ラグを新調した。

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ラグを新調しようと思ったのである。

2DKの賃貸アパートに引っ越したのは3年ほど前だ。居間は4畳半あまりのフローリングだったが、引っ越し時にここにカーペットを敷いていた。このカーペットというのが安物で、すぐ固くなってしまい、肌触りは悪いし汚れが目立つし、いい加減取り換えたかったのだ。

ただ、引っ越し時にほぼ部屋の広さと同じカーペットを買ってしまったため、取り換えるとなるとこれに乗っかっている重い家具をどけねばならない。家具、というのはTVラックとフィギュアケースなのだが、とにかく重たくかさばっているのと、この中に相当の細々としたモノを乗せており、これをひとつひとつ片付けるのが億劫で、カーペット交換を先に延ばし先に延ばししていたのだ。

しかしなにしろ引っ越し時に敷いたカーペットの劣化が気になって仕方なく、この間遂に新品のラグと交換することを決意したのである。問題は先ほど挙げた家具である。ここでオレは考えた。「カーペットを全部どけずに家具に沿って切り取っちゃえば?」と。実にオレらしいものぐさな話である。この適当さと横着ぶりがオレの人生の基調となり、今のオレを形作っていると言っても過言ではない。しかしそう決定してやっと気持ちが楽になり、カーペット交換をすることが出来たのだ。

そしてオレの「カーペット切り取り作戦」が始まった。この時、「重い家具の上にあるカーペットのみを切り取る」のではなく、取り去ったカーペットそれ自体も細かく切る必要があった。なぜかというとカーペットは粗大ごみ扱いであり、これの廃棄には数千円が掛かるからである。粗大ごみの扱いになるのは縦横30センチ以上。だからオレは取り去ったカーペットをさらに30センチ角に切り取ることにしたのである。

するとこれが思った以上の重労働だった。粗大ごみを破砕するために万能ハサミを購入していたのだが、安物とは言えそれなりの厚さのカーペットをちまちまと切り取るのは、結構な力が必要だった。オレの手は擦れてたちまち水膨れだらけになってしまった。

そんな話をTwitterで書いたら、あるフォロワーさんが「いやそれ30センチの幅に切って丸めれば?」と進言してくれたのである。そう。粗大ごみ扱いは30センチ四方以上だが、別に30センチX30センチのタイル状に切らなくてもよかったのだ。カーペットを30センチの幅の長い短冊状に切って、それを丸めたものが30センチ四方以下になればいいだけの話なのである。その時オレは思った。「オレ、アホやん……」と。

こうして作業は着々と進み、重い家具の下にあるカーペットは家具の輪郭に沿って上手く切り取り、よく見るとみっともないが気にしなければそれほどみっともなくないかもしれない状態にしたのだ(どういう表現だ)。こうして取り去った古いカーペットの代わりに、新しく購入したラグを敷いてみた、するとこれがなかなかに具合がいい。

ただ、なにしろこの間まで使っていたのが安物で製品の悪いカーペットだったため、今度は値段が張っても良い製品のラグにしようと、結構お高いラグを注文してしまったのである。お高いラグ、とは言っても数十万もするペルシャ絨毯みたいなものでは全く無くて、ネットで見つけたカーペット専門店の中では結構高い部類だった、というだけの事である。ネット注文して届いたそれは、ネットショップでの写真や紹介文以上によい品物で、毛足も長く肌触りもデザインも発色も申し分無かった。

ただ……実際敷いて使ってみると、確かに良い製品なんだが、ここまで良くなくてもよかったんじゃないか、と思えてきたのだ。なんだか、オレのせせこましいオタク部屋には勿体ないような気がしてきたのだ。こうして、オレごときの者の部屋でスマンのうスマンのうと謝りながら、それでも肌触りの良さにウシシとかほくそ笑みつつ新品ラグとの生活を始めたオレなのであった。

極悪組長と暴力刑事が連続殺人鬼を追う!! /映画『悪人伝』

■悪人伝 (監督:イ・ウォンテ 2019年韓国映画

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暴力団組長と暴力刑事が結託して連続殺人鬼を追う」!!もうこの設定の段階で面白くない訳がない!と思わせる韓国映画『悪人伝』を観てきましたが、やっぱり相当面白かったです!それにしてもなぜヤクザと刑事が一緒に殺人鬼を追うことになったのでしょうか?

