山種美術館『【特別展】水のかたち ―《源平合戦図》から千住博の「滝」まで―』を観に行った

この間の3連休初日は広尾にある山種美術館に『【特別展】水のかたち ―《源平合戦図》から千住博の「滝」まで―』を観に行きました。山種美術館には初めて行ったのですが、なんでも「日本初の日本画専門美術館」として50年の歴史を持つのだとか。

山種美術館はJR恵比寿駅を下車して徒歩10分ほどの、瀟洒な住宅街に位置する美術館です。実はオレ、10代の頃に上京してから数ヶ月ほど、恵比寿にある叔父のアパートに居候していたことがあり、そんなもんですから恵比寿ってちょっぴり思い出深い場所なんですよね。思い出と言っても特にいいものではないのですが、それでも田舎から出てきたばかりの当時のオレには恵比寿周辺の街並みって本当に都会だなあ、と思ったものです。

《展示概要》四方を海に囲まれ、湿潤な気候で降水量の多い日本では、水は身近な存在であり、古来、名所絵や山水画、物語絵など、さまざまな主題の中で描かれてきました。近代以降の日本画においても、海や湖、川や滝を題材とした風景画から、水辺の場面を描く歴史画まで、水が主要なモティーフとなった作品は時代やジャンルを問わず幅広く見いだせます。

本展では、海辺を舞台とし江戸時代に描かれた《源平合戦図》から、《名所江戸百景 大はしあたけの夕立》など雨を描いた名作で知られる歌川広重(1797-1858)の名所絵、高価な岩絵具・群青をふんだんに使って海を表現する川端龍子(1885-1966)の《黒潮》、画家の代名詞にもなっている千住博(1958- )の「滝」シリーズまで、水を印象的に描きだした優品の数々を展示いたします。

【特別展】水のかたち ―《源平合戦図》から千住博の「滝」まで― - 山種美術館

さて今回の美術展、テーマそれ自体にはあまり惹かれるものは無かったのですが、山種美術館って国の重要文化財に指定されている速水御舟の《炎舞》を所蔵していて、それが観たかったというのがあるんですよね。

《炎舞》 速水御舟

ところがですね、この《炎舞》、常設していなかった。つまりこの日は観ることができなかったというわけなんですね!そもそもこの美術館では作品保護の為、この作品に限らず常設は行っていない、ということなんですよ。残念無念!!(というか単にもったいぶってるだけなんじゃゴニョゴニョ……)

さて気を取り直して今回の展覧会ですが、なにしろ「水」がテーマという事らしいんですね。それは海や湖沼、河川や滝といった水のある地形から、雨や雪や霧といった気象状況を取り入れた絵画と様々です。そういった部分で自然の雄大さや深淵さを描いた作品が特に人気を集めていましたが、その辺りの風景画はオレは興味が沸かなかったな。意匠のまとまりはいいんですが絵としての深みを感じないというか。それよりも「広重の浮世絵はガチだなー」とそっちばかり堪能していました。

また、このテーマとは別に特別展示として「日本画に描かれた源平の世界」の作品も展示されていました。特に《源平合戦図》は屏風が絵物語になっていて、細かく描かれた武者たちがわらわらと戦っているさまは観ていて単純に楽しかったです。

では例によって気に入った作品をつらつらと並べてみます。

東海道五拾三次之内 蒲原・夜之雪》歌川広重

東海道五拾三次之内 庄野 白雨》歌川広重

《阿波鳴門之風景》歌川広重

《河風》小林古径

那須宗隆射扇図》小堀鞆音

源平合戦図》※クリックで大きな画像が見られます

《大物浦》前田青邨

ところで美術館に行く道すがらダビデ像の原寸大レプリカが正面玄関に飾られていたアパレル本社ビルがあったんですが、いやーなんだかイロイロ凄くてニマニマしてしまいましたねえ。

イタリア&スペインのあの名所、あの作品が東京に!? | 地球の歩き方 ニュース&レポート

原寸大ダビデ像レプリカ

それと知らなかったんですが、恵比寿って川が流れていたんですね。渋谷川というのだそうですが、どこから来てどこへ流れてゆくんだろ(詳しくはこの辺りで)。

渋谷川

2022年秋・栃木カピバラ&鮎ツアー(2日目)

