ブルースを聴いていた

ザ・グレイト・ジョン・リー・フッカー

最近たまにブルースを聴いている。これまで全く聴くことは無かったし、とりたてて興味も無かったのだが、ある切っ掛けからちょっとばかり聴いてみたら、「こりゃいいな」と思ってしまったのだ。

その切っ掛けというのはアッティカ・ロックのミステリ小説『ブルーバード、ブルーバード』を読んだことだった。黒人テキサスレンジャーを主人公とするこの物語は、ブルースマンが重要な役割を持ち、ブルースの演奏シーンも挟まれる。なにより小説タイトルがブルース奏者ジョン・リー・フッカーの曲のタイトルから採られていたのだ。そして作品の雰囲気を掴んでみたくてフッカーのアルバムを聴いてみたら、これがいい。どういいか、というと、オレがブルースに対して抱いていた固定観念とまるで違う音を奏でていたのだ。

■ザ・グレート・ジョン・リー・フッカー/ ジョン・リー・フッカー

ザ・グレイト・ジョン・リー・フッカー

ザ・グレイト・ジョン・リー・フッカー

 

■プレイズ・アンド・シングス・ザ・ブルースジョン・リー・フッカー

プレイズ・アンド・シングス・ザ・ブルース
 

ろくに聴いたことも無いくせにオレがブルースに抱いていたイメージというのは、気怠く悲しげで、ギター一本で切々と歌い上げる、ウエットで泥臭い音楽だということだった。ブルースファンの方には怒られそうだが、なにしろそんなイメージだった。ところが、オレが聴いたフッカーの音は、歯切れがよく軽快で、スローな曲にしても力強さを持ち、これがギターだけなのかと思わせるほど厚みと広がりを持つ音を奏でていたのである。

確かに歌われる詩の内容には悲しみや遣り切れなさが込められているのだろうが、ウェットさよりも乾いた情緒を感じた。シンプルな構成の音は聴き易いが、聴いていて決して飽きが来ないのは、シンプルに思えて相当に技巧的な演奏がされているからなのだろう(オレは楽器をやらないからこの辺りは想像でモノを言っているのだが)。 確かに音は泥臭さがあるが、オレはジャマイカン・レゲエをよく聴いていたので、ブルースの泥臭さ土臭さはまだまだスマートに感じたし、このぐらいの「臭み」のある音のほうが馴染みやすかった。

大昔「ロックというのはブルースの発展形である」であるというのをどこかで読んだ事があったが(なにしろ音楽をやらない人間なんで間違った認識だったらごめんなさい)、確かに大昔よく聴いていたロックの片鱗を大いに感じる事が出来るし、当然かもしれないがロックよりも音的な純度が高く感じた。ブラック・ミュージックとしても、なによりルーツ的なジャンルということもあろうが、ジャズのような複雑さ敷居の高さを感じず、ソウルやR&Bのようなこってりした商業性を感じることもない。雑味が無く、音が澄んでいて、ダイレクトに耳に飛び込むように聴こえるのだ(なにもかもイメージで書いていて大変申し訳ない)。

これはもっとブルースというものを聴いてみたい。そう思ってネットをざっくり探し回り、id:mureさんのはてなブログ「Shake!」で「はじめて聴くブルース9枚」という記事を見つけた。そしてそのビギナーに優しいラインナップを読んで「これは四の五の言わずこのラインナップ通りに聴けばいいのではないか」と判断し、9枚のうちの7枚(エリック・クラプトンローリング・ストーンズを外した)を入手、聴いてみたのである。するとこれがもう、さらに芳醇なブルース体験をすることが出来たというわけなのだ。id:mureさん、素晴らしい記事ありがとうございます。 

という訳で「はじめて聴くブルース9枚」で紹介されていたアルバムのうちオレが聴いてみた7枚のアルバムを並べておく。どれもそれぞれに楽しめたが、オレは単なるビギナーなので、きちんとした解説は「はじめて聴くブルース9枚」を読んでいただく方がいいだろう。とはいえ、ビギナーなりの印象をざっとだけ書いておくことにする。

 

■コンプリート・レコーディングス/ロバート・ジョンソン

コンプリート・レコーディングス

コンプリート・レコーディングス

 

「伝説のブルースマン」と呼ばれるロバート・ジョンソン全音源を2枚組CDに収録したもの。淡々と爪弾かれるギターはシンプルの極みだが、少ない音数にも関わらず味わい深く的確で、高いトーンの歌声と絶妙なアンサンブルを醸し出している。ある意味最もブルースのルーツに近い音なのだろう。なんと言っても、もう100年も前になる録音なのだ。しかも、アーチストの写真がこのジャケットのものしか残っていない、というのもなんだか伝説的っぽいじゃないか。実は今回紹介する中で最も素晴らしい、そして和む事のできる音だと思えた。

■RCAブルースの古典/V.A.

