Apple TV+のSFファンタジーアンソロジー『アメージング・ストーリー』が面白かった

アメージング・ストーリー (Apple TV+ドラマ) (製作総指揮:スティーヴン・スピルバーグエドワード・キッツィス他 2020年アメリカ製作)

長編ドラマは視聴に時間が掛かるからあまり観ないのだが、1話完結もののドラマは割と観る方である。たいていの1話完結ドラマはSFやホラー作品が多く、ジャンル的に好きだというのもある。2020年にApple TV+で配信された『アメージング・ストーリー』は、1985年に放送されたスティーヴン・スピルバーグのテレビドラマ『世にも不思議なアメージング・ストーリー』のリブート版として製作された1話完結のアンソロジーシリーズとなる。

全5話のそれぞれをざっくり紹介。まず1話目「君去りし後」はタイムトラベルもので、アメリカの現在と過去を行き来するある男のラブストーリーとなる。ありふれたテーマを端正に見せてゆき、女性人権問題にも目配せしており、なかなかに感動的な物語だった。強烈な気圧変動を時間亀裂の原因にしている部分も面白い。

「君去りし後」

第2話「全速力の2人」は友情で結ばれた二人の黒人アスリート女子の一人が交通事故で亡くなり、もう一人にその亡霊が見えるようになるというもの。とはいえホラーではなく「生きている時にやり残したこと」を巡るスピリチュアルファンタジーとなっている。「走っている時だけ友人の亡霊が見える」という設定が面白い。そしてこれがまた胸を打つ素晴らしいラストを迎えることになる。

「全速力の2人」

「スーパーヒーロー誕生!」は頑固で家族から嫌われる老人が強烈なパワーを持つ指輪を手に入れることにより、「生きることの意義」をもう一度手に入れるという物語。頑迷だった老人がアメコミをキーワードに孫と心の絆が生まれてゆく展開もいい。

「スーパーヒーロー誕生!」

「命の気配」は昏睡状態だった母が目覚めると別人のようになっていた、というこのアンソロジーで最もミステリアスな物語で、横溢するレトロSFサスペンスのテイストはシェイクリイ作品を彷彿させるまさに『アメージング・ストーリー』らしいものといえるだろう。

「命の気配」

最終話「リフト」は現代のアメリカに第2次大戦時の米軍戦闘機がタイムスリップしてしまうという物語だが、第1話とテーマが被っている上にタイムスリップものでやってはいけない細かい部分の矛盾が多くてこれは少々いただけなかった。

「リフト」

総括するなら、それぞれの物語テーマは外連味に溢れたありふれたものではあるが、Apple TV+製らしい知的で丁寧な製作態度により、高いクオリティのアンソロジーとして仕上がっていたと思う。ただ逆に、毒や過激さのないクリーンな内容は、人により退屈で平凡な出来としてとらえられるかもしれない。この辺りがApple TV+がNetflixになれない理由なんだろう。まあしかしオレはこのぐらいが丁度いいのだがな。

 

スパイ小説と犯罪小説の合体した傑作北欧ミステリ『最後の巡礼者』

最後の巡礼者(上・下)/ ガード・スヴェン (著), 田口俊樹 (翻訳)

最後の巡礼者 上 (竹書房文庫) 最後の巡礼者 下 (竹書房文庫)

ノルウェーのミステリ作家・ガード・スヴェンの『最後の巡礼者』は、現在のノルウェーで起こった殺人事件と、ナチス占領下のノルウェーで進行するレジスタンス作戦の二つの時間軸を交互に描写しながら展開してゆく物語である。現在の殺人事件と過去のレジスタンス作戦、この二つにいったいどんな関わり合いがあるのか?

《STORY》

2003年ノルウェーオスロ外れにある森で3体の白骨死体が発見される。それは二人の成人と一人の「子供」のものだった。その2週間後。ノルウェーの元政治家であり第2次大戦でレジスタンスとして活躍した老人が惨殺された。その胸には鍵十字の紋章が施されたナイフが刺さっていた。オスロ警察刑事トミー・バーグマンは2つの事件に関連性があるのではないかと疑い捜査を開始し、白骨死体の一人が「アグネス・ガーナー」という名であることを突き止める。

 

1939年ナチスによる電撃侵攻前夜のノルウェー。イギリス諜報部員「アグネス・ガーナー」ナチス打倒のため身分を変え故国ノルウェーに潜入する。1945年ナチス占領下のノルウェーで親ナチ弁護士の愛人となり情報収集をしていたアグネスは、ノルウェー・ナチの大物グスタフ・ランデに見初められる。そのランデには前妻との間にセシリアという名の「子供」がいた。一方、アグネスはレジスタンスの一人、「巡礼者」というコードネームの男を強烈に愛し始めていた。

