華文ミステリ『死亡通知書 暗黒者』を読んだ

■死亡通知書 暗黒者 / 周 浩暉 

死亡通知書 暗黒者 (ハヤカワ・ミステリ)

死すべき罪人の名をネットで募り、予告殺人を繰り返す劇場型シリアルキラー〈エウメニデス〉。挑戦状を受け取った刑事・羅飛は事件を食い止めようと奔走するが……果たして命を懸けたゲームの行方は? 本国でシリーズ累計120万部突破の華文ミステリ最高峰

常日頃「いま、中華SFがアツい!」とたった一人で騒いでいるオレであるが、その流れで手を出したのが華文ミステリである。「中華ミステリ」ではなく「華文ミステリ」なのらしい。「中国語で書かれたミステリ」ということらしいが細かことはともかくこっちのほうがカッコいいので「華文ミステリ」ということにしておく。

とはいえ、「手を出した」などと言いつつこれまで読んだ華文ミステリは陳浩基の短編集『ディオゲネス変奏曲』だけなので何をか言わんやである。初心者によくあるイキリである。すまん。本当にすまん。しかし謝ってばかりいても(誰にだ)しょうがないのでもう一冊読んでみることにしたのだ。それが今回紹介する周浩暉の長編ミステリ『死亡通知書 暗黒者』だ。なんでも相当に評判がいいのらしい。

物語は罪を犯しつつ刑事処罰を受けていない人間に対し「死亡通知書」を送りつけ次々と殺めていくというシリアルキラー「エウメニデス」と、それを追う刑事との白熱の攻防が描かれるものである。狡知に長け神出鬼没に完全犯罪を行う殺人鬼と、それに翻弄されつつ次第に巨大な隠された闇に近づいてゆく刑事たちとの虚虚実実の駆け引きが、読むものをどんどん引き込んでゆく作品だ。

なにしろ読んでみて、「熱く骨太でどっしり重い物語だな」と思った。最初は「またぞろ完全犯罪サイコパス殺人者のお話かあ、なんかありふれてないかあ?」と思ったが、どうしてどうして、その筆致は一見使い古されたようなテーマを思い切りよく堂々と描くことにより、パワフルかつ歯応えのある作品として完成させているのだ。中華SFの最重要人物・劉慈欣に通じる、ジャンルに対するプリミティブな創作姿勢と根源的な面白さを追及した作品だと感じた。

確かに「完全犯罪サイコパス殺人者」のお話だけだと新味に欠けるのだが、そこに警察内部のドロドロや、友情や上下関係などの熱く泥臭い人間ドラマが加味され、それを中華ならではのウェットなエモーショナルさで味付けし、独特の風味を醸しだしているのである。ある意味欧米作品の洗練やスマートさがない部分に旨みを感じるのだ。そして物語を経るに連れ、これが単なる連続殺人の物語だけに終わるものではない、哀悼に満ちた因縁の物語であることが判明し、スケールの大きさを見せ付けるのだ。この「死亡通知書」の物語はどうやら3部作であるらしく、さらに外伝作まであるのらしい。今後の発刊が楽しみである。 

死亡通知書 暗黒者 (ハヤカワ・ミステリ)

死亡通知書 暗黒者 (ハヤカワ・ミステリ)

 

 

最近読んだコミックあれこれ

プリニウス(10) / ヤマザキマリとりみき

プリニウス』第10巻、遂にあの皇帝ネロが!?というちょっとしたクライマックスを迎える巻である。とはいえプリニウスの旅はまだ終わりが見えず、いよいよ中東にまで足を延ばし、様々な文化が交流する様相からは新たな展開さえ垣間見せる。これからどこまで見せてくれるんだろうなあ、と楽しみの広がる巻であった。

ゴールデンカムイ(23) / 野田サトル 

最新刊では「あっちこっちの派閥があれやこれややってます」というお話になっており、またいつものように一部登場人物の過去に遡る描写もあってそれほど進展はないのだが、またもや新登場人物が現れ、これがなんとなく大波乱を呼びような人物なのでとりあえず次巻に期待といった感じかな。

■カムヤライド(4) / 久正人

カムヤライド (4) (SPコミックス)

カムヤライド (4) (SPコミックス)

  

 これまで「古代日本スーパーヒーローが古代怪獣を倒す古代特撮ドラマ」っぽい展開で、久正人が好きそうだなあとは思いつつ少々小振りな物語の様に感じていたが、ここに来て謎の古代神集団が登場し強力な力を見せつけだし、おお!これこそが久正人作品の醍醐味だろ!と大いに盛り上がり始めて来たじゃないか!

