、彼女の透明感のある美しさと繊細な感情表現が、物語に深みを加えている。近年注目を集めている若手女優だけあって、本作での演技は彼女の新たな魅力を見せていた。

映画は彼女らの過ちを美化しない。むしろ欠点も弱さもさらけ出しながら、それでも「生きる」ことを肯定する。母娘のぶつかり合いや、互いの葛藤がリアルに描かれることで、単なる「女性エンパワーメントもの」ではなく、社会が女性に貼るレッテルと、彼女たちがそれにどう抗うかの「人間ドラマ」として成立しているところが素晴らしい。

127分があっという間だった。単純なエンタメとして楽しみたい人にも、社会派の深読みをしたい人にもおすすめできる作品だ。Netflixで気軽に観られるのも嬉しい。


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呪われた館で結婚式を挙げようとする男のオカルト大騒動 /インド映画『ブート・バングラ ~悪霊の館~』

ブート・バングラ ~悪霊の館~ (監督:プリヤダーシャン 2026年インド映画)

古い宮殿を相続した男が、妹の結婚式会場に選んだ瞬間から始まる大騒動! 花嫁をさらう悪霊の伝説、幽霊屋敷と噂される館で起こる怪奇現象。プリヤダーシャン×アクシャイ・クマールの待望の再タッグで贈る、インド神話ホラーコメディ『ブート・バングラ ~悪霊の館~』は、ドタバタコメディと呪われたモンスターの謎が融合した、エンタメ満載作だ。Netflixでの配信で視聴。

【STORY】ロンドン在住のアルジュン・アチャリヤ(アクシャイ・クマール)は、祖父の遺産として北インド・マンガルプールの巨大な祖先の宮殿を相続する。経済的に苦しい彼は、これをチャンスと捉え、妹ミーラの結婚式をそこで盛大に挙げることに。しかし、地元では古くから「花嫁をさらう悪霊」の恐ろしい迷信が囁かれ、宮殿には呪われた暗い過去が潜んでいた。結婚式準備が進む中、次々と不可解な怪奇現象が発生。慌てる住民たちやコミカルな使用人たち、そして家族の秘密が絡み合い、アルジュンは宮殿の謎を解くために奔走する。

監督はコメディの名手プリヤダーシャン、主演はアクシャイ・クマールという、ファンには嬉しい鉄板コンビの一作。アクシャイ・クマールが主人公アルジュンを好演し、パレス・ラーワル、ラジパル・ヤーダヴ、アスラーニらお馴染みのコメディ陣が使用人や地元民として大暴れ。タブー、ワミカ・ガッビ、ミティラー・パルカール、ジッシュー・セングプタらも脇を固めている。

なにしろアクシャイ・クマール主演の、今年4月に公開されたばかりの新作映画がNetflixで観られるのというのだから嬉しいものである。Wikipediaを見ると「批評家からは賛否両論の評価を受けたが、全世界で247.27クロールの興行収入を上げ、2026年のインド映画興行収入ランキングで5位、ヒンディー語映画興行収入ランキングで3位となった*1」とあるから、そこそこに楽しめる作品だと思っていいだろう。またこの作品は2007年公開の『Bhool Bhulaiyaa』の姉妹的作品でもある。

全体的な感想としては、コメディの作りは緩めだが、それでも十分楽しめた。おバカな繰り返しで笑わせ、アクシャイのブチ切れキャラで笑わせ、頓珍漢な脇役の行動で笑わせるといったパターンは古典的だが安心感があった。90年代〜2000年代のインド大衆娯楽映画を思わせるノスタルジックなノリが心地いい。映画は前半後半で綺麗にカラーが分かれてゆくインド映画お得意の展開を踏襲しているが、前半ではこのコメディ要素がこれでもかと展開してゆく。

ホラー展開としては、冒頭でのインド古代神話まで遡る因縁の呪いを紙芝居風に物語る点に引き込まれた。神と悪魔との、愛と裏切りに満ちた残酷な逸話が描かれるのだ。花嫁が悪霊にさらわれてしまうという伝説がありながら、主人公がそれを頑なに信じないことから後半の惨劇へと展開してゆく部分も優れている。「開かずの間」という古典的なパターンも、その中に隠されたものの正体はなかなか興味深い趣向だった。遂に登場した悪霊はありがちなモンスターの姿をしているが、これはこれで愛嬌があって嫌いじゃない。幽霊屋敷モノと思わせておいて、打ち捨てられた不気味な古代の寺院へと舞台が移ってゆく展開もなかなかいい。