こうしてミステリ小説『最後の巡礼者』は、「現代」のパートにおいて殺人事件と白骨死体の真相を追う犯罪小説として展開し、「過去」のパートではノルウェー・ナチの元に潜入した諜報員の活動を描くスパイ小説として展開するという、ハイブリッドな構成を成す小説として完成している。謎が謎を呼ぶ犯罪小説、死と隣り合わせの緊張に満ちたスパイ小説、1冊の中で2つのジャンル小説を味わえるというのだから実に贅沢な内容だ。しかもそれが見事に融合し恐るべきストーリーテリングを見せつけ類稀な傑作として完成しているのだから脱帽するしかない。しかもこれは作者のデビュー作だというから驚かされる。

「現代」パートでは事件解決の為に過去へ過去へと遡り真実を掘り起こしてゆき、「過去」パートでは混沌とした状況の中から不透明な未来へと時間が進んでゆく。事件の「核」となる女性アグネス・ガーナーは、現在において白骨死体となって発見され、過去においてはスパイとしてナチスに潜入している。現在において惨たらしい死の確定している人物の、その最期に何が待っているのか?そしてアグネスと同時に白骨死体として発見されたのは誰と誰なのか?現代に発生した殺人事件は、それとどう関わり合いがあるのか?

遡る時間と進んでゆく時間、この二つの時間軸が事件の核となる「グラウンド・ゼロ」で遂に結び合い、全ての謎が明らかになる結末は凄まじくスリリングだった。これらの展開にはミスリードを促す膨大な情報が錯綜し、最後の最後までその真相が判別付かないという構成に、固唾を飲んで物語を読み進めることになった。第2次大戦時の証言者を探してノルウェーのみならずスウェーデン、そしてドイツと広範な舞台が用意されるのも破格であり、また、第2次大戦時の北欧の状況を初めて知ることになった物語でもあった。

同時にこの物語は、二つの「叶わぬ恋」を描いたものでもある。現在においてやもめ刑事トミー・バーグマンはある離婚女性に熱烈な恋心を抱くが、バーグマンは過去に起こした妻への暴力から、この恋は決して上手くいかないのだと思い悩む。過去においてスパイ・アグネスは、レジスタンスの構成人物「巡礼者」との道ならぬ愛に苦悩する。こうした二つの「叶わぬ恋」の物語が、なお一層切なさと遣り切れなさを醸し出すことになるのだ。

 

諸星大二郎『彼方へ』他、最近読んだコミック

諸星大二郎短編集 彼方へ / 諸星 大二郎

諸星大二郎の最新短編集は、『マッドメン』『碁娘伝』『栞と紙魚子』『BOX』など往年の名作・名シリーズの番外編が目白押しで、十分楽しめたけどこれってどういうこと?と思ったら、「これまで単行本の《新装版》として発売され、それぞれに目玉作品として加えられていた書下ろし短編」を主に集めたものらしい。これは作者の意向らしく、「最初に発売された単行本を持っていて新装版を買わないファンへの配慮」ということなのだとか。確かに自分も同じことを考えていたので、作者のこの気配りに敬服した。それにしてもこの今『マッドメン』の番外編が読めるなんてなんと幸せなことか。また、今回の短編集には“幻のデビュー作”と呼ばれる作品『ジュン子・恐喝』も収録されている。なお諸星大二郎には『彼方より』という短編集もあるのでお間違えのないよう(まぎらわしい)。

#DRCL midnight children (4-5) / 坂本 眞一

坂本眞一がブラム・ストーカー版『ドラキュラ』を新解釈で再構成したホラーコミック。坂本らしいいつもの脱線もなきにしもあらずだが、今作はホラーであることをきっちり意識しまくった作りで、坂本の超絶技巧のグラフィックも相まって不気味でおぞましい恐怖表現が大炸裂しており、作者なりに上を目指していることをしかと確認できた。

スターウォーク (1) / 浅白優作

アルファ=ケンタウリ探索から地球への帰路に着いた宇宙船乗員が見たものは、軌道を外れ人類は滅亡し不気味な生物が徘徊している地球の姿だった、というSF作品。謎めいた物語や設定には光るものがあるが、登場人物が一人の可愛らしい女の子と可愛らしい人形ロボットってな部分が60過ぎのジジイの自分にはちょっと合わなかった。

くずりのジャム / 山上たつひこ(作)、和泉晴紀(画)

山上たつひこ原作、和泉晴紀グラフィックによる「ちょっと奇妙な物語」を集めた短編コミック集。山上は小説家進出後だと思うが、物語運びがしっかりしており、ちょっと不思議だったり怖かったり笑っちゃうような物語が並ぶ。和泉のグラフィックもそれに寄り添うように描かれていて悪くない。

ダークマスター オトナの漫画 完全版 / 狩撫 麻礼(作)、泉 晴紀(画)

