府中市美術館に『動物の絵』展を観に行った

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先日は府中市美術館へ開館20周年記念展『動物の絵 日本とヨーロッパ ふしぎ・かわいい・へそまがり』を観に行きました。9月から開催されていたそうなんですが、自分はつい最近Twitterで知り、「これは行かねば!」と思ったのですが、終了が11月28日だったものですから慌てて行く羽目になりました。

とはいえ美術館の場所が府中……東京暮らしももう40年になりますが府中は行ったことがありません。調べると自分の自宅から70分余りと微妙な遠さ。しかも電車は京王線なんだそうですが、京王線自体今まで1回乗ったか乗らないか。多少不安でしたが動物の絵に会いたい一心でエイヤア!とばかりに出かけました(途中府中駅と間違って甲府駅降りてしまったことはナイショです)。

というわけでドタバタしながら府中市美術館に到着。近くには武蔵野公園もある長閑な住宅地に建っていました。

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エントランスには記念撮影用のホリゾントがあります。なんで写真切れちゃったんだろ。

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展覧会では日本画を中心にヨーロッパの動物絵画も幾つか展示されていました。日本画は掛け軸など古い作品が中心に近代絵画までが扱われますが、どれも実に味わい深い動物たちの絵が並べられていましたね。その中でも特に気に入ったのが長谷川潾二郎の「猫と毛糸」と「猫」。

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長谷川潾二郎 猫と毛糸

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長谷川潾二郎 猫

「猫ならなんでいいのか!」と言われそうですが、だって超絶的に可愛いらしかったんだもん!オレは街中で猫を見かけるとつい「ニャー」と話しかけてしまうんですが、この絵を観たときも小声で「ニャー」と話しかけちゃいました。

他にも可愛らしい動物画が沢山ありました。これは円山応挙の「藤花狗子図」。これ卑怯なぐらいにモッフモフじゃないっすか!?

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円山応挙 藤花狗子図

尾形光琳の「竹虎図」なんてもうファンジーグッズのキャラクターみたいな顔してるんですよ!?

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 尾形光琳 竹虎図

徳川家光の「木兎図」。なんかユーリ・ノルシュテインのアニメにこんなキャラ出てなかったか……。というか徳川家光って絵をたしなんでいた風雅な将軍だという事を初めて知りました。

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徳川家光 木兎図

ヨーロッパ絵画ではピカソシャガール、ルドンなど有名画家の展示があったのも嬉しかったです。ピカソの絵は目の隅に入った途端にハッとするほど清廉な印象でしたね。シャガール、ルドンの幻想味も好みです。

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ピカソ 子羊を連れたポール

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シャガール 翼のある馬

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ルドン ペガサスに乗るミューズ

ところで日本に比べて西洋では動物の絵が非常に少ないらしいんですね。これは動物を崇める事を禁じたキリスト教の教義、人間を描くことを第一とした芸術感、が背景としてあるからなのだそうです。それでも絵画に動物が登場するときは、それは動物をひとつの「象徴」として描いているということなんですね。例えばこのアルブレヒト・デューラーの『アダムとエヴァ』では、猫は「残忍」を、兎は「多淫」を、鹿は「陰気」を、牡牛は「鈍重」を表しています。これらの「象徴」を通し、楽園を追放されたアダムとエヴァの前途多難さを表しているという事なんですね。

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アルブレヒト・デューラー アダムとエヴァ

さてたっぷりと動物画を堪能し、美術館を出た後は武蔵野公園をぶらぶらしながら帰りました。秋深まり公園はすっかり紅葉となり、もう冬も間近ですが爽やかな空気で一杯でしたね。

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逆光で噴水を撮ったら木が黒潰れになり、なんだか夜のような昼のような不思議な写真になりました。マグリットにこんな雰囲気の絵がありましたね。

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黒く、熱く、暗い、インドの超絶バイオレンス・ムービー『囚人ディリ』!