2日目です。この日も朝からいい天気。窓の外から見える那珂川には早朝からちらほらと川釣りの人たちが繰り出していて、腰まで川に浸かりながら魚釣りをしていました。きっと昨日なかがわ水遊園で観たような那珂川の魚を獲っているのでしょう。

それにしてもオレと相方さんは旅行に行くと前日までどんなに荒天でもカラッと晴れている、いわゆる「お天気カップル」なんですよね。お互いそれを意識していて、今回の旅行もちょっと前まで台風が来ていたんですが「きっと晴れるよね」なんて言っていて、そしてやっぱり晴れてくれました。とはいえ、実はこれ選択的認知の問題で、よく考えてみたら旅行に行って雨だったこともありはするんですが、二人とも「旅行に行ったらいつも晴れ」のことしか記憶していないんですよ。つまり「お天気カップル」というよりも「能天気カップル」ということなんですね!

さて、まずは旅館の朝食で腹ごしらえ。「いさみ館」は朝食も少々凝っていて、まず写真真ん中の小さな魚、これ、ホンモロコという高級魚の煮つけなんですね。本来琵琶湖で獲れる魚ですが、これを栃木で養殖しているのです。また、卵は有精卵なんですが、これがまた新鮮極まりなくてびっくりしました。この日はあまりにおかずが美味しくてご飯4杯お代わりしてしまいました!

旅館の朝食

この日の朝も陶板焼きメニューがありましたが、那須高原ベーコンと一緒に並んでいるのは猪肉のソーセージです。

那須高原ベーコンと猪肉ソーセージの陶板焼き

旅館をチェックアウトした後、「ちょっとガッツリとしたコーヒーが飲みたいなあ!」ということになり、朝から美味しいコーヒーが飲めそうなところを探しました。検索してみるとテラスでコーヒーを出している所がある事を知り、車を走らせてコーヒーを飲みに行きます!テラスに併設された売店ではマンゴープリンが販売していたのでこれも購入、コーヒーとプリンを楽しみました。

珈琲工房 みつばちの里 - 那須烏山市のコーヒー・茶・水・テイクアウト|栃ナビ!

コーヒー&プリン

テラスコーヒーの近所にはお寺さんがあるようなのでちょっと寄ってみました。お寺の名称は「白久山 長泉寺」。お寺とは別にある朱塗りの三重の塔がとてもきれいでした。

白久山 長泉寺 - 那珂川町の神社・仏閣・教会|栃ナビ!

白久山 長泉寺、朱塗りの三重の塔

お寺さんに寄った後はこの日の目的地の一つ、「あゆの里やな」を目指します。「やな/ヤナ」とは漢字で「梁」と書き、「川の両岸もしくは片岸から杭や石、竹などを用いて水流をすのこ状の台で堰き止め、魚の流路をふさいで捕獲する仕掛けのこと*1」を指します。

今回出向いた「あゆの里やな」は那珂川の鮎を捕獲するヤナ場の一つで、鮎捕獲の体験ができるだけでなく、鮎料理が食べられる食堂も併設された場所なんですね。

あゆの里 矢沢のヤナ那珂川最大規模の大ヤナ【公式】

いやーそれにしても初めて見る「ヤナ」は雄大な自然の景観も相まって実に胸躍るものでしたね。日差しにきらめく水面の眩しさ、さらさらと流れてゆく川のせせらぎの音、その上を吹き過ぎてゆく風の爽やかさ、程よい暖かさの陽光、どれもとても得難い体験でした。

大自然に囲まれたヤナ場

木材で組んだ杭で川の水を誘導し、簀の子状に設えた竹で水を漉いて流れ着いた鮎を獲るわけです。この日は大勢の家族連れが鮎を手掴みで獲るのを楽しんでいました。

手掴みで鮎を獲る子供たち

動画も撮りましたのでご覧になってください。

梁漁を見学した後は鮎料理を出すお食事処「あゆの里」で食事です。

お食事処「あゆの里

ちょっと古びた建物でしたが中に入るととても大きな施設で、客席数は400あるのだとか。写真はお座敷ですが、建物の半分はテーブル席になっており、この日も既に大勢のお客さんで賑わっていました(お座敷の奥に狸がいますがあまり気にしないでください)。