組長の名はチャン・ドンス(マ・ドンソク)。ドンスはある日、車に追突してきた男にめった刺しにされ、九死に一生を得ます。「なんぼのもんじゃあ!わしを襲ったドアホに目にモノ見せたるわああ!!」荒ぶるドンスに1人の刑事が接触します。刑事の名はチョン・テソク(キム・ムヨル)。手段を択ばない暴力刑事として知られる彼は署でも持て余され、連続殺人が発生している事を訴えても署長は取り合いません。そんなテソクはドンスを襲った男がその殺人鬼だと目星をつけ、ドンスと協力して殺人鬼を追跡することを提案するのです。そして外道同士は手を取り合い、もう一人の外道を追い詰めることになるのです!

ヤクザと刑事との共同作戦、というのにも驚かされますが、ヤクザのほうは復讐が目的だし、刑事のほうは本署の許可を得ない勝手な捜査です。もちろんヤクザとの協力なんか許可されるわけもありません。最初にドンスがテソクに言い放ったのは「お前らが最初に殺人鬼を見つけたらしょっ引けばいい、だがわしらが最初に見つけたらそいつをぶっ殺す」という事でした。それをOKしてしまうテソクもテソクです!そういった部分で道を外した者同士の作戦という事なんです。

ドンスは組員たちに号令を出し、テソクは少数の仲間だけで捜査を始めます。しかし元々互いを煙たく思っているヤクザと刑事、仲良く捜査なんてできるわけもありません。組員と刑事たちが罵り合い罵声を上げ苦々しい顔をしながら捜査を続け、こいつら大丈夫か?と最初は思わせます。しかし事件を追ううちにお互い意気投合し始め……という展開は、それはそれでいいのかこれ!?と思わず笑ってしまいます!

一方、彼らが追う殺人鬼(キム・ソンギュ)は冷徹かつ狡猾なサイコパスであり、彼らの捜査を巧妙に出し抜いてゆくのです。相手が極道組長だと知っても屁とも思わず、むしろヤル気満々になってるんですね。やっぱりキ〇ガイですね!こんなろくでもない連中3人が一触即発でぶつかり合い、「三大怪獣大激突!地上最大の戦い!」とでも呼びたくなっちゃうような壮絶なアクションが展開するというわけなんですね!もう韓国映画お得意のスーパーバイオレンス&スーパーゴア展開だよッ!

韓国映画を最近よく観るようになってきたオレですが、いやそれにしても殆ど外れが無いですね。それはなんと言ってもシチュエーション作りの面白さでしょう。斬新だし新鮮なんですよ。よくあるような題材のものにしても、今度は切り口が新しかったり見せ方が新しかったりする。この『悪人伝』にしても、「暴力団組長と暴力刑事が結託して連続殺人鬼を追う」というシチュエーションで既に勝利していて、その後どう肉付けするかで面白さを倍加させてるんですよ。粗を探せばあれこれ出てくるだろうけど、オレはとことん楽しむ方に全力を注ぎましたね!

そして最後に強調したいのは、この映画の主演を務めるマ・ドンソク兄貴の魅力でしょう!極道組長の役柄なのにドンソク兄貴がとことん可愛い(当社比)!ラグの上にドンソク兄貴を寝転がせてモフモフしちゃいたいほど可愛い!一見コワイ顔付と迫力満点のガタイをしてますが、よく見るとなんだか森の熊さんみたいなんですよね。だから映画『悪人伝』のただ一つの欠点は「ドンソク兄貴がキュート過ぎて極悪暴力団組長に見えない!」ということなんですよね(愛ゆえの認知の歪み)!