囚人ディリ (監督:ローケーシュ・カナガラージ 2019年インド映画)

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最近日増しに気温も下がり、すっかり冬っぽくなってきたこの日本に、ホットな国インドから地獄の炎の如く暗く熱い超絶バイオレンス・ムービーがやってきたのである。タイトルは『囚人ディリ』、インドはインドでも南インドタミル語の映画なのだ。華やかな歌や踊りも無く、ただただ黒々とした闇の中を、黒々とした男たちが黒々とした憤怒と激情に塗れ、血管ブチ切れ気味に闘争を繰り広げる映画、それが『囚人ディリ』なのだ。

物語の発端は警察の特殊部隊が犯罪組織から大量のドラッグを押収する部分から始まる。報復に打って出た犯罪組織はまず郊外のゲストハウスに集まる警官たちに毒を盛る。昏睡した警官たちを助けるには80キロ先の市街地にある病院まで搬送しなければならない。そこで白羽の矢が立ったのが拘留中の謎の男ディリ。しかしディリの運転するトラックに犯罪組織の刺客どもが次々に襲い掛かり行く手を阻む!

一方、市街地に建つ警察本部。ここにも犯罪組織の魔の手が迫っていた。警察本部にいたのは数名の大学生と赴任したばかりの田舎警官ただ一人。警察本部に籠城する彼らに血に飢えた暴漢どもが雲霞の如く群がり始めた!果たして彼らに生き延びる術はあるのか!?

物語はこのように二つの場所を舞台とし、それぞれに緊張感みなぎる攻防戦が火を噴き、肉唸り骨軋む壮絶な暴力の嵐が巻き起こるのだ。映画はこれをたった一夜の出来事としてノンストップで描いてゆく。

作品を言い表すのに映画評論家・江戸木純氏のこのツイートが最も的確だろう。的確過ぎてオレにこれ以上のことが言えないぐらいだ。

19日(金)公開の『囚人ディリ』は、『要塞警察』+『マッドマックス2』&『恐怖の報酬』な面白さ。つまり『リオ・ブラボー』と『駅馬車』というアクションの古典的名作のエッセンスを現代タミル語映画に蘇らせたインド映画ファンだけでなく全アクション・ファン必見の傑作。パンフに書きました。 pic.twitter.com/sGnUjYq84w

江戸木純(JUN EDOKI) (@EdokiJun) November 15, 2021

ジョン・カーペンター監督作『要塞警察』の如き警察署籠城のサスペンス、ジョージ・ミラー監督作『マッドマックス2』の如き狂気の暴走集団との追撃戦、ウィリアム・フリードキン監督作『恐怖の報酬』の如き命懸けの輸送ミッション。これらが混然となったアクションの合間に、謎の男ディリの秘められた過去、苦痛に満ちた現在が語られる。そしてひとたび戦いともなれば、あたかも鬼神が取り憑いたかの如きディリのウルトラ・バイオレンスが炸裂するのだ。その血腥さ、暗く燃える情念のさまはどこまでも凄惨を極め、怒り心頭に達したディリが疾風迅雷となって敵を次々と屠ってゆくアクションには劇場で思わず拍手喝采したくなったほどだ。

物語テンポ的には序盤がどうにももったりしており、また警察の腐敗体質やぞんざいな勤務態度、粗野な登場人物やどこの田舎だと思わせるインフラの粗雑さなど、大都会を舞台にした欧米アクションと比べると戸惑ってしまうシーンも多々ありはする。また、ディリの人生を巡るエピソードの在り方は過剰に感傷的に感じてしまう。しかしこのスマートさ皆無の泥臭さが逆に、暴力の生々しい恐怖と暴漢どもの底知れぬ非情さ、そして主人公ディリの噴火山の如き激情を観る者に叩き付ける。黒く、熱く、暗い、漆黒の闇の中で燻る溶岩の如き物語、それがこの『囚人ディリ』なのだ。