物語は「結婚式」を中心に据えた点がインド映画ならではといえる。結婚式を行う上での占星術や風水の結果をあまりに重んじるばかりに、逆にそれが足かせとなって主人公たちを危機へと導いてしまう。僧侶や占い師の一挙手一投足に右往左往する主人公たちは、日本人から見たら奇異かもしれないが、インド人にとっては切実なものなのだろう。映画はこうした、神話と伝説が未だ現実に生き、古代と現代が交じり合って存在するインドという国の不思議さの一端を垣間見せてくれる。なんとなれば物語それ自体が100年前の出来事だとしても通用してしまう、そういった時代の超越感すら感じさせた作品だった。


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Disney+ドラマ『マンダロリアン』のシーズン1~3を完走した

マンダロリアン/シーズン1~3(Disney+)(原案・脚本・製作総指揮:ジョン・ファブロー 2019~2023年アメリカ製作)

『マンダロリアン』シーズン1~3を完走した

今頃やっとですが、Disney+のスター・ウォーズ・ドラマ『マンダロリアン』のシーズン1~3を完走しました。実はシーズン1だけは観ていたんですが、先ごろ公開された映画『マンダロリアン&グローグー』があまりに面白かったため、「これは全シーズン観ねば!」とあわてて続きに飛びついたんですね。

『マンダロリアン』は帝国崩壊後5年、混沌とした銀河を舞台に、孤独な賞金稼ぎマンダロリアン(ディン・ジャリン)と、謎の力を持つ幼い「ザ・チャイルド」(グローグー)が、危険な冒険をともにしながら親子のような絆を育んでゆく物語です。ではシーズン1~3をざっと振り返ってみましょう。

シーズン1

西部劇風の一話完結型の冒険が基本フォーマット。クールで寡黙なマンダロリアンの「我らの道」という信条、丁寧な世界観構築、スタイリッシュなアクション、そして何よりグローグーの圧倒的な可愛らしさに、視聴者はすっかり虜になることでしょう。孤独な戦士が守るべき存在を得てゆく過程は確かに心温まるものでした。ただ正直に言うと、最初はこのシーズン1だけを観てもあまり魅力を感じなかったんですね。「スター・ウォーズを西部劇でやりたい」という意図は理解できたものの、逆にあまりに西部劇然としすぎていて、SWならではのスペースオペラ的な面白さが薄いように思えたんです。しかしこの印象は、シーズン2に入るとあっさり覆されました。

シーズン2

シーズン2に入ると物語のスケールは一気に拡大します。宇宙空間を舞台にした戦闘が増え、アソーカ・タノやボバ・フェットといった人気キャラクターが続々登場、銀河の広大さと過去作品とのつながりがぐっと深まってゆきます。そして遂に「ザ・チャイルド」が何者なのかが明かされる場面では、SW本編との関連が急速に強化され、物語はもはやレアキャラによる番外編の域を超えてゆくんですよ。親子の旅路に切なさと希望が加わり、ファンサービス満載の展開に興奮が止まりません。そしてなんといっても、シーズン最終話に待つとんでもないサプライズ!

シーズン3

今のところ最終シーズンとなる3では、焦点が個人の旅から、マンダロリアン文化と故郷マンダロアの再建という、集団・遺産の物語へと移ってゆきます。帝国残党との戦闘はどんどん苛烈になり、伝説の女性戦士ボ=カターンが抱く「マンダロア復興」の悲願が物語に重みを与え、最終決戦は壮大なクライマックスを迎えます。中でもジェダイ大虐殺オーダー66の回想シーンは、恐ろしいまでの凄みに満ちていました。SW独特の神話世界からあえて距離を置き、西部劇として始まった物語が、離散したマンダロリアン種族の復興というもう一つの神話へと変転してゆく――この流れこそ、本作の真骨頂だと思わされました。グローグーの成長も、もちろん見逃せません。

まとめとして

西部劇の荒野感とスター・ウォーズ的な神話性が融合した、この独特の味わいにすっかりやられてしまいました。そして何より、やっぱりグローグーの可愛らしさには敵いません。全シーズンを完走した今、また『マンダロリアン&グローグー』を観たくなってきました。


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