お座敷で鮎料理を待つタヌキ

鮎の塩焼きは昨日旅館の夕食でいただいたので、この日は「鮎飯」を注文。シンプルながら鮎の身と鮎の旨味がたっぷり沁みたご飯が美味しかったです。

滋味豊かな鮎飯

鮎と鮎料理を堪能した後はこの日のもう一つの目的地、「八溝温泉」へ。「八溝温泉」はぽつぽつと建つ住宅地と森の境界にあり、緑に囲まれるようにして建っていました。

八溝温泉(やみぞおんせん) - 馬頭|ニフティ温泉

八溝温泉

この日も温泉は貸し切り状態。ぬるめのお湯に浸かりながら窓の外の自然を眺めるのもまた心地よい。ところで写真を撮るために浴場にスマホを持ち込みましたが(もちろん自分しかいないのを確認し)、足を滑らせてスマホを湯船に落としてしまう、という大アクシデントもありました(防水だったので大丈夫でしたが)。

八溝温泉の浴場

温泉でさっぱりした後は時間も余ったので「那珂川町馬頭広重美術館」に行ってみることにしました。

この美術館は「阪神淡路大震災に被災された青木藤作氏のご遺族から、歌川広重の肉筆画を中心とするコレクション寄贈」をされたことにより建てられたもので、「ゆったりとした平屋建てに切妻の大屋根を採用」した外観が非常に特徴的です。

那珂川町馬頭広重美術館

那珂川町馬頭広重美術館

当日は広重の描く富士山の浮世絵を中心に展示されていました。関東の各地から観られる富士山の威容は、その場所場所によりどれも変化があり、そしてどれも美しいもので、日本人と富士山の関わりの深さに思いを馳せてしまいました。それにしても遠く伊勢からも富士山が見えるんですね。これには驚かされました。

歌川広重駿河薩タ之海上

というわけで予定していたスケジュールも大方消化したので帰路につくことになりました。帰りの新幹線が待つ那須塩原駅までは広重美術館から車で1時間余り、栃木の田園風景を横目で眺めながら車を走らせます。駅前でレンタカーを返し、近くにあったコーヒーとビールの店で相方さんと二人、地ビールを酌み交わしながら旅の疲れを癒しました。

Cafe&Beer Planalto (カフェアンドビア プラナウト) - 那須塩原/カフェ | 食べログ

今回の旅で思ったのは、栃木って観光にしても産業にしても非常に力を入れていて様々な工夫を凝らしているという事でしたね。もともと那須にある動物園「那須どうぶつ王国」がお気に入りでよく行っていたのですが、それ以外の場所に出向いたことがあまりなかったものですから、今回の旅でいろいろな魅力を発見することができたんですよ。那須塩原、次もまた行きたいですね。

(おしまい)

2022年秋・栃木カピバラ&鮎ツアー(1日目)

この間の10日と11日は相方さんと二人、那須塩原の馬頭温泉へ一泊旅行に出かけていました。オレが還暦を迎えた!というのと、相方さんの仕事がようやく一息ついた!というのがあり、じゃあお互いお祝いを兼ねて小旅行でもしようか、という事になったんですね。

那須塩原を選んだのはカピバラのいる「なかがわ水遊園」を観に行きたかったのと、那須塩原は結構温泉があるのでそこでゆっくりしようじゃないか、という理由からでした。旅行の予定を立てあれこれ予約を入れた頃から台風がやってきて、一時は天気が心配だったんですが、当日は見事に晴れ渡りまさに行楽日和!な2日間でした。

当日は東京駅から新幹線に乗り那須塩原で下車、そこでレンタカーを借りて最初の目的地「道の駅ばとう」を目指します。昼食をここでとることにしていたんですよ。ちなみにオレは車の運転がダメなので運転するのは相方さんです。頼んだぜ相方さん!

「道の駅」というのは「日本の各地方自治体と道路管理者が連携して設置し、国土交通省により登録された、休憩施設、地域振興施設等が一体となった道路施設」のことを指します*1。「道の駅ばとう」は那須塩原の馬頭温泉界隈にある「道の駅」なんですね。

道の駅ばとう

そしてなぜここで昼食を取ることにしたのかというと、猪肉を使った「いのしし丼」が食べられるからなんですね!つまりジビエを味わいたかったんです!そしていただいた「いのしし丼」は豚肉よりも癖が無くさっぱりした猪肉が実に美味しかった!