こちらは狩撫麻礼原作、泉晴紀グラフィックによる短編コミック集。これも「奇妙な物語」を集めたものだが、狩撫の原作に難があり、オチの無い思いつきのような物語が多くて戸惑わされる。泉の絵も不安定だ。とはいえこのコンビの作品だというだけでも読んでしまうものがある。

がきデカ ファイナル / 山上たつひこ

がきデカは本当に好きなコミックで、小中学生の頃は神漫画だった。下品で。少年チャンピオンでの連載は1974~1980年で、その後大人になったこまわり君を描く『中春こまわり君』が2004年に発表されている。単行本は全部読んでいたと思っていたが、つい最近連載終了後の1989年に12回限定で連載されたこの『がきデカ ファイナル』が発表されたことを知り、早速読んでみた次第。やはり当時の山上ギャグの破壊力は相当なもので、とても楽しく読ませてもらった。

 

他人の夢の中に僕が出てくるって一体全体どういうこと!?/映画『ドリーム・シナリオ』

ドリーム・シナリオ (監督:クリストファー・ボルグリ 2023年アメリカ映画)

ニコラス・ケイジといえばキャリア初期においては文芸作や大作映画に出演しそこそこに注目を浴びたが、その後多額の借金を返済するためなりふり構わずB級映画に出演しまくり、良識ある映画ファンに眉をしかめられた俳優である。しかしその情けなさと無節操ぶりが逆に一部に熱狂的なファンを生み、「ニコケイ」の名で呼び親しまれるようになった。何を隠そうオレもその一人だ。その借金も返し終わり、最近はカルト映画に次々と出演してその独特の存在感をアピールし、今やニコケイといえば知る人ぞ知る名俳優にまで上り詰めたのだから人生不思議なものである。近作では本人役で出演した『マッシブ・タレント』、吸血鬼役の『レンフィールド』での怪演がひたすら素晴らしいので未見の方是非。

そのニコケイがしょぼい大学教授に扮し、ある奇妙な出来事により世間を騒動の渦に巻きこんでしまうというのがこの『ドリーム・シナリオ』だ。奇妙な出来事とは、大勢の人々がある日突然何の理由もなくニコケイ演じる大学教授ポールの夢を見始めるというものだ。一方主人公ポールは何でこんなことが起こったのかさっぱりわからない。ポールの未来には何が待っているのか?共演は『アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル』のジュリアンヌ・ニコルソン、『スコット・ピルグリム VS. 邪悪な元カレ軍団』のマイケル・セラ。監督・脚本に『シック・オブ・マイセルフ』のクリストファー・ボルグリ、『ミッドサマー』のアリ・アスターが製作に名を連ねた。

《STORY》大学教授のポール・マシューズは、ごく普通の生活を送っていた。ある日、何百万人もの夢の中にポールが一斉に現れたことから、彼は一躍有名人となる。メディアからも注目を集め、夢だった本の出版まで持ちかけられて有頂天のポールだったが、ある日を境に夢の中のポールがさまざまな悪事を働くようになり、現実世界のポールまで大炎上してしまう。自分自身は何もしていないのに人気絶頂を迎えたかと思えば、一転して嫌われ者になったポールだったが……。

ドリーム・シナリオ : 作品情報 - 映画.com

最初ポールの夢を見た人が次々と現れ、理由はわからないけど不思議なことだね、とポールは一躍人気者となってしまう。どうにも地味ーでその辺のどこにでも転がってそうなイケテナイおっさんがいきなり注目を浴びてしまうという状況がまず面白くて、張本人のポールも戸惑いつつも若干嬉しさを隠せない。しかしその夢の中のポールが突然凶行をおっぱじめだし、悪夢と化したもんだから夢を見ていた皆さんは掌返しでポールを拒絶しはじめる。持ち上げられたと思ったらいきなり奈落に突き落とされポールさん涙目だけど、そもそも現実世界のポールが悪事を働いたわけでもないのに、これはちょっと理不尽すぎませんかあ!?というある種の不条理ドラマがこの作品だ。

物語はホラーでもサスペンスでもSFでもなく、皮肉な可笑しさはあるけれどコメディというものでもない。じゃあ何かというと「奇妙な味」としか言いようのない変な物語なのだ。こんな作品がきちんと作られ、そして十分に面白いばかりか、結構な評価を得ていること自体がある意味凄くて、最近『シビル・ウォー』でも注目を浴びる製作会社A24の面目躍如といったところだろう。同時に物語の奇妙さだけではなく、主演を演じたニコケイの、いつものあのひたすら怪しい演技と存在感が作品のカラーを決定付けている。この映画の主演はニコケイ以外考えられないし、まさに『ニコケイ映画』と呼びたくなるニコケイ節炸裂の作品なのだ。

