殺戮と詩情に満ち溢れた傑作SFアジアン・ノワール小説『翡翠城市』

翡翠城市/フォンダ・リー

翡翠城市(ひすいじょうし) (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ 5045)

ケコン島――それは選ばれし者〈グリーンボーン〉たちの島。彼らは、島の貴重な天然資源である翡翠からエネルギーを引き出すことによって、怪力、敏捷、医療、感知など、人知を超えた能力を手に入れることができた。島の中心地であるジャンルーンを仕切るコール家を中心とした〈無峰会〉は、若き〈柱〉である長男のラン、ランを支える〈角〉の次男ヒロを中心に強く結束し、宿敵〈山岳会〉を相手取って、縄張り争いに日々明け暮れていた。だが、僅かなほころびをきっかけに事態は混沌の様相を呈するように――。"翡翠の街"を舞台に展開するSFアジアン・ノワール。ケン・リュウも激賞した、世界幻想文学大賞受賞作。

今、アジアンなSFが熱い。『紙の動物園』のケン・リュウ、『三体』の劉慈欣、他にも郝景芳やチョン・ソヨンによるSF/ファンタジー短編集、さらにはアジアSFアンソロジーなどが続々と出版され始めている。アジアンSFの面白さは欧米のSF作品とはまた別種の世界観・SF観・そして人間の情感を描いているという部分だろう。それは「非西欧的」であることの、オルタナティブな物語性にあるのだ。

今回紹介する『翡翠城市』の作者フォンダ・リーはカナダ出身であり、「アジアンな」とひとくくりにするには強引なのだけれども、『翡翠城市』がアジア的な異世界を舞台にしているという部分でこの範疇に収めさせてもらって構わないのではないか。なによりその物語というのが、「香港を思わせる架空の都市を舞台にした、魔術的な力を操るマフィア同士の血で血を洗う抗争を描くSFノワール作品」というものなのだ。

物語の舞台はケコン島と呼ばれる台湾を思わせる島、ここは人間に超常的なパワーを与える天然資源”翡翠”が産出される地上唯一の場所だった。ケコン島を牛耳る二つのマフィア組織、「無峰会」と「山岳会」は、この”翡翠”の利権を巡り常に睨み合っていた。そしてその均衡が破られたとき、マフィア組織同士の恐るべき抗争が始まる。それは、多数の”翡翠”を身に付け人智を超えた力を操る、超能力マフィア同士の凄惨な戦いの始まりでもあった。

舞台となる世界は現実の現代社会とさして変わりない。現代、というよりはもう3、40年ほど昔の時代に似ているかもしれない。スマホやPCなどのテクノロジーは描かれないからだ。マフィアの抗争、とは書いたがどちらかというとヤクザ同士の出入(でいり)に近い。銃やマシンガンの撃ち合いもあるが、やはり戦いの基本になるのはナイフや刀剣であり、そして”翡翠”の持つ超絶パワーによる潰し合いなのだ。

とはいえ、この物語の真の魅力となるのは超能力合戦による戦闘描写ではない。この物語の真の魅力、それは「無峰会」を牛耳るコール家、今作の主人公となるその面々の、強烈なファミリーの結束、血肉を分け合ったもの同士の愛と憎しみ、葛藤と裏切り、生と死の物語なのである。そう、この物語が「21世紀版ゴッドファーザーx魔術」と呼ばれるのはそういった側面にあるのだ。どうですか、メチャクチャ面白そうじゃないっすか!?

コール家とその側近らのキャラクターの描き分けも実に巧みだ。無峰会首領であるランは落ち着いた青年だがその弟ヒロは熱くなりやすい。妹シェイは自らのマフィア一家を嫌い距離を置こうと腐心する。かつて首領だった祖父は過去の栄光の中に浸り現実を見ない。相談役の老人は保守的な上にどこか信用できない。一方コール兄弟の従弟アンデンはまだ学生だが組織の為に尽くすか否か心が揺れている。そしてコール家と敵対する山岳会の首領アイトは冷徹であると同時に狡知に長けどこまでも現実的な女だ。

これら様々な登場人物の思惑が複雑に絡み合い、それが大きなうねりとなって、あたかも交響曲の如き重厚なドラマを形作ってゆくのである。600ページと大部の小説だが、それはこれら登場人物たちの事細かな人物描写を成しているせいでもある。とはいえ一見複雑そうな人間関係が何故か馴染み深く感じるのは、作者がこの作品を書き上げる為にシチリアン・マフィアや日本のヤクザのドキュメンタリー、さらに香港アクション映画などからリサーチしたという部分にもあるのだろう。マフィアである家族を嫌いながらいつしか戦いの中に身を投じてしまうシェイからは、映画『ゴッドファーザー』でアル・パチーノが演じたマイケルを思い出してしまった。

こうした深い人間ドラマと、任侠で彩られたマフィアという特殊な社会、そして”翡翠”の力によって生み出される超常の戦いが巧みにミックスされ、さらにそこにアジアン・テイストの背景が加わって、今までありそうでなかった独特な世界観を生み出しているのが本作なのだ。緑に輝く翡翠を巡る愛と闘争の物語、『翡翠城市』は今年出版されたSF本の中でも群を抜いて優れた小説であり、注目すべき作品のひとつであろう。 

翡翠城市(ひすいじょうし) (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ 5045)

翡翠城市(ひすいじょうし) (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ 5045)

 
翡翠城市 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

翡翠城市 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)