レストランばとう | 道の駅ばとう公式ホームページ

いのしし丼

さて腹ごしらえも済んだのでこの日の目的地「なかがわ水遊園」を目指します。この「なかがわ水遊園」、地形的には山の中だというのに水族館、というなんだかユニークな施設なんですね。そして着いてみるとこの「なかがわ水遊園」、想像以上にモダンな建物でびっくりしてしまいました。

【公式】淡水魚水族館の栃木県なかがわ水遊園

なかがわ水遊園

水遊園の周りをぐるりと蓮の池が取り囲み、なんだかここだけ別天地のようなんですよ。蓮の花は時期を外していたのですが、咲き誇っていたらとても艶やかだったでしょう。

水遊園を取り囲む蓮の池

「なかがわ水遊園」は栃木を流れる関東一の清流・那珂川に生息する淡水魚を基本的に飼育しています。「那珂川の淡水魚」と言ってもその種類は驚くほど膨大で、栃木の自然の豊かさを思い知らされました。

淡水魚の水槽

淡水魚の他にもアマゾン川流域の魚たちも観ることができます。「なかがわ水遊園」のウリのひとつであるチューブ型トンネル水槽がこれまた圧巻で、上下左右をアマゾン川に生息する巨大淡水魚が泳ぐ様に驚かされます。

チューブ型トンネル水槽を泳ぐアマゾン川流域の巨大魚

動画も撮りましたのでご覧ください。

そのチューブ型トンネル水槽を抜けると!「なかがわ水遊園」名物、カピバラ茶々丸くんとご対面です!噂通り体毛が苔むしていて緑がかっています!茶々丸くん、君は齢千年を経た長寿亀かね!?

「ぬーん」とする茶々丸くん

この日は茶々丸くんが水槽を悠々と泳ぐ様を観たかったんですが、既に泳いだ後らしく、しばらく粘ったのですが観ることができませんでした。残念!とりあえずうろうろする茶々丸くんの動画を撮ったのでご覧ください。

ところでこの「なかがわ水遊園」、園の内外で謎のアンビエント・ミュージックが延々流れており、なんだか奇妙なディストピア感を醸し出しておりました。いったいなんだったんだろう……。動画でその「謎のアンビエント・ミュージック」をご堪能下さい。

「なかがわ水遊園」を堪能した後はこの日の宿である「いさみ館」を目指します。

栃木県 馬頭温泉 いさみ館【公式HP】美人の湯と囲炉裏の温泉宿

いさみ館の入り口

この「いさみ館」、「築150年を超える古民家の梁を移築した佇まい」がウリとなっている民芸風の旅館なんですね。

風情のある部屋

ちょっと鄙びた風情の味わいある佇まいが詫び錆びを感じさせますねえ。オレももういい歳なのでこういった旅館がやっぱり落ち着くんですよ。

民芸風の囲炉裏端

窓の外には那珂川が流れています。

窓の外に流れる那珂川

部屋に着いて一息つき、温泉に浸かった後は夕食です。猪肉の陶板焼き、三倍体のニジマスチョウザメのお刺身、というメニューが実に独特でした。そう、栃木って三倍体ニジマスチョウザメの養殖をしているらしいんですよ。

夕食

そして那珂川に来たならこれを食べなきゃ始まらないという名物、鮎の塩焼きです。

名物の鮎

お腹も一杯になり、お酒もいただいてすっかり満足のオレと相方さんでした。夕食の後は囲炉裏端で焼きマシュマロのサービス。なんで焼きマシュマロ?と思いましたが、食べてみるとなかなか美味しい、そして楽しい。

囲炉裏端で焼きマシュマロ

夕食の後は部屋に戻ってしばし寛ぎ、その後露天風呂へとまたもやひとっ風呂浴びに行くオレです。夜の露天風呂は貸し切り状態でした。

夜の露天風呂

露天風呂に浸かりながら夜空を見上げると東京じゃ見られない数の星が輝いていました。湯船で温もりながらゆったり足を延ばしてそんな星々を眺めていると、あーなんだか生きてるなあ、っていう実感がしみじみと湧いてきます。

