最近読んだSF/『巨星 ピーター・ワッツ傑作選』『星間帝国の皇女-ラスト・エンペロー-』

■巨星 ピーター・ワッツ傑作選/ピーター・ワッツ

巨星 ピーター・ワッツ傑作選 (創元SF文庫)

地球を発って十億年以上、もはや故郷の存続も定かでないまま銀河系にワームホール網を構築し続けている恒星船と、宇宙空間に生息する直径2億kmの巨大生命体との数奇な邂逅を描くヒューゴー賞受賞作「島」、かの有名な物語が驚愕の一人称で語られるシャーリイ・ジャクスン賞受賞作「遊星からの物体Xの回想」、戦争犯罪低減のため意識を与えられた軍用ドローンの進化の果てをAIの視点で描く「天使」――『ブラインドサイト』で星雲賞など全世界7冠を受賞した稀代のハードSF作家ピーター・ワッツの傑作11編を厳選。日本オリジナル短編集。

 カナダのハードSF作家ピーター・ワッツの短編集。ピーター・ワッツを読むのはこれが初めて。作品の全体的な傾向としては「自意識とは何か」とか「訳分からんものとの遭遇」を描き、まあSFでは普通によくあるテーマではあるのだが、実際読んでみると結構奥深い洞察が加えられていて実に読み応えがあった。ハードSFとして先端的な描写が多用されるワッツ作品ではあるが、同様のハードSF作家、例えばグレッグ・イーガンのアプローチの在り方とはまた別種、というか違う次元のものを感じる。例えば「自意識」と言った場合何がしか学術的な定義があるのだろうけれども、ワッツが描く物語は単に「自意識」というのではなくその先の「魂」的な部分に肉薄しようとしているように感じるのだ。そして「魂」の定義は神学的な部分にしか依拠できないものなのではないか。だからこそワッツの短編はどこか暗く鬱々としているものが多い。それは「魂」という科学的には不合理なものを取り扱おうとするときの、科学者でもあるワッツの苦心の在り方ではないのか。同様に、「訳分からんものとの遭遇」のテーマ作品は、単に「異生物や異種知性体との遭遇を描くSF的な面白話」の枠を超えてある種の人智を超えた「試練」であったり人智を超えた「超存在」との遭遇を描いたものの様に思えるのだ。例えば「島」における「宇宙空間に生息する直径2億kmの巨大生命体」とは、これは「惑星ソラリス」の変奏曲であるばかりではなく、「一個の世界に遍く存在する一個のみの生命」という意味合いにおいて「神」を指しているとも言う事もできるのだ。すなわち「魂」と「試練」と「神」の存在を模索しようとするワッツの短編からは、望んでか望まずにかは分からないが、どこか宗教的な洞察の在り方を感じるのだ。そこが面白い。

巨星 ピーター・ワッツ傑作選 (創元SF文庫)

巨星 ピーター・ワッツ傑作選 (創元SF文庫)

 
巨星 ピーター・ワッツ傑作選 (創元SF文庫)

巨星 ピーター・ワッツ傑作選 (創元SF文庫)

 

 ■星間帝国の皇女-ラスト・エンペロー-/ジョン・スコルジー

星間帝国の皇女 ―ラスト・エンペロー― (ハヤカワ文庫SF)

相互依存する国家および商業ギルドの神聖帝国、すなわち"インターディペンデンシー"は、異時空内の流れ"フロー"を用いた超光速航行で成立する星間帝国だ。だが、47星系を結ぶ礎である、そのフローが崩壊しつつあった……。父皇帝の死後、カーデニアは惑星ハブで若くして皇位を継ぐ。破滅の迫る帝国で、彼女は権謀術数渦巻く権力争いにのみこまれていくが――《老人と宇宙》著者によるスペースオペラ新シリーズ開幕!

ジョン・スコルジーは好きなSF作家で、訳出作は多分全て読んでいるとは思うのだが、なんだか量産しまくってて読後感が段々軽くなってくるなーと近作読みながら思ってたんだけれども。で、今回は【星間帝国!】と来たから「おおっとスコルジーに似つかわしくない重量級にゴシックな世界が展開されるのかッ!?」と思ったが、読んでみるとやっぱりスコルジー的な軽い世界でなんとも拍子抜けした。なんというか誰も彼もが現代風にブロークンな、要するに汚い言葉使い過ぎ。これはスコルジーの味わいでもあるのかもしれないが、これじゃあ【星間帝国!】というには余りに軽過ぎカジュアル過ぎで、それがスケールの大きさを感じさせなくしている。舞台も「銀河にひしめく数多の惑星国家!」というわけでもなく帝国と23の惑星とそこのおエライさんがドタバタするだけで、「これホントに帝国なのか、単なる企業間闘争のお話に過ぎないんじゃないか」としか思えない。「企業間闘争」と書いたのはこの物語が基本的に経済とその契約、それにまつわる陰謀を描いているからで、ここらもスコルジーらしいといえばそうなんだが、やはり【星間帝国!】というからには専制政治と搾取と圧政とそこから生まれる叛乱を描いて欲しかった……というのはオレの一方的なイメージの押しつけにすぎないか。それとこの作品の最も大きな不満は、これ1冊で物語が終わっていないということだ。物語における最大のテーマは超宇宙航行を可能にする「フロー」と呼ばれる時空変異点の危機を描くものなのだが、それが最終的にどう決着するのか描かれないのだ。というのはこの作品、後で知ったのだが3部作の1作目だからだそうで、じゃあ【星間帝国シリーズ1】とかなんとか表題に付けろよハヤカワさんよー。という訳でなんとも煮え切らない読後感であった。

星間帝国の皇女 ―ラスト・エンペロー― (ハヤカワ文庫SF)

星間帝国の皇女 ―ラスト・エンペロー― (ハヤカワ文庫SF)