「古典ブルース」 の様々なアーチストの音源が全49曲に渡って収録された2枚組。数度聴いたぐらいでは全貌が把握できないぐらい程たっぷりと音が詰まっているが、古典らしい素朴さと土臭さがとても心地いい。 

■ベスト・オブ・マディ・ウォーターズマディ・ウォーターズ

ベスト・オブ・マディ・ウォーターズ+8

ベスト・オブ・マディ・ウォーターズ+8

 

このマディ・ウォーターズまで辿り着くと「淡白、素朴」とは違う、より輪郭のはっきりした音になってきたように感じたな。音のタメは大きくなり重く黒々とした味わいに満ちている。

■モーニン・イン・ザ・ムーンライト/ハウリン・ウルフ

モーニン・イン・ザ・ムーンライト(2イン1)

モーニン・イン・ザ・ムーンライト(2イン1)

 

ハウリン・ウルフはその独特なヴォーカルも含めて実にワイルドな演奏が印象的だが、楽曲によっては意外とポップであったりする。 

■モージョ・ハンド/ライトニン・ホプキンス

録音状態が良いせいなのか、最初聴いた時は他のブルースアーチストの音よりも分厚くてさらにモダンに聴こえたな。さらにこってりと黒々していて色気がある。基本はやはりギター一本なんだけどね。 

■モダン・ブルース・ギターの父/Tボーン・ウォーカー

モダン・ブルース・ギターの父

モダン・ブルース・ギターの父

 

「モダン・ブルース・ギターの父」と呼ばれているTボーン・ウォーカー、楽曲にはホーンも導入されそもそもが全体的にモダンである。オレなどは「ジャズとの境目はどこにあるのか」と音楽的知識の無さに悩んでしまったほどだ。  

■ライヴ・アット・ザ・リーガル/B・B・キング

ライヴ・アット・ザ・リーガル

ライヴ・アット・ザ・リーガル

  • アーティスト:B.B.キング
  • 発売日: 2015/09/16
  • メディア: CD
 

この中で唯一名前を知っていた(が聴いたことの無かった)B・B・キングなのだが、こうして聴いてみると最もバックの音が多く分厚くダンサンブルでポピュラーな音を出している。そしてまた音楽的知識の無いオレは「これもまたブルースなのか!?」と驚いてしまった。むしろこれはリズム&ブルースと名付けられるものなのか。オレとしては淡白なブルース楽曲のほうが好きかもしれない。とはいえこのB・B・キングの音まで辿り着くことにより、ブルースというジャンルの変遷をひとつの輪郭として捉える事ができたともいえる。

 

◎最後に

ところでオレはついこの間「EDM(エレクトリック・ダンス・ミュージック」に戻って来た」なんてブログに書いていたが、またぞろ今度ブルースに行っちゃったの?というかというとそうでもない。EDMとブルースを並行して聴いているのだ。通勤時やちょっと元気のいい時はEDM、寛ぎたいときはブルースって感じで使い分けてる。

こんな、コンピューター制御された最新型のEDMと、ギター一本で奏でられ、下手すると100年前の録音作品もあるブルースを同時に聴いている、というのが自分でも面白い。落差が激しいが、その中間はだいたい聴いたからもういいや、というのがあるのかもしれない。しかしEDMというのは実は相当シンプルな構造をした音楽で、それがブルースのシンプルさとオレの中では繋がっているのではないかと、なんだか分かったような分からんようなことを思っている。

というわけでブルースの話は以上です。

 