ほら、こんなに可愛いドンソク兄貴!

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兄貴可愛いよ兄貴!

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ドンソク兄貴ィ~~~~~ッ!!(昇天)

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youtu.be

 

【ブルース・リー 4Kリマスター復活祭2020】で『ドラゴン危機一発』と『ドラゴン怒りの鉄拳』を観たッ!

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■オレとブルース・リー

ブルース・リー生誕80周年記念!ということで今回『ドラゴン危機一発』『ドラゴン怒りの鉄拳』『ドラゴンへの道』『死亡遊戯』の4作が4Kリマスター公開される!『燃えよドラゴン』はどうしたんだ?とは思うがとりあえずこれは観に行かねばならない。というわけでとりあえず今現在公開中の『ドラゴン危機一発』『ドラゴン怒りの鉄拳』の2作をハシゴして観たオレなのである。

とか言いつつ、オレが熱心なブルース・リー・ファンなのか?というと実はそうでもない。そもそもカンフー映画自体、それほど熱心なファンではない。ではなぜ今回こんなに大盛り上がりして観にいったか、というと、ブルース・リー映画がなんだか懐かしかったからである。

ブルース・リーの名を一躍世界に知らしめた作品は『燃えよドラゴン』ということでいいのだろうか。1973年に公開された『燃えよドラゴン』は日本でも大ブームを巻き起こし、まだ小学生だったオレも興奮しまくって劇場に足を運んだ覚えがある。クラスでも何人かの連中が観に行き、ブルース・リーの話題で盛り上がり、みんなでオモチャのヌンチャクを買い、アチョー!トリャー!と怪鳥音を真似しながら遊んでいた。

その後も『ドラゴン危機一発』『ドラゴン怒りの鉄拳』『ドラゴンへの道』が公開され、さらにブルース・リー以外のカンフー映画も大量に上映され、オレは観られる限りのそれらカンフー映画を観に行った(特に記憶に残っているのは『片腕ドラゴン』『荒野のドラゴン』『ドラゴンVS.7人の吸血鬼』あたりだろうか)。

当事のブルース・リー人気をうかがわせるものとしては、『映画燃えよドラゴン・音声完全収録レコード』があるだろうか。当時映画ソフトの一般家庭用販売など存在しておらず(高額でマニア向けのフィルム・ビデオ販売はあったのかもしれない)、「映画で観た『燃えよドラゴン』の興奮を自分の家で体験したい!」というファンのために、90分あまりの映画音声を2枚組だかのLPレコードに全て収録して販売していたのである。これを当事大のブルース・リー・ファンだった友人が買って持っていた。この友人の部屋には壁一面の大きさのブルース・リー壁画まで描かれていた(彼の父親の友人に絵心のある人がいたらしく、その人に頼んで描いてもらったのらしい。実際巧かった)。

とはいえ、実はオレ自身は、結局ブルース・リーカンフー映画にそれほど大きくハマることはなかった。正直に言うなら『燃えよドラゴン』以外のブルース・リー映画、さらにカンフー映画は、お話としてそれほど面白くなかったし、なんだか作りがチャチに見えたからである(小学生だった頃の感想なのでファンの方はお許しいただきたい)。どうも当時の香港映画全般に見受けられる画質の悪さが好きではなかったようなのだ。だからその後訪れるジャッキー・チェン・ブームはやり過ごしたし、ミスター・ブーやキョンシー映画等当事流行った香港映画全般も全く観ることがなかった。

しかしそれから数十年が経ち、オレはいたいけな少年から小汚いおっさんに成り果てることになるのだが、こうしていいおっさんになってから観る古くカルトなカンフー映画というのが、これがやたら面白かったのである。のみならず、現在進行形で製作されるカンフー映画が、やはりどれも滅法面白く感じるのだ。つまりこの年になってやっとカンフー映画を観る「ツボ」を知ったということらしいのだ。そんな訳で今回、カンフー映画の原点であるブルース・リー映画を、もう一度きちんと体験してみたくて、こうして【4Kリマスター復活祭】に挑んだというわけなのである。