■アンダーニンジャ(4) / 花沢健吾 

面白くなるんだかならないんだかよくわからない花沢健吾の現代忍者ドラマ、なんだか熱量の低いダルそうな登場人物ばかりながらいよいよ忍者同士の怪し気な抗争がブチ上り、そうかこういうことをやりたかったのかなるほどとうなずきつつ段々次が楽しみになって来た。

■RaW HERO(ロウヒーロー)(6) / 平本アキラ

変身特撮怪人秘密結社への潜入捜査を描く(その実エロだらけ)!というお話でここまで結構面白く進んできたのに、この巻でまさかの終了!?打ち切りらしいがなんとも勿体ないことこの上ない終わり方だったなあ。 

■全時空選抜最弱最底辺決定戦(1)(2) / KRSG(画)、久正人(原作) 

「全時空の最弱な生物を決定する!?」という選抜戦を描いたSFコミックで、久正人が原作という事で読んでみたのだが、そもそも「最弱決定戦」というのが矛盾を孕んだ設定なばかりに、なんだか「???」 と思いながら読み終わったなあ。

水木しげる日本霊異記水木しげる

水木しげるの日本霊異記 (怪BOOKS)

水木しげるの日本霊異記 (怪BOOKS)

 

日本霊異記」とは南部薬妙寺の僧、景戒を著者とする日本最初の仏教説話集であり、その成立は弘仁13年(822)頃、上中下3巻で116話から成っている。『水木しげる日本霊異記』はその中から水木サンが気に入った7話を漫画化したものであり、いずれも妖怪やら物の怪の闊歩する奇譚・怪異譚であり、ねずみ男や死神などお馴染み水木キャラも狂言廻しとして登場している。そしてなにしろ、中世日本の侘び寂びしまくったシチュエーションと書き込みまくられた水木サン一流の背景画が味わい深い。クオリティは当然申し分ないし題材もいい。水木サンならではの幽玄な世界を堪能したいなら読んで間違いのない作品である。

プリンス最高傑作アルバム『サイン・オブ・ザ・タイムズ』のスーパー・デラックス・エディションが発売されたのだ!

SIGN "O" THE TIMES: Super Deluxe Edition / Prince

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プリンスといえばその最高傑作は紛れも無く『サイン・オブ・ザ・タイムズ』であると心に強く思うオレである。最高傑作どころかポピュラー音楽史に燦然と輝き永代にその名を残す超弩級のアルバムであることは間違いない。1曲目「サイン・オブ・ザ・タイムズ」 から既に異次元の響きを持つ凄まじい曲ではないか。そこから始まりアルバム2枚組16曲に渡り不世出の天才音楽アーチスト・プリンスの、プリンス以外誰も作ることの出来ない、綺羅星のように輝くサウンド・ワールドが展開してゆくのだ。

その『サイン・オブ・ザ・タイムズ』が、プリンス没後4年を経てようやくリマスター&スーパー・デラックス・エディションとして発売されると知りファンのオレはもう狂喜乱舞状態である。プリンス逝去後様々な未発表音源アルバムが世に出され、また『1999』や『パープル・レイン』などの名作アルバムがリマスター&デラックス・エディションとして発売されたが、最高傑作であるこの『サイン・オブ・ザ・タイムズ』に関しては何の音沙汰も無く、いったいどうなっているんだと首を長くして待っていたのだ。

そして発表されたその仕様というのは、CD8枚+DVD1枚、120ページハードカヴァー豪華ブックレット、12インチサイズジャケット収納という、名作『サイン・オブ・ザ・タイムズ』にふさわしいスペシャル&ゴージャス&デラックスなものとなっているというではないか!

CDの内訳はオリジナル・アルバムの2020年リマスター版が2枚、シングル/ミックス/エディット集が1枚、未発表音源集が3枚、未発表ライブ音源が2枚となり、ライブを除く92曲のうち63曲が未発表トラックという金銀財宝の詰まった宝物箱の如きエディションなのである。そしてDVD収録のライブ映像は2時間を優に超え、マイルス・デイヴィスの出演までもが成されているのだ。長きに渡り待たされた甲斐のある、選りに選った内容の素晴らしい『サイン・オブ・ザ・タイムズ 完全版』であり、ファンとしてはもう感無量と言わざるを得ない。