航空ミステリ『座席ナンバー7Aの恐怖』を読んだ

■座席ナンバー7Aの恐怖/セバスチャン・フィツェック

座席ナンバー7Aの恐怖

上空数千メートルを飛ぶ旅客機。そこに乗り込んだ飛行機恐怖症の精神科医クリューガー。彼を見舞ったのは想像を絶する悪夢だった。誘拐された娘を救いたければ、この飛行機を墜落させろ。それが犯人の要求だった。恐怖と苦悩にさいなまれるクリューガー。乗客乗員と娘の命を守るには、着陸までに無数の謎を解明しなくてはならない。ドイツでベストセラーを記録したタイムリミット航空サスペンス。

娘の出産に立ち会うためブエノスアイレスからベルリンに向かう旅客機に乗り込んだ一人の男に謎の電話が掛かる。「娘を誘拐した、助けたければ旅客機を墜落させろ」と。

ここから始まるノンストップ・サスペンス・スリラーがこの作品だ。旅客機を舞台としたサスペンス・スリラーといえばリーアム・ニーソン主演の映画『フライト・ゲーム』をオレは思い出したが、この『座席ナンバー7Aの恐怖』でも映画と同様に「客室内に犯人ないし協力者がいるのではないか?」というミステリーが描かれ、それと同時に誘拐された娘の行方を追う主人公の協力者のサスペンスも進行することになる。

犯人の要求する「旅客機の墜落」を主人公がどのようにやらねばならないのか?というその方法も一ひねりされており、決して無理と言えないこともないとは思わせる。しかし、最後までどんでんがえしに継ぐどんでん返しが続く飽きさせないエンターテインメント作品ではあるが、逆にどんでん返され続ける物語はどんどんリアリティが希薄化していかないか。

犯人の動機や犯罪計画やその実行の方法も実のところ突飛だし無理を感じさせるものがあり、それらは巧くまとめられているが極端すぎるよなあ、と微妙に「丸め込まれた感」がしてしまう。登場人物全員の造形もどうにもクセがあり、なんだか誰も好きになれないし感情移入し難い。そんなこんなで悪くは無いがすっきりしない読後感だったな。

座席ナンバー7Aの恐怖

座席ナンバー7Aの恐怖

 

最近ダラ観したDVDやらブルーレイやら

■王朝の陰謀 判事ディーと人体発火怪奇事件 (監督:ツイ・ハーク 2010年香港・中国映画)

王朝の陰謀  判事ディーと人体発火怪奇事件 スペシャル・コレクターズ・エディション [Blu-ray]

王朝の陰謀 判事ディーと人体発火怪奇事件 スペシャル・コレクターズ・エディション [Blu-ray]

  • 出版社/メーカー: パラマウント ホーム エンタテインメント ジャパン
  • 発売日: 2013/12/13
  • メディア: Blu-ray
 

ツイ・ハーク監督による唐朝末期を舞台にした武侠映画、「判事ディー」シリーズの第1弾。時の女帝による大仏建立工事にまつわる謎の人体発火事件を追う物語だが、探偵モノというよりは伝奇作品に近い妖しく荒唐無稽な大風呂敷具合が楽しい作品だ。特に主演の3人のキャラが立っており彼らの活躍ぶりが作品を大いに盛り上げる。とことんワイヤーアクションを使った殺陣は痛快だし仰々しいセットもはったりがましくてOK。「判事ディー」シリーズはこの後2作作られるが、この作品が一番まとまりがよくドラマチックなのではないかと思う。


■ライズ・オブ・シードラゴン 謎の鉄の爪 (監督:ツイ・ハーク 2013年中国・香港映画)

ツイ・ハーク監督による『王朝の陰謀 判事ディー~』前日譚。これがなんと怪獣は出るわ妖怪は出るわというやりたい放題のストーリーだが、かといって決して巨大ロボや変身ヒーローで迎え撃ったりしないから安心するように。淡白な主人公とイケメン相棒とのバディな謎解きとアクションがメインの楽しいチャイニーズ・ファンタジーであった。ただ1作目と主役キャストが変わっており、その分物足りなかったかな。

 

■王朝の陰謀 闇の四天王と黄金のドラゴン (監督:ツイ・ハーク 2018年香港・中国映画) 

王朝の陰謀 闇の四天王と黄金のドラゴン [Blu-ray]

王朝の陰謀 闇の四天王と黄金のドラゴン [Blu-ray]