ではごくざっくりと、『ドラゴン危機一発』『ドラゴン怒りの鉄拳』の感想を書いておこう。ネタバレもあるので観ていない方は注意。

ドラゴン危機一発 (監督:ロー・ウェイ 1971年香港映画)

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ブルース・リー主演第1作目『ドラゴン危機一発』、1974年の日本公開当事、小中学生だったオレは劇場で観ていたはずだったのだが、今回【4Kリマスター復活祭】で観て驚いた。なんとストーリーを全く覚えていなかったのである。『燃えよドラゴン』であれほど盛り上がったブルース・リー人気の中で観たのに覚えていないというのは、退屈だったからなのか、子供にはよく理解できなかったからなのか。

確かに今こうしてみると『危機一発』は暗く陰鬱であり、残酷さの漂う物語である。主人公の仲間全てが虐殺される上、主人公は酒を飲まされて娼婦とウッフンしてしまうし、そういった部分でも大人っぽいお話である。ロケ先がタイだったということを今回観る前に知ってそれも驚いたが、そのタイの雰囲気、貧しさや劣悪な労働や因業な資産家といったものも物語の重苦しさを加速させているように感じた。

そして虐げられ虐げられ尽くした後の復讐が主人公の強力なカンフーに求められることになるのだ。ここ数年になってようやくカンフー映画を楽しみはじめた者としては、それらの原点であるリーのアクションがどれだけ画期的であり際立っていたのかを論じる語彙は無い。現代的な作品と比べるなら、『危機一発』はまだ荒っぽく単純だ、という印象だけはある。

しかしだ。ブルース・リーという稀代のアクション俳優の、そのカリスマ性は、この主演第1作からビンビンと伝わってくるのだ。その精悍なマスク、はち切れんばかりに生命力の漲った肉体、引き絞られた弓の如き緊張感、その雄々しい立ち姿。これら全てを体現できる者は、ブルース・リーの後にも先にも存在しえないのではないか、そう思わすほどの稀有なカリスマがここにある。そしてここから始まったのだ。 

■ドラゴン怒りの鉄拳 (監督:ロー・ウェイ 1972年香港映画)

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開演一発、マイク・レメディオスの歌う勇壮なテーマ・ソングの響きにたちまちドラゴン映画の世界に没入してしまう。さあこれからブルース・リーの壮烈な戦いを見ることができるのだ、と期待で胸が躍る。しかしブルース・リー主演2作目、この『ドラゴン怒りの鉄拳』ですらも、『危機一発』と同様、暗く陰鬱な物語であり、さらに『危機一発』よりも救いが無いのだ。

物語は毒殺された恩師の葬儀に駆けつける主人公の悲痛に満ちた嗚咽と慟哭から始まる。この悲痛さが最後までひとつのトーンとして続いてゆくこととなるのだ。登場時、リーが身に着けた純白の中国服が既にして死の匂いに満ちている。その後道場を荒らされ、誇りを傷つけられ、仲間を殺され、恩師の仇の正体を知った主人公が、ひたすら破滅的に復讐を繰り広げてゆくのがこの物語なのだ。この作品には『危機一発』以上の怒りと悲しみがあり、それにより、なお一層苛烈となった戦いが用意されることとなる。

それは物語が進むほどに壮絶となり、敵の強力さも次第に増してゆき、興奮はいやが上にも高まってゆく。一対多数の乱闘、日本刀との戦い、重量級ロシア人ボクサーの登場、轟き渡る怪鳥音、そしてそして、唸りを上げるヌンチャク!その戦いは己の死に場所を探すかの如き悲壮さに満ち、敵となった者を一蓮托生となって地獄へ送り込む。このあまりにヴィヴィッドな凄惨さこそが『怒りの鉄拳』をマスターピースと呼ばせる所以なのだろう。