最近読んだコミックあれこれ

あたしゃ川尻こだまだよ (1) /  川尻 こだま

ジャンクフード一直線!油脂や糖分や塩分の量を一切考えることなく己の食欲の命ずるままにただれきった痛快自滅型人生を爆走する河童風女子を描くコミック第1弾である。もともとTwitterでの投稿漫画が超人気となり書籍化の運びとなったものだが多分全て新作、オールカラー、上質紙に可愛らしい変形判型と可愛らしい装丁、一口コラムとパラパラ漫画付き、さらにこだまレシピで実際に作った料理写真まで掲載、なんかもう時代の寵児というか時代が呼んでいるというか待っていたというか、ただ「だらしなく食べる」ことだけにクローズアップさせたミニマルな構成がこのコロナ時代に希望をもたらしたというか(根拠のない思いつき)、いや川尻こだまさん、キてるわ、キまくりだわ、もうあなたの時代で間違いない、このままジャンクで突っ走っくれ!と思ってたらクライマックスに恐怖に満ちた「はじめての健康診断」、心臓バクバクモノの川尻さんを待つ明日はどっちだ!?

第四集: 「チャーシュー麺ダイエット」他 川尻こだまのただれた生活 川尻こだま

その川尻さんのweb掲載漫画をアマゾンが無料で電子書籍化したものの第4弾でなにしろ無料だからみんな第1集からつつがなく読むといいのだわ。

カムヤライド (6) / 久 正人

最初は日本古代史で特撮ヒーロー展開したいのねえフーンと思いつつ読んでいたのだが巻を追うごとに強力な敵の存在や謎めいた主人公の出自などが明らかになるにつれどんどんと凄みが増し、そりゃあ久正人なんだから凄いに決まってんじゃん!とちょいとナメてた自分を反省した。この巻でもアクションがいいし謎解明の展開がいいしなによりモンスターやヒーローのデザインがいい。これもまたいい作品だなあ。

死都調布 ミステリーアメリカ / 斎藤潤一郎 

アバンギャルドコミック『死都調布』の第3弾はもはや調布と関係なく(もとからか)、アメリカを放浪する野獣の如きランボー女・シトウチヨ(常に全裸のレズビアン)がゾンビ禍に見舞われた幻想の死都アメリカを地獄巡りするという物語である。前巻もなんかそんな話だったが繋がりは(多分)ない。この巻の特色は『テルマ&ルイーズ』『ミステリー・トレイン』といった沢山のハリウッド作品にインスパイアされあるいはオマージュが捧げられ展開するといった点で、その分前作よりは分かり易くなっていた。

貼りまわれ!こいぬ (2) / うかうか

「シールを貼る」という謎の職業に就くあわて者のこいぬが主人公の不思議漫画である。シュールというほど飛び抜けてはいないがほのぼのというほど安穏としていない。あえて言うなら深層心理にある無意識的ななにかぐちゃぐちゃしたものがこいぬという一見可愛らしい外見を得ながら不条理な世界と対峙している、ということだろうか。まあなんか変、なんであるが、その変さがいいのである。

映像研には手を出すな! (6)  / 大童 澄瞳

各所で絶賛の映像研ではあるがオレはなんだか飽きちゃったな―、というのは主人公らが追い求めるのは優れた(よく動く)アニメーションではあるのだけれどもそのアニメーションが訴えるべき優れた物語には言及されないというか、アニメーションありきであって語るべき物語が存在しないってのはアニメーションの抱える問題と直結しているように思えるんだが、そんな物語は技法が確立した後から付いてくるものなのだろうか。