ちょっとだけ残念なのはライブ映像ディスクがDVDであるため、それなりの画質でしかなく、画面サイズも4:3のスタンダードで、なぜBlu-rayで出してくれなかったのだろうという遺恨が残る。ただこれも、『サイン・オブ・ザ・タイムズ』にはBlu-ray発売もある映画版作品が存在するため、完璧なライブ映像はそれに譲って、こちらは貴重な映像フィルムの収録ということで納得することにしよう。

最初に注目するのはなんといっても63曲にのぼる貴重な未発表トラック集だろう。そもそもプリンスというアーチストは常日頃ワーカホリックの如く曲を作って作って作りまくり、その中からアルバムとしてトータリティの持たせられるものだけをセレクトしてアルバム発表しており、「未発表トラック=クオリティの低い没トラック」ということでは決して無いのだ。つまり、未発表トラックであってもどれもハイクオリティなのである。

プリンスはこれまでもこういった形でそれまでの未発表トラックを1枚の(あるいは3枚組の!)アルバムにまとめて発売したことが多々あり、そしてそれらはトータリティの無さを除けばどれも素晴らしいアルバムとなっていた。だから今回の「サイン・オブ・ザ・タイムズ未発表曲集」に関しても、これだけ取り出して1枚づつなり3枚組のアルバムとして発売してもまるで遜色のないものとなっている。当たり前だ、プリンスの曲はいつだってどれだってグレートなんだよ!

しかしだ。この『サイン・オブ・ザ・タイムズ:スーパー・デラックス・エディション 』の本当の聴き所はそこではないのだ(あるいは、そこだけではないのだ)。オリジナル・アルバムである『サイン・オブ・ザ・タイムズ』の、そのリマスターの妙味こそがこのデラックス・エディションの真の聴き所となっているのだ!

実のところ、現行販売されているリマスターされていない『サイン・オブ・ザ・タイムズ』CDは、音圧が低く(音が小さい)全体的にフラットなミックスにしか聴こえない残念な音質なのだが、このリマスター版は違う!タイトル曲「サイン・オブ・ザ・タイムズ」こそそのシンプルなサウンド構成のために違いがよく聴き取れないが、その後に続く各曲の、しっかりと響くドラム音と全体における音の広がりとめりはり、細かい音があちこちでさんざめく芳醇な構成を聴き取ることができ、「これこそが『サイン・オブ・ザ・タイムズ』の真のサウンドであったのか」と驚愕させられること必至である。

こういった素晴らしい音は、やはり良いステレオセットとスピーカーで聴いてもらいたい……ということを安物のステレオコンポしか持っていないオレが言うのもなんなのではあるが、それでもそんな安物のステレオコンポでさえ音の違いは充分に聴こえてきたのだ。

そんな、 なにからなにまで素晴らしすぎるプリンス『サイン・オブ・ザ・タイムズ:スーパー・デラックス・エディション 』、お値段は2万円弱と結構お財布には痛い金額ではあるが、ファンなら必携であり、家の家宝として末代まで伝えることの出来る優れた作品集であることをここに断言してしまおう。まだ迷ってるって?もう買っちゃえよ!凄いんだから!

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【仕様】

・DISC 1/2:(CD)オリジナル・アルバム:2020リマスター(初リマスター)
・DISC 3:(CD)シングル、ミックス、エディット集(新リマスター)
・DISC 4/5/6:(CD)秘蔵音源集
・DISC 7/8:(CD)未発表ライヴ(ライヴ・イン・ユトレヒト、1987年6月20日
・DISC 9:(DVD)未発表ライヴ映像(ライヴ・イン・ペイズリー・パーク、1987年12月31日)23曲収録、マイルス・デイヴィス出演

★マスタリング・エンジニア:バーニー・グランドマン
★92曲のうち、63曲が未発表トラック!!オリジナル・アルバムは2020リマスター!!
★23曲、2時間以上の未発表ライヴ映像をDVDに収録!!
★日本盤のみ、英文ライナーノーツ、楽曲解説の日本語訳付

<オリジナル・アートワークには以下を収録>
・12インチBOX仕様 ・120ページ ハードカヴァー・ブックレット付
・英文ライナーノーツ/デイヴ・シャペル(俳優・コメディアン、写真家のマチュー・ビトンとの対話)、レニー・クラヴィッツ、スーザン・ロジャース(レコーディング・エンジニア)、ダフネ・ブルックス(イェール大学教授)、アンドレア・スウェンソン(ミネアポリスの音楽評論家)、デュエイン・チューダール(プリンス研究者)
・ジェフ・カッツによる、貴重な未公開写真
・プリンスの手書きの歌詞