露天風呂から夜空を臨む

丁度この日は中秋の名月で、煌々とした月が夜空に上っていました。そんなわけでこの日はお終い、また明日に続きます。

この日は中秋の名月

(2日目に続く)

英米古典怪奇談集Ⅱ『彼方の呼ぶ声』を読んだ

彼方の呼ぶ声:英米古典怪奇談集Ⅱ/ BOOKS桜鈴堂 (編集, 翻訳)

彼方の呼ぶ声: 英米古典怪奇談集Ⅱ

『夜のささやき、闇のざわめき』に続く、傑作怪奇談集第2弾!! 英米の古典怪奇談の中から知られざる良作を厳選し、紹介する本シリーズ。 今回の収録作品9篇は、すべて本邦初訳。荒涼たるブルターニュ地方、 第一次大戦後の貨物船、古代エトルリアの墓地、世界各地を舞台に起こる バラエティ豊かな怪談・綺譚の数々を、とくとご堪能あれ。

前回紹介した英米古典怪奇談集Ⅰ『夜のささやき、闇のざわめき』の続編となる怪奇談集。『夜のささやき、闇のざわめき』ではオーソドクスな古典幽霊譚のショウケイス的な作品が並んでいたが、この第2集ではよりヴィヴィッドで文学的香りのする作品が並ぶことになる。気に入った作品を幾つか並べてみよう。

まずR・W・チェンバース「イスの令嬢」だ。フランスはブルターニュ地方の森で道に迷った旅人が、ミステリアスな鷹匠の女に助けられ、屋敷に招かれるところから物語は始まる。この鷹匠の女は人里離れた森の中で時代から取り残されたかのような生活を営んでいたのだ。まず鷹匠の女、という設定の珍しさに惹かれるではないか。彼女が営む中世の如き生活も謎めいていて興味をそそられる。そしてこの物語、怪異譚というよりも幻想譚として幕引きする部分に大いに感銘させられた。

F・B・オースティン「深き海より」は沈没船のサルベージを委託された船舶が海で出遭う怪異を描いたものだ。そのサルベージされる船とは第1次世界大戦の最中にイギリス海峡に沈められた数百という船の一部なのだ。これまでこのアンソロジーでは、ヴィクトリア朝イギリスを中心とした幽霊譚が並んだが、「第1次世界大戦後」で「海の怪異」といった部分に目新しさを感じた。そして戦争の惨禍はどのような怪異譚よりも惨たらしいものだ。それとこの物語はポーランドSFの巨匠スタニスワフ・レムの短編に類似点が見られ、そういった部分も興味深かった。

T・G・ジャクソン「いにしえの指輪」の舞台となるのはイタリアにあるタルクイーニアと呼ばれる自治区である。このタルクイーニアには現在世界遺産ともなっている古代エトルリア人が遺した墓地遺跡(ネクロポリス)があり、怪異はそこで起こるのだ。調べるとエトルリア人とは古代ローマ以前に先住していた民族であり、古代ローマ人と同化する形で消滅したのだという。こういった設定からしてもういわくありげで楽しいじゃないか。確かに物語的には「指輪の呪い」といった有り体のものだが、この設定の妙と、「キリスト教誕生以前の古の神」という禍々しさが想像力を刺激した。

M・E・ブラムストン「閉ざされた扉」は悪女に恋人を奪われた娘が、数奇な運命からその悪女とかつての恋人との間にできた子供を養育することになる、という物語だ。この子供が早くに亡くなりその幽霊が……という部分では怪異譚であるのだが、そういった部分よりも運命に弄ばれながらも自らを律し健気に生きる女の人生の在り方が妙に読ませるのだ。いわゆるモラリズム文学という事ができるが、そこに幽霊を持ってきて人生訓にしている点で変わり種として読むことができた。

 

 

英米古典怪奇談集Ⅰ『夜のささやき、闇のざわめき』を読んだ

夜のささやき、闇のざわめき:英米古典怪奇談集Ⅰ/ BOOKS桜鈴堂 (編集, 翻訳)