いとしのムーコ(17) / みずしな孝之

いとしのムーコ』、この巻で完結。お話が終わる、というよりもある事で一区切りつけました、という終わり方で、この物語世界では主人公こまつさんとムーコと彼らを取り巻く多くの人はまだまだずっと生き続けているのだろうな、という気がしてならない。この作品は柴犬のムーコを中心とした「幸福」についての物語だったのだな、と思うのと同時に、全17巻のコミックの中にその幸福が永遠に焼き付けられているかのようにすら感じてしまった。北海道の人里離れたガラス工房、というミニマルな世界が舞台で、この世界で全てが完結しているかのようにすら見えることも、どこか俗世と切り離された桃源郷のような味わいをもたらしていたんだろう。みずしな先生、ご苦労様でした。というかこの巻が1年前に出ていたことを今頃知って慌てて購入した……。

春風のスネグラチカ / 沙村広明

沙村が2013~2014年に執筆したこのコミックは革命直後のロシアを舞台にしたものとなる。なんにも知らず沙村だからってんで読み始めたが、まあ沙村の事だから救いのない陰惨な話を嬉々として描いた変態漫画なんだろうなあとタカをくくっていたが、確かに陰惨な空気はあるにせよ(というか沙村はギャグ漫画描いても陰惨だし)、これが結構、いやかなり格調が高くレベルも高くて驚いた。車椅子の姉と隻眼で病弱な弟(そしてどう見ても姉弟に見えない)、という謎めいた主人公二人が、革命ロシアの接収された貴族別荘でなにかを探している……という物語なのだが、スターリン元首による恐怖政治が横行するおぞましい社会で、そこで徐々に明らかになってゆく主人公の目的と正体には驚愕させられた。これだけでミステリ小説1冊出来上がるほどの重量感と完成度があるではないか。沙村ってやっぱり変態漫画家なだけじゃなかったんだな。

ミシェル・ウエルベックのすべての邦訳作品を読んだ

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ミシェル・ウエルベック

オレとミシェル・ウエルベック

フランスの現代文学作家、ミシェル・ウエルベックの全邦訳作品を読み終えた(小説8作、評論2作)。

最初にウエルベック小説と出会ったのは池澤夏樹編集による世界文学全集の『短編コレクション2』だった。そこで読んだ中編『ランサローテ島』にはヨーロッパ白人中年男のドツボと化した倦怠感が描かれていた。それは厭世主義で人間嫌いで現実の事象で起こる殆どの事に冷め切ってしまい、その果てに世界と自己のドン詰まりにぶち当たってしまった男の犬の遠吠えの如きシニシズムだった。

オレはウエルベックの描く主人公の心情と世界観にすぐさま感情移入してしまった。ああ、確かに、人生も、現実世界も、かったりいよな。うんざりさせられるよな。もとよりあまり文学なぞ読まないたちなのだが、この男の描く物語は何か違うなと思い、その作品を幾つか読んでみることにした。

そして最初に読んだ長編『素粒子』が、もう、衝撃的だった。臓腑を抉られ、胸を掻き毟られ、脳髄を揺さ振られた。ここには虚無の淵に立ち既に後戻りすらできないことを知ってしまった男の血を吐く様な悲哀があった。生の不条理にひたすら苛まれ、決してままならないままそれでも生きねばならないことの苦痛が剥き出しの描写で描かれていた。オレは叩きのめされたよ。

こうしてオレはウエルベックの邦訳全作品を読むことにした。一人の作家の全作品を読むのは初めてだし、9割9分読んだのもカート・ヴォネガットフィリップ・K・ディックぐらいだ。おまけにフランス文学だ。オレはフランス映画を観るにつけ「フランス人というのは理解に難しい人種だよな」と思っていたものだが、そのフランス人の文学を完走してしまう、ということが自分でもちょっと不思議だった(ああそうだ今思い出した、昔フランス人作家ボリス・ヴィアンにハマって全集で読んだことがあったな)。

ウエルベック小説の特徴はまず、あからさまな性描写がこれでもかと描写されることだろう。しかしこれは扇情を目的としたものではなく、人間というのは、根本においてさらに究極的には性的存在である、ということを明確にしたものだと思うのだ。