Prince / プリンス「SIGN "O" THE TIMES: Super Deluxe Edition / サイン・オブ・ザ・タイムズ:スーパー・デラックス・エディション」 | Warner Music Japan 

大病院でシコタマ検査を受けておった。

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体調不良が数ヶ月続いてなんかちょっとヤヴァいんじゃないかオレ!?と戦々恐々となり大病院でゴッツイ検査してもらったのだが結局なんでもなかったという話である。

以前から何度かブログで書いていたのだが、今年は6月辺りからなにしろすこぶる調子が悪かった。不眠症から始まり夏恒例の胃痛が長引き、そのうち37度前後の微熱が一ヶ月以上続き、さらには食欲が落ちてきて数週間メシがあまり食えなかったのだ。小さい病院に行っても胃の薬を渡されるだけだし、やはり大きな病院に行ってもっと精密な検査を受けた方がいいのではないかと思ったのだ。

なにしろ微熱というのが厄介だ。通常37度前後の熱は「発熱」とは呼ばないのらしいのだが、いつもより体温が高めだから頭が若干ボーッとするし、いつも常に居心地が悪い。新型コロナも最初疑ったが、まず呼吸器に疾患症状がなかったのと新コロの諸症状と呼ばれるダルさ息苦しさ味覚障害のようなものはなかったのと、実はパルスオキシメーターを持っているのだが血中酸素数値が正常値だったのと、そもそもいくら新コロでも一ヶ月微熱は続きはしまいと思えて、別の病気を心配したのである。

で、「一ヶ月 微熱」で検索すると百鬼夜行の如く出るわ出るわ恐ろし気な病名の数々が。 ありとあらゆる悪性腫瘍から始まり白血病脳腫瘍肝炎肺結核慢性副鼻腔炎虫垂炎慢性扁桃腺炎胆嚢炎慢性膀胱炎慢性腎盂腎炎さらには日本紅斑熱ライム病回帰熱つつが虫病などなどおぞましい名前の伝染病まで「ちーっす」などと顔を覗かしているではないか。こうしてオレは「ひいいい」と泣き叫びながら頭から布団を被り眠れない夜を過ごしていたのである。しかし泣き叫んでばかりいてもしょうがない。「宇宙では、あなたの悲鳴は誰にも聞こえない」からだ。

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そんなわけでオレは区内にある大病院に行くことを心に決めた。紹介状がないと初診料の高いあの大病院である。しかし「大病院は待たされる」とは聞いていたが、行った当日は土曜日だったのもあってかなんと診察まで5時間待たされた。まあしかしオレは基本ポジティヴシンキングな糞野郎なので「たっぷり伸び伸び読書できたー」と喜んでいたが。

それにしてもだな。「食欲不振」と「長期微熱」で診察を受けに行ったのに、当日はあんまり待たされるもんだから腹が減ってきた。この段階で診察の意味が無くなっているのである。「微熱」も待合室でボケッとしてたら落ち着いたのか、検温しても平熱でしかなかった。看護婦さんが体温計見ながら「えっと、熱で外来来られた方ですよね?」と首をひねっていたぐらいである。すなわち、病院に入った段階で既に症状が軽くなっていたのである。うーむ、やはり心因性だったのか……?

とりあえず血液検査と尿検査もしたのだが、お医者さんは検査数値眺めながら「綺麗なもんですねー」とのたまうばかりではないか。所見がなにも認められないのだ。まあちょっと血糖値は高かったらしいが、それは検査前にこっそり抜け出してコンビニで買い食いしたパンのせいだろう。なにしろよくわからないので、次にCT検査をすることになる。あの、映画『スターゲイト』みたいな輪っかをくぐらされて人体輪切り映像を撮るヤツだ。

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CTの結果は後日として、さらに胃部内視鏡検査、いわゆる胃カメラの予約もして翌週に持ち越すことにした。胃カメラ検査前日は9時までに晩飯食っとけと言われてたのだが、いろいろ忙しくてなかなか晩飯にありつけず、それでもなんとか急いでかっこみ9時ジャストに食い終えたオレってエライ。

というわけで当日、胃カメラ検査が行われ、CTと併せて所見を聞くことになったのだが、これがまたなんにも疾病症状が見られなかったらしく、「はーいこれが患者さんの胃の中ですよー」と結構綺麗な胃壁写真を見せられ、「この辺り、逆流性食道炎のケがありますが、これでお腹の調子が悪かったんじゃないでしょうかね、まあでも心配する様なものではないです」と言われた。さらにCT画像ではホントに見るべきものがないらしく、「ほーらこれが患者さんの体の中ですよーほーらほーら」と呑気に輪切り画像をスクロールされただけで終わってしまった。