4Kリマスターされた映像はリーの鋼の肉体をよりシャープに見せ、剃刀の如きアクションをよりエッジを際立たせて映し出し、凛とした表情を鮮やかに蘇らせる。公開から50年近く経ち、こうした形でブルース・リー映画を新鮮な気持ちで観られることがなによりも僥倖だ。暗い暗いと書きすぎてしまったが、「ブルースさん七変化」とも呼んでしまいそうな変装の数々には茶目っ気を感じさせ、リーの演技の幅を垣間見せる。そしてやはり可憐なるヒロイン、ノラ・ミャオの登場が、重苦しいこの物語に爽やかな涼風をもたらしている。


映画『ブルース・リー 4K リマスター復活祭2020』予告編

ドラゴン危機一発 [Blu-ray]

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天下の奇書と評される夢野久作の『ドグラ・マグラ』を読んだ

ドグラ・マグラ夢野久作

ドグラ・マグラ(上) (角川文庫) ドグラ・マグラ(下) (角川文庫)

精神医学の未開の領域に挑んで、久作一流のドグマをほしいままに駆使しながら、遺伝と夢中遊行病、唯物化学と精神科学の対峙、ライバル学者の闘争、千年前の伝承など、あまりにもりだくさんの趣向で、かえって読者を五里霧中に導いてしまう。それがこの大作の奇妙な魅力であって、千人が読めば千人ほどの感興が湧くにちがいない。探偵小説の枠を無視した空前絶後の奇想小説

「読む者は一度は精神に異常をきたすと伝えられる、一大奇書」として名高い夢野久作の『ドグラ・マグラ』、今頃やっと読んだ。ちなみに読んで特に精神に異常はきたさなかったけど、これはもともとオレの頭がおかしいせいだからだと思う。

実はこの『ドグラ・マグラ』、10代の頃にその評判は知っていて、文庫本は買っていたんだけど結局読む事が無かった。しかしつい最近、この『ドグラ・マグラ』 が青空文庫で無料で読めると知って「いやもういよいよ読んどかなきゃダメだな」と思い、遂に読了したという訳だ。いやあ、これもまた30年来の積読本の読了ということになるな。

ドグラ・マグラ』は一応「探偵小説」という事になっている。精神病院の病室で目覚めた青年。彼は全ての記憶を失っていた。そこに不気味な医学博士が現れ、青年が3つの殺人事件に関わっていると伝え、さらに青年の記憶を呼び覚ます為に精神医学に関するアヤシイ文献をあれこれと読ます。殺人者は誰なのか?青年なのか他の誰かなのか?錯綜する物語はやがて1000年前に中国で描かれた異様な絵巻物に言及され、事実と虚実が判別しないままにこれは夢なのか現実なのかという認識の破綻にまで及んでゆく。

物語前半に登場するアレコレの”精神医学に関するアヤシイ文献”がなにしろ面白く、そして物語をより迷走させ、さらに奇ッ怪な印象をもたらすことになる。これらは、「脳髄」と「狂気」について述べられた、真偽の定かではない論文であり記事である。曰く「キチガイ地獄外道祭文」、曰く「地球表面上は狂人の一大開放治療場」、曰く「脳髄はモノを考える処に非ず」、曰く「胎児の夢」。

これらはふざけた調子で書かれているがゆえにインチキ極まりないもののように思えるが、実は書かれた当時でここまで脳科学と精神医学、さらには精神病院の問題に切り込んでいるのは慧眼だったのではないか。そして並べられる論旨と推論の狭間に少しづつ怪しげな虚構が混ぜ込まれ、読者の認識を次第に揺さぶってゆく。特に「胎児の夢」における「胎児は胎内で生育するにつれ生命進化の過程のあらゆる生物の記憶を悪夢という形で体験してゆく」という着想は驚くほど素晴らしい。