夜のささやき 闇のざわめき : ~英米古典怪奇談集Ⅰ~

あなたを闇の世界へ誘う、珠玉のゴーストストーリー14編!!ビアス、ジェイムズ、レ・ファニュ、ブラックウッド他、怪奇小説の名手たちに、本邦初訳となる知られざる作家たちをくわえ、「幽霊」をテーマに編まれた怪奇アンソロジーの決定版。

オレと古典怪奇談集

キングのホラー小説は好きだが、それはキングが好きで読んでいるのであってホラー小説ジャンル自体はそれほど読んでいない。クーンツやバーカーやストラウヴ、あとラヴクラフトあたりも数冊ほど読んだけれども、熱中するほどではなかった。あー、そういやポーさえ読んでいない。基本的にSFな人間なんですよ。

そんなオレだが10代の頃はそれなりに怪奇幻想小説が好きで、短編集などをちらほら漁っていた。そしてそれらの短編集の殆どは、いわゆる英米の古典怪談集だった(ラフカディオ・ハーンなんかも好きだったけどね)。そんなだったから、今回読んだ「英米古典怪奇談集」という触れ込みの2冊、『夜のささやき、闇のざわめき』『彼方の呼ぶ声』を見つけた時は、ちょっと懐かしい気分がして手にしてみた(※『彼方の呼ぶ声』の感想は明日更新)。

版元の「BOOKS桜鈴堂」という出版社はあまり知らなかったのだが、Amazonを覗くとこの手の古典怪談を多く出版しているようだ。紹介文によると「本好きの、本好きによる、本好きのための本」をモットーに、英米古典文学の隠れた名作たちを電子書籍として紹介する、電子出版のインディーズレーベル」ということらしい。古くてあまり知られていない著作権切れ作品を掘り起こしそれを出版する、というのはSF界隈のアンソロジーでよく見かけるのだが、多分「BOOKS桜鈴堂」もそんな具合に古典作品をリリースしているんじゃないだろうか。

『夜のささやき、闇のざわめき』

この『夜のささやき、闇のざわめき』に収録された14編の多くは「幽霊譚」が描かれることになる。なにしろ19世紀から20世紀初頭に書かれた怪談なので、いわゆる「不気味な雰囲気」が先行し、描かれる幽霊も「邸宅の暗がりに蠢く妖しい影」といったような、実に古典らしい奥ゆかしさで登場する。そういった点では古臭く感じるし今読むとありふれたものに思えてしまうが、その「怪談な雰囲気」が楽しいともいえる。ほとんど知られていない作家も多く、そういった意味では玉石混交ではあるのだが、そんな中にキラッと光る作品を見つけるのがこういったアンソロジーの愉しみでもある。

例えばA・ビアス「月下の道」は殺人事件を巡る3つの異なる証言を描く「藪の中」的な作品だが、その証言の一つは幽霊のものである点が面白い。「三人姉妹」は荒れ狂う自然の仰々しい描き方が「猿の手」のジェイコブズみたいだな、と思ったらそのジェイコブズの作品でちょっと笑ってしまった。J・S・レ・ファニュ「絵画師シャルケン」は悪鬼とも屍人ともつかないおぞましい存在に嫁がされてしまう娘の話で、これは大いに不気味だった。A・ブラックウッド「死人の森」は物語そのものよりも瑞々しくもまた禍々しい自然描写に心奪われた。虫の知らせを描くE・ミッチェル「湖上の幻影」は怪談というよりも幻想譚として面白かった。

そして白眉となるのはあのオスカー・ワイルドによる「キャンタービル屋敷の幽霊」だろう。屋敷に憑りついた幽霊と、幽霊に全く無頓着な新しい住人たちの攻防を描くこの物語は、なんとコメディなのだ。住人たちを死ぬほど驚かせたくてたまらない幽霊だが、住人たちは逆にこの幽霊をやり込めてしまう。何をやっても失敗続きの幽霊は次第にイジケきってしまい……という展開は抱腹絶倒だろう。もとは童話として書かれた作品らしく、その完成度から愛読者も多く、さらに数度の映画化までされている知る人ぞ知るという作品だ。この作品だけでも単体で読めるので興味の湧いた方は是非読んで欲しい。