まあ要するに、なんにもなかったのである。なんにもなかったとはいえ、不調はあったのだが、ここまで検査されてなんにもなかったのなら、あとはどうしようもない。どうしようもないというか、どうもこうもないのである。じゃあなんだったんだ?となると、これはもう「トシだから」「夏が暑かったから」などとカミュの『異邦人』みたいな結論に達するしかないのである。

異邦人 (新潮文庫)

しかしまあ考えようによっちゃ、この検査結果と言うのは、齢58歳という年齢にしては「結構健康な身体」だという事なのではないかとも思う。オレは腰痛や四十肩はやってないし、持病も特にないので、初老の割に今の所割とまともなコンディションを保っているのではないか。そう考えるとちょっとは安心を得られたが。あ、精神は病んでるかも……(それか)。とはいえ、不調は不調で確かにあったので、ここのところ暫く、酒を減らし消化のいいものを食べ早く寝てはいた。何度も書くがやっぱりトシだしな。もう無理の効かない身体になってるってことなんだよな。それと、新コロ流行りのご時世でもあるし、ちょっと病気ノイローゼになってたのかもしれん。

さて余談となるが、実はこの日、もうひとつ病院を予約していた。歯医者である。一日に病院二つハシゴするなんてオレとして前代未聞なんだが、ここがやはり年寄の面目躍如たる所存である。歯科医院は大病院のすぐ近くではあったが、なにしろギリで予約時間に滑り込んだ。この日の歯医者は、実は新しく作った部分入れ歯の装着なのであった。いつだか抜歯したのだが、その部分に入れ歯を作ったのだ。このオレももう入れ歯である。なんせジジイだし。思い起こせば幾年月、とうとうこんな日が来てしまったのだな……。こうして人工パーツを装着したサイボーグ兵士となったオレは、今日もまた仁義なき戦場へと送り出されるのである。オレの明日はどっちだッ!?

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バンドデシネ作品『レベティコ―雑草の歌』を読んだ

■レベティコ―雑草の歌 / ダヴィッド・プリュドム(作)原正人(訳)

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『レベティコ―雑草の歌』は第2次世界大戦前夜のギリシャアテネを舞台に、その日暮らしの音楽家たちのダルくユルい一日を描いたバンドデシネ・コミックである。タイトルである「レベティコ」とはそんな彼らの奏でる音楽ジャンルの名称であり、ギリシャのブルースとも呼ばれているのだという。

主人公となる音楽家たちは誰もが皆その日暮らしのチンピラであり、同時にクールな伊達者だ。コミック『レベティコ』はそんな音楽家たちの根無し草のような飄々とした生き方と、刹那主義的なニヒリズムと、仲間を愛する温かさを、地中海の明るく乾いた空気を思わせる筆致で描いてゆく。

当時の彼らの音楽は政府によって堕落した音楽と見なされ、官憲による陰湿な検挙が執拗に繰り返されるが、それでも彼らは音楽を奏でることを止めない。それは彼らの自由な生き方を愛する気概がそうさせているのだ。そして自由を愛するがゆえに彼らはアナーキストであり、そんなチンピラなりの矜持が、ひたすらカッコよく、粋なのである。

圧巻なのはやはり演奏シーンだろう。酒場で、ハシシ窟で彼らが演奏を始める時、紙の本を読んでいるのにまごう事なき音楽が聴こえてくる。そして聴こえない筈のその音楽に(そしてハシシの香りに)、酔わされてしまうのだ。

たった一日の出来事を描いているにも関わらずそこに登場する男たちの物語は非常に濃厚であり、あたかも上質のヨーロッパ映画を観せられているかのようだ。どこまでも艶っぽい男たちの怪し気な魅力と音楽コミックとしての魅力、双方の魅力を兼ね備えたこの作品は音楽好きにも是非お勧めしたい。 

なおこの作品はバンドデシネ翻訳者・原正人氏によるクラウドファンディング立ち上げにより出版可能となった作品であり、実はこのオレもこのクラウドファンディングに微力ながら参加させていただいた。こうして出版に漕ぎ着け、自分がほんの僅かなりとも関わった書籍の現物を手にした時の感慨はひとしおであった。今後も原正人氏主催によるサウザンブックスの動向に注目してゆきたいと思う。