人は嗜好の有無、大小にかかわらず基本的には性的存在であるが、社会生活においてそれは時として無視されるか隠蔽されてしまうか忌避されてしまう。だがウエルベックはそれをクローズアップすることで人間存在の本質に辿り着こうとする。そして性的存在であることの(それは愛と性との)不条理から生み出される悲劇と苦痛と、なけなしの幸福とを抉り出そうとするのだ。

もうひとつ、ウエルベック小説で興味を惹かれたのは、主人公の多くが富裕な知識階級であり、何一つ不自由することなく生きているにもかかわらず、それでも倦怠感に苛まれ、焦燥感に追い立てられているという事だろう。これは爛熟を極めたヨーロッパ文化と経済的発展が、決して超えられない壁に突き当たってしまっているという事なのだろう。

とはいえ、そんなヨーロッパ富裕層の生活、住空間や衣食や乗り回す車、バカンスのある暮らしや知的な職業などの描写を、奇妙な憧れを持って読んでしまったことも確かである。特に食文化の豊かさはさすがにフランスだと思わされ、美味そうなものを食ってるな、とごく単純に下世話な感想を持って読んでいた。そういった部分も含めて、フランスの事をもっと知ってみたいな、とも思わされた。

というわけでウエルベック作品とそれを読んだオレのブログ感想のリンクを作品執筆順に並べておく。なお小説と評論とで二つに分けた。

小説

闘争領域の拡大 (1994)

(文学作品としての)処女作。性的対象を奪取する闘争が経済発展により大いなる格差を生じさせている事への怨嗟を描く作品。平たく言うなら「ブサメンの非モテだからって生きる価値が無いってのか?」というお話。

素粒子 (1998)

『闘争領域の拡大』における主題をさらに深化させ、性と生の虚無と苦痛をどこまでも暗澹たる悲哀でもって描き切り、それをヨーロッパ社会の終焉とまで結びつけてしまった問題作。

ランサローテ島 (2000)

火山質の荒涼とした大地に覆われたランサローテ島にバカンスで出掛けたヨーロッパ人の倦怠を描く中編と、ウエルベック自身の撮ったランサローテ島の写真をカップリングした作品。

プラットフォーム (2001)

タイに一大セックス・アミューズメントを築こうとしたヨーロッパ白人男女を襲う悲劇。セックス・ツーリズムを通してここでもヨーロッパが陥った限界を描こうとする。

ある島の可能性 (2005)

恋愛関係が破綻し絶望に堕とされた男と、そんな彼の未来のクローン存在が「愛や性に振り回される過去の人間たちの実存とは何だったのか」と考察していくというSF作品。

地図と領土 (2010)

天才芸術家と風変わりな作家「ミシェル・ウエルベック」の交流を通じて、芸術へのアティテュードを描いたウエルベックにしては高尚なお話だが、最後にとんでもないことが起こる。

服従 (2015)

フランスにイスラーム政権が誕生したという近未来を描くSF的な作品。「世俗性」を重要視するフランスのその在り方と行く末とを浮き彫りにしようとする。

セロトニン (2019)

社会との絆を断った男が辿る失った愛への未練と悔恨、老いてゆく自身の性と生の不能悲観主義ウエルベックによるショッパイ話がつるべ打ちな最新作。

評論

H・P・ラヴクラフト 世界と人生に抗って (1991)

ラヴクラフト・ファンであるウエルベックによるラヴクラフト評論。自らのペシミズムをラヴクラフトの生涯に重ね合わせ、一つの個人史を完成させている。

ショーペンハウアーとともに (2017)

19世紀ドイツ哲学者ショーペンハウアーとの衝撃の出会いを綴った評論集。ショーペンハウアー理解というよりもウエルベック作品解題の鍵として面白い。

 

 

庵野秀明展に行ってきた

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この間の土曜日は国立新美術館で開催されている庵野秀明展に行ってきました。