物語が象徴するのは毀誉褒貶かまびすしい昨今のネット文化を揶揄したものであるように思えた。ちょっとしたことが切っ掛けとなり、本人の実像とは別の部分でいきなり注目を浴びて人気者になったかと思えば、これまた本人の実像とは全くかけ離れた部分で炎上しまくり、現実を置いてけぼりにしたまま虚像だけが持ち上げられたり叩かれたりといった現象はSNSを眺めていると日常茶飯事だが、これで自分の人生や家族、精神や生命まで危機に曝されてしまうこともあるのだから笑い事ではない。

こんな、ちょっと前なら考えられなかったことが現代では社会問題化しており、このパラノイアックな世界が社会と地続きになり、その攻撃から個人は成すすべもないということの恐怖、それが映画『ドリーム・シナリオ』のテーマなんではないだろうか。映画はクライマックスで息切れしてしまうのが残念だったが、全体的には非常に示唆に富み見どころのある作品だった。

レンフィールド (吹替版)

レンフィールド (吹替版)

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背筋が寒くなるような北欧産社会派ミステリ『地下道の少女』

地下道の少女 / アンデシュ・ルースルンド (著), ベリエ・ヘルストレム (著), ヘレンハルメ美穂 (翻訳)

地下道の少女 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

強い寒波に震える真冬のストックホルム。バスに乗せられた外国人の子ども43人が、警察本部の近くで置き去りにされる事件が発生した。さらに病院の地下通路では、顔の肉を何カ所も抉られた女性の死体が発見された。グレーンス警部たちはふたつの事件を追い始める。難航する捜査の果てに、やがて浮かび上がる、想像を絶する真実とは? 地下道での生活を強いられる人々の悲劇を鮮烈に描く衝撃作。

謎のバスに乗せられ、薬物で朦朧となった43人の子供たちが真冬のストックホルムに置き去りにされる。その後の捜査により、近隣諸国でも同様の置き去り事件が発生し、その数は何と194人にのぼった。子供たちはいったい誰でどこからやってきたのか?子供たちを投棄したのはいったい何者なのか?そもそもなぜこのようなことが起きなければならかったのか?

一方、ストックホルムの病院地下で体中めった刺しにされ顔の肉を抉られた女性の死体が発見される。捜査の過程で浮かび上がってきたのは、街の地下を縦横に走る地下道に暮らす浮浪者たちの姿だった。死体と浮浪者たちとはどう関係しているのか?そして今、街の中心部にある教会に一人の薄汚れた少女が訪れ、礼拝堂の席に放心したまま座り続けていた。彼女はいったい誰なのか、いったい何があったのか?

スウェーデンの作家コンビ、アンデシュ・ルースルンドと ベリエ・ヘルストレムによる社会派ミステリ『地下道の少女』は、こうしたあまりに謎めいた、そして不気味な冒頭部から展開してゆく作品だ。そしてそこには、福祉社会として名高いスウェーデンの誰も目を向けようとしない深い闇、かつて独裁国家として知られたある国の暗部が存在していたのだ。その二つに共通するのは「地下世界」である。

物語は多くの部分で現実の出来事を基に形作られている。作者はストックホルムの地下世界に暮らす人々に徹底したリサーチを行い、また地下世界が網の目のように繋がっているものであることも真実なのだという。子供たちの置き去り事件にしても現実にあったことなのだ。作者はこれらの社会問題と国際的事件を「殺人事件」というフィクションを中心にして再構成し背筋の凍るような物語として完成させたのだ。

重々しく救いのない物語ではあるが、同時にどこか荘厳な雰囲気を感じさせる作品でもある。地下世界という名の現実世界と遊離したもう一つの世界、そこである種のアンタッチャブルとして、あるいは見えない存在として生きる人々の形作る社会。あるいは壮大な神隠しのように現れてはまた消えてゆく子供たち。その非現実感と異様さがそう感じさせるのだろう。しかしこれは紛う事なき現実であり、一朝一夕には決して解決しようのない、痛ましい社会構造の産物なのだ。

難を言うなら主人公となるグレーンス警部の人物造形がちょっといただけない。彼は私生活に途方もない問題を抱えているために精神状態が常に混乱しており、言動も行動も粗雑で攻撃的、それが捜査そのものにも影響を与え、時として暴走状態へと至ってしまうのだ。この全く共感できない人物が主人公となった物語に面白さを見出すことが結構難しい。また、殺人事件と児童置き去り事件は「地下世界」というキーワードで繋がっているものの実は直接的な関連性はなく、読み終わってちょっと騙されたような気分になるのは否めない。そういった部分で若干の不満がないわけでもなかったが、社会派作品として非常に慧眼を得た内容であり、刮目に値する秀作であることは間違いないだろう。