  • 出版社/メーカー: 株式会社ツイン
  • 発売日: 2019/04/24
  • メディア: Blu-ray
 

ツイ・ハーク監督による「判事ディー」シリーズ第3弾。この世で最強の神剣を巡り幻術使いの一団が蠢きだす!のだがこの一団というのがそんなに強くなくてその後更に強い幻術軍団が登場!主人公ディーは彼らと三つ巴の戦いを繰り広げるのだが、なにしろ幻術合戦のVFXはもはやSFファンタジーの世界となっており見所たっぷり、乱れ飛ぶ剣術のワイヤーアクションはスピーディーかつアクロバティックでいちいち驚嘆させられた。 シリーズ中ではこの作品が最もド派手だと思う。

 

ドラゴンゲート 空飛ぶ剣と幻の秘宝 (監督:ツイ・ハーク 2011年香港映画)

ドラゴンゲート 空飛ぶ剣と幻の秘宝 スペシャル・プライス [Blu-ray]

ドラゴンゲート 空飛ぶ剣と幻の秘宝 スペシャル・プライス [Blu-ray]

  • 出版社/メーカー: Happinet(SB)(D)
  • 発売日: 2014/10/02
  • メディア: Blu-ray
 

監督ツイ・ハーク、主演ジェット・リー、砂漠の中に立つ宿場の内と外を舞台に敵味方分かれての戦いが繰り広げられる武侠映画だ!一癖も二癖もある登場人物たちと彼らの成す人智を超えた異次元アクションがなにより楽しい!「伝説の黄金宮」を捜し求める伝奇的な冒険譚は『インディ・ジョーンズ』を思わせこれまたワクワクさせられる。そしてクライマックスに待つ巨大ディザスターと来ればこれはパニック大作!全方向に娯楽に溢れたファンタジック&アメージングなお話であった。

 

■タイガー・マウンテン 雪原の死闘 (監督:ツイ・ハーク 2014年中国映画)

ツイ・ハーク監督が今度はどんなムチャなお話を!?と期待して観たらこれが匪賊対共産党軍の熾烈極まる戦いを描くミリタリー作品で、少々襟を正して観てしまった。しかし手堅いことは手堅いがもっとハッチャケたのを観たかったなあ……と思ったら中国製作と知りさもありなん。とはいえ突発的に「もう我慢出来ない!」とばかりにとんでもない映像が飛び出してくれたのでこれはこれで満足。

 

■ドラゴン・フォー 秘密の特殊捜査官/隠密 (監督:ゴードン・チャン ジャネット・チュン 2012年中国映画)

宋時代末期の中国を舞台に、特殊能力を持った4人の隠密が巨大な陰謀を追い詰める!?という『ファンタスティック・フォー』ならぬ『ドラゴン・フォー』第1弾。『ムーラン』のリウ・イーフェイが出演。主人公たちが若干地味で華がないのが痛い所だが話の骨子はしっかりしており、これは中国の人気武侠小説を原作にしているからか。

 

■ドラゴン・フォー2 秘密の特殊捜査官/陰謀 (監督:ゴードン・チャン ジャネット・チュン 2013年中国映画)

ドラゴン・フォー第2弾。前回地味だった主人公らのヘアスタイル変えて見栄えよくしてみたぞ!敵は怪しい洞窟に潜むショッカーみたいな連中だぞ!冤罪を受けた主人公らはトラップだらけの地下巨大監獄に入れられるぞ!と盛り上げてはいるんだがワイヤーアクションの使い方に芸がなくてなんだかいつもフワフワしているだけの印象。

 

■ドラゴン・フォー3 秘密の特殊捜査官/最後の戦い (監督:ゴードン・チャン 2014年中国・香港映画)

ドラゴン・フォー最後の戦いだが前作で4人が仲違いを起こしグズグズになりさらに色恋沙汰も加味されてさらにグズグズの所を皇帝の命を助けねば!という事件が起こるというもの。3作で一番派手に作られているが前2作同様どうもメリハリに欠けており、たっぷりVFX見せられているうちにいつの間にか終わっていた。

 

 ■ザ・ソウルメイト (監督:チョ・ウォニ 2018年韓国映画

ザ・ソウルメイト [DVD]

ザ・ソウルメイト [DVD]

  • 発売日: 2020/03/04
  • メディア: DVD
 

マ・ドンソク演じる主人公が霊魂になった警察官の追う事件を助けるという物語だけど、シナリオ雑だし物語はありきたり。とはいえ、ガタイのいいドンソクがいつも困った顔で右往左往している姿がやっぱり楽しい。