物語はメタフィクション的構成を取りながらユング集合的無意識にフィクショナルな妄想を加え、最終的に認識論的な問題に肉薄してゆく。これら非常に知的なバックボーンを持ちつつ、描かれる内容は薄暗く湿った情念の発露であり、殺人事件であり狂気と狂人なのである。様々な事象が入れ子になった構造や時制の恣意的な攪乱など、実は結構読み難く分かり難い物語なのだが、正直「まあよくこんなもん書いたわ」という感想は確かに持った。オレは探偵小説的構成にあまり興味のない人間なので、その部分で面白かったかどうかはまた別の話ではあるが、なにしろ「ドグラ・マグラ読了だぜイエィ」というのが今の心境である。

ドグラ・マグラ

ドグラ・マグラ

 
ドグラ・マグラ(上) (角川文庫)

ドグラ・マグラ(上) (角川文庫)

  • 作者:夢野 久作
  • 発売日: 1976/10/13
  • メディア: 文庫
 
ドグラ・マグラ(下) (角川文庫)

ドグラ・マグラ(下) (角川文庫)

 

 

内戦下のシリアで少女が見たものとは/グラフィックノベル『ZENOBIA ゼノビア』

ZENOBIA ゼノビア/モーテン・デュアー、ラース・ホーネマン

ZENOBIA ゼノビア

2011年から続くというシリア内戦の実情は複雑すぎて自分には理解出来ているとは言い難い。長期化したアサド軍事政権への反体制派による民主化運動が切っ掛けとは言うが、そこに様々な国家・人種・主義・宗教の思惑が絡み合い、あたかも百鬼夜行の如き様相を呈しているからである。荒廃した国家、無慈悲な虐殺、多数の死者、膨大な難民、それによる近隣他国への影響など、暗澹たる出来事の、細々な事実ばかりが伝えられてくる。

その中でオレが最もショックだったのは、シリアという、それまで殆ど知らなかった国が、この荒廃以前は、実は非常に美しい国であり、豊かな国民性を持つ人々の住む土地だったということだ。これら全てが破壊され、灰燼に帰し、恐怖と悲嘆によって塗り潰されてしまうとは。なぜ、こんな事になってしまったのだろう、なぜ、こんな事が必要だったのだろう。

デンマーク人作家モーテン・デュアーとイラストレーター、ラース・ホーネマンによって描かれたグラフィックノベルZENOBIA ゼノビア』は、シリア内戦の戦禍に飲み込まれた一人の少女を描いた物語である。それは難民船でどことも知れぬ洋上を漂う少女の回想と言った形で描かれてゆく。彼女の生まれた国シリア、そこには優しい母がおり、平和な日々があり、美味しい食べ物が満ちていた。そこははるか昔、ゼノビアという名の気高く美しい女王の収めた土地だった。そんなシリアにある日突然破壊と殺戮の嵐が吹き荒れる。少女は自らを女王ゼノビアと重ね合わせ、健気に生き延びようとするのだ。

国家を失うことの悲しみ、とはいうが、国家など概念に過ぎない。少女が失ったもの、それは彼女の育った家でありそこで過ごした日々であり、優しい両親でありその思い出であり、楽しかったこと嬉しかったこと全ての記憶である。少女が失ったもの、それは彼女を彼女たらしめていた時間と空間と経験の全てなのである。国を失う、ということはそういうことなのだ。

この過酷な状況の中にある少女の悲哀を、 原作者モーテン・デュアーは少ない台詞とシンプルな構成でもって描き切る。そしてラース・ホーネマンのグラフィックは美しく素朴であり、説得力のある画で描くべきものを的確に描き出してゆく。100ページに満たない短い物語なのにも関わらず、ここには内戦下のシリアの悲劇が濃厚に凝縮され、その恐ろしさを、その悲嘆を、まざまざと読む者の心に叩き付ける。そしてやはり、こう思わざる得ないのだ、なぜ、こんな事になってしまったのだろう、なぜ、こんな事が必要だったのだろう、と。

ZENOBIA ゼノビア

ZENOBIA ゼノビア