昨今のコロナ禍のせいでこの展覧会も入場制限がかけられており、チケットは入場時間が決められた形で販売、そのため10月から始まっていたこの展覧会のチケットがなかなかとれず、11月分チケットが発売の日にえいやあ!とばかり予約を完了し、ようやくこの日に観に行けたんですね。余談ですがチケットを発券しに行ったコンビニでレジの見目麗しい女子に「私もこの展覧会行きたいんです!」と話しかけられ、ちょっと嬉しかったヒヒ爺のオレでありました。

さてこの日は開場10時丁度のチケットを取り、朝一番で乗り込むことにしました。入場制限がかけられているとはいえ人気の展覧会、朝一ならそれほど混まないだろうと思ってたんですね。確かに結構な入場待ちにはなっていましたが、中に入ってみるとかなり余裕があり、ゆったりと観ることができました。朝一の回お勧めです。

入場して一発目に仮面ライダーのコスチュームを着た庵野さんの眩しい笑顔に出迎えられます。

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展示は庵野さんの【過去】【現在】【未来】といった形で分けられていました。最初の展示は庵野さんが子供の頃から慣れ親しみ影響を受けた特撮関係のTV番組の展示です。この辺り、オレは庵野さんとそれほど年が違わないので(現在61歳の庵野さんはオレの2個上です)、庵野さんの足跡を辿るというよりも自分自身の思い出と被さって面映ゆかったです。

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その次の展示は芸術大学時代の庵野さんの様々な作品です。島本和彦氏の漫画『アオイホノオ』で読んだことがある庵野さんの大学時代の作品は「これがそうか!」と思わされました。しかし当時からアニメーションの「動き」に関してはずば抜けたものがあったことをうかがわせました。

お次はアニメーター時代に関わった『王立宇宙軍 オネアミスの翼』『トップをねらえ!』『ふしぎの海のナディア』『風の谷のナウシカ』といった作品の展示。実はこの辺りはあまり興味が無くてササっと素通りしてしまいました。

そしていよいよ『新世紀エヴァンゲリオン』。やはり庵野さんといえばエヴァじゃないでしょうか。このコーナーは大変充実していて楽しめました。

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ポスターや膨大な数の絵コンテ、設定案の図説、各種資料、もうエヴァ・ファンだったら垂涎モノのコーナーでしょう。

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TV版の展示も良かったですが、今年やっと公開された完結編『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』の展示は感慨深いものがありましたね。

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映画に登場した「第3村」の模型。TV番組『さようなら全てのエヴァンゲリオン庵野秀明の1214日』をご覧になった方なら「あれか!」と思うことでしょう。

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「NERV第二支部跡地」の模型。下に小さくシンジ君とアスカのスケール見本が見えます。

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庵野さんが2012年に手掛けた短編映画『巨神兵東京に現る』の巨神兵頭部像。この映画は以前『館長 庵野秀明特撮博物館 ミニチュアで見る昭和平成の技』という展覧会に行ったときに観たことがあります。

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そしてみんな大好き『シン・ゴジラ』!

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いやあこれ一家に一個欲しいっすね!

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庵野さんが企画・脚本を務め現在制作中の特撮映画『シン・ウルトラマン』の設定模型。

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庵野さんが脚本・監督を務め2023年公開予定の『シン・仮面ライダー』の設定。

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出口にはシン・ゴジラ、シン・ウルトラマン、シン・仮面ライダーのスタチューが堂々と並び、これからの庵野さんの活躍を大いに期待させてくれました。

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展覧会場を出ると物販コーナーとなっていましたが、特に何も購入せずに退場しました。また、展覧会図録は会場内で販売されておらず(転売防止でしょうか)、入場者のみにオンラインストアのパスコードが配布され購入できる仕組みになっているようです。

なお展覧会は撮影可・不可の展示があり、当然ですが撮影可のもののみを撮影してブログ掲載しました。