 

■感染家族 (監督:イ・ミンジェ 2019年韓国映画

感染家族 [Blu-ray]

感染家族 [Blu-ray]

  • 発売日: 2020/03/03
  • メディア: Blu-ray
 

ゾンビに噛まれたら若返る?!という韓国のホラー・コメディ。ただし着想とその結末はよくできていたが、いかんせん泥臭いしドタバタし過ぎ。登場人物ドン臭すぎてイライラさせられた場面も多かったなあ。

 

■トリプル・スレット (監督:ジェシー・V・ジョンソン 2019年タイ・中国・アメリカ映画)

トリプル・スレット[Blu-ray]

トリプル・スレット[Blu-ray]

  • 発売日: 2020/03/04
  • メディア: Blu-ray
 

トニー・ジャー 、イコ・ウワイス 、タイガー・チェン 、ジージャー・ヤーニン主演!というアクション作なんだが、実のところお話はあってないようなもので、そもそもこいつらが揃っていれば無敵だし(ただしジ-ジャーは端役)、ただただこの顔ぶれを眺めていればそれだけで満足、という作品ではあった。

 

Fabricがいつの間にか100番台を迎えそしてオレはEDMの世界に戻って来た

Fabric 100

■EDMばかり聴いていた

もうかれこれ20年以上、テクノやらハウスやらを始めとするEDMばかり聴いていた。こうしてオレが60歳近くなるまで聴いているということは、一生聴き続けるんじゃないかとすら思っていた。しかしどういう理由なのかは分からないのだが、突然そういう音楽生活が煮詰まってしまい、 一旦EDMをシャットダウンして他ジャンルの音楽ばかり聴くようになっていた。それは2018年の4月、ダブ・ミュージックの神、リー”スクラッチ”ペリー遍歴の旅から始まった。

それから2年ばかり、ルーツ・レゲエに行ったりプリンスにドハマリしたり、最終的にPファンクやらドアーズやらジェネシスやら、もはやノンジャンルの迷走状態で手当たり次第に聴いていたのだ。なんかこう、EDMばかりで凝り固まった耳を洗浄したい、と思っていたのかもしれない。

で、まあ、そろそろ、もういいかな、と思ったわけだよ。そろそろまた、EDMの無機質な世界に戻ろうかとね。ただ、EDMというのは新陳代謝の早い世界だから、2年のインターバルがあるとなにがどうなってしまっているのかさっぱり分からない。そこで、とりあえず手にしてみようと思ったのが「Fabric」のDJ Mixシリーズだったというわけだ。

Fabric。ロンドンで1999年から運営しているアンダーグラウンド・ダンス・シーンを代表するクラブの名前だ。オレは海外旅行には殆ど興味の無い人間だが、今海外のどこかに行っていい、と言われたら、真っ先にこのクラブに行きたい、と思うほどに興味を惹かれて止まないクラブだ。

このFabric、2001年からレーベル運営も行っており、ハウス/テクノ中心のDJ Mixアルバム・シリーズ「Fabric」と、ドラムンベースダブステップ中心のDJ Mixアルバム・シリーズ「FABRICLIVE」の2つのラインナップで音源をリリースし続けてきた。それぞれがそのときそのときの最新鋭のDJを登用し、常に最先端のEDMとそのDJ Mixを披露し続けていたのだ。オレもこのFabricのDJ Mixシリーズは大のお気に入りで、数は分からないが相当のCDやDL音源を聴いていた。CDはどれも缶入りとなっていて、それがまた独特だった。

で、久しぶりにそのFabricのDJ Mixアルバムを入手しようと調べたら、既にこれが「Fabric」「FABRICLIVE」それぞれで100作を迎えており、そしてこの100作でもってナンバリングを廃していたことを知った。「Fabric 100」が2018年10月リリース、「FABRICLIVE 100」が同9月と言うから、オレがEDMを一旦聴かなくなったすぐ後だったようだ。

ナンバリングを廃した後も「Fabric Presents」という名称でDJ Mixアルバム・シリーズはリリースされ続けており、これからも変わらず良質のDJ Mixアルバムを手に取ることができるだろう。それにしても「Fabric」「FABRICLIVE」合わせて200作のDJ Mixアルバムをリリースし続けていたというのはまさに偉業であり、それぞれのナンバリング100番は区切りと言うこともあってか力の篭ったアルバムとなっている。この2作と、その前後にリリースされたFabric関連のアルバムをここでザックリと紹介しよう。 

■ナンバリング100番前後のFabric音源を紹介してみる

Fabric 100/Craig Richards, Terry Francis & Keith Reilly  

Fabric 100

Fabric 100

 

テクノ/ハウス中心にリリースされてきた「Fabric」シリーズの栄えある100番目はCraig Richards、Terry Francis、Keith Reillyという3人のDJがそれぞれアルバム1枚づつを担当する豪華3枚組!やはりお祭はこうじゃなきゃ!3者ともオーソドクスな選曲とDJプレイで特別新規なものはないにせよ、むしろ安心して聴ける(踊れる)スムースなテクノ/ハウスを展開していると言える。 

Fabriclive 100/Kode 9+Burial 

Fabric Live 100

Fabric Live 100

  • アーティスト:Kode9 & Burial
  • 出版社/メーカー: Fabric
  • 発売日: 2018/09/28
  • メディア: CD
 

ドラムンベースダブステップ中心にリリースされてきた「FABRICLIVE」 シリーズの記念すべき100番目はレーベルHyperdubの主催者Kode 9と異能DJ・Burialが共同でターンテーブルを担うダブルDJ作品。これが「100番目」の名にし負う実にラウドなハイパーミックスで、まさに有終の美を飾るアルバムとなっていた。 

20 Years Of Fabric

20 Years of Fabric

20 Years of Fabric

  • アーティスト:Various Artists
  • 出版社/メーカー: Fabric
  • 発売日: 2019/12/13
  • メディア: CD
 

その後Fabricでは創設20周年を記念した2枚組コンピレーション・アルバムをリリースしている。こちらは様々なDJがそれぞれ1曲づつ参加した全20曲のノンミックス・アルバム。 

Fabric Presents Amelie Lens

Fabric Presents Amelie..

Fabric Presents Amelie..

  • アーティスト:Amelie Lens
  • 出版社/メーカー: Fabric
  • 発売日: 2019/11/22
  • メディア: CD
 

ナンバリング100以降にリリースされたAmelie LensのMixはバッキバキにダーク&ハードコアなテクノ・チューンがゴリゴリ唸りガッツンガッツン刺さりまくる、これはもう相当の歯応えのDJ Mix。

Fabric Presents Martinez Brothers

fabric presents The Martinez Brothers

fabric presents The Martinez Brothers

  • 発売日: 2019/09/27
  • メディア: MP3 ダウンロード
 

ブロンクス出身のMartinez Brothersが参戦したFabric作品はファンキーなアンダーグラウンドハウス・ミュージック 

Fabric Presents Bonobo

FABRIC PRESENTS: BONOB

FABRIC PRESENTS: BONOB

  • アーティスト:BONOBO
  • 出版社/メーカー: FABRI
  • 発売日: 2019/02/19
  • メディア: CD
 

多ジャンルにまたがり芳醇な音世界を構築するエレクトロニック系プロデューサーBonoboがFabricに降臨。豊かで抒情的なメロディを持つ音群で構成された技巧派な1作! 

Fabric Presents Kölsch

fabric presents Kölsch (DJ Mix)

fabric presents Kölsch (DJ Mix)

  • 発売日: 2019/05/31
  • メディア: MP3 ダウンロード
 

Kompaktからのリリース作品で知られるデンマークのプロデューサーKölschのFabric Mixは全て自らのオリジナル作品で占められている。淡々と続いてゆく音響の狭間から次第に幽玄な世界が覗いてくる。 

Fabriclive 96/Skream

Fabriclive 96: Skream

Fabriclive 96: Skream

  • アーティスト:Skream
  • 出版社/メーカー: Fabric
  • 発売日: 2018/01/26
  • メディア: CD
 

ダブステップ界の寵児として登場したSkreamはその後EDMへの接近を果たし、このFabric Mixでもそういった彼の音遍歴が伺うことが出来る。刻々と変化しつつドラマティックな終局に近付いてゆくMixがGood。 

Fabric 98/Maceo Plex

FABRIC 98

FABRIC 98

  • アーティスト:MACEO PLEX
  • 出版社/メーカー: FABRI
  • 発売日: 2018/04/20
  • メディア: CD
 

 キューバアメリカ人DJ、Maceo PlexによるFabric98番はダークでメランコリックなテクノ・チューンから始まりそのままダークさを維持しまま徐々に狂騒へと変化してゆくMixだ。

Fabric 99/Sasha

fabric 99: Sasha

fabric 99: Sasha

  • 発売日: 2018/06/22
  • メディア: MP3 ダウンロード
 

80年代後半から活躍するUKのレジェンドDJ、Sashaが満を持してのFabric参戦だが、今まで参加してなかったんだ?と思ったほど。ミステリアスなアンビエント・ハウスから始まりその後も静謐さを湛えながらメランコリックなメロディが揺らぐ美しいMix。 

Fabriclive 84/Dub Phizix

FABRICLIVE 84: Dub Phizix [Explicit]

FABRICLIVE 84: Dub Phizix [Explicit]

  • 発売日: 2015/11/20
  • メディア: MP3 ダウンロード
 

 ベースミュージック・プロデューサーDub PhizixによるFabriclive84番。エッジの効いたビートと地を這うベースが唸りまくるダブステップドラムンベースMix。

■最後に、お得な111曲収録コンピレーションを紹介

f:id:globalhead:20200326234908j:plain

2016年6月、ナイトクラブFabricでオーバードースによる少年の死亡事故が起こり、無期限の営業停止命令が下されるという事態に発展した。その後の裁判を通し再発防止の取り組みが認められ営業再開となったが、その間、Fabric救済基金の一環として111トラックにも及ぶコンピレーションアルバムがリリースされた。営業が再開された現在もこのコンピレーションは£9.99でD/L購入することができる。様々なアーチストが参加した111曲、10時間超のEDMコンピレーションが日本円で1300~1400円ほどで手に入る!お得じゃないか!EDMに興味がある方に是非!

■fabric

http://www.fabriclondon.com/store/save-fabric.html

■Bandcamp

https://savefabric.bandcamp.com

18世紀末スウェーデンを舞台にした歴史ミステリ『1793』

1793 / ニクラス・ナット・オ・ダーグ

1793

1793年、混沌とした時代のストックホルム。秋のある日、湖で男性の遺体が発見された。腐食はしていないが、四肢は切り落とされ、眼球をくりぬれ、舌と歯も奪われ、美しい金髪だけが残されていた。結核に冒され余命幾ばくもないインテリ法律家と、戦場帰りの荒くれ風紀取締官がタッグを組んで殺人事件の謎を追う――。 

18世紀末のスウェーデンストックホルムを舞台にした重厚な歴史ミステリである。物語の発端は湖で発見された両手両足を切断され、目も耳も歯も潰された男の死体が発見されたところから始まる。しかもそれらの肉体損傷は生きているうちに成されたものらしい。

このおぞましい事件を捜査する主人公二人のキャラクターがいい。まずはインテリ法律家ヴィンゲ、彼は結核に冒され余命幾ばくも無い幽鬼の如き出で立ちの男だ。そして”引っ立て屋”、当時の風紀取締隊を生業とする男ミッケル。彼は第一次ロシア・スウェーデン戦争(1788~90)において片腕を失い、木製の義手を付けた醜い荒くれ者である。対照的なこの二人の男が雪に閉ざされたストックホルムで謎の事件を追う。

18世紀のかの地は汚濁と貧困、暴力と絶望の渦巻く暗黒の土地であり、その悪夢の如き情景がこの物語のもうひとつの主人公となる。物語展開は主人公二人のみを追うのではなく、中盤から幾つかのサブストーリーに枝分かれし、ここでは混沌の街ストックホルムを席巻する虐待と恐怖が描かれることになるが、そのグロテスクさは殆どホラー小説の域に達している。人命も尊厳も二束三文の如く扱われ、まさに「吐き気を催す」ような肉体破壊と蹂躙とがこれでもかと描写されるのだ。

こうした圧倒的な重苦しさと忌まわしさに彩られた物語であるにもかかわらず、主人公二人が正義と真実を執拗に追い求める姿が一筋の光明の様に救いをもたらしている。実に圧倒的な作品であり、グロテスクさが気にならない方であれば是非お勧めしたい。18世紀末といえばちょうどフランス革命の起こった時期でもあり、その余波がスウェーデンに波及する様にも言及され、物語をさらに奥深いものにしている。

1793

1793

 
1793

1793