バンドデシネ・アーチスト、バスティアン・ヴィヴェス特集:その2『ポリーナ』

■ポリーナ/バスティアン・ヴィヴェス

ポリーナ (ShoPro Books)

日本では2014年に刊行された『ポリーナ』はバレエ・コミックである。幼少よりバレエの才能に恵まれたロシア生まれの少女ポリーナが、厳格なバレエ教師との間で悩み葛藤し対立しながら、あるいは友人や恋人や協力者との人間関係の中で成長を遂げ、自分にとってのバレエを見つけてゆくという物語である。

この作品において注意したいのは、これは成長の物語であり、バレリーナとして大成する一人の女性の物語ではあるけれども、いわゆる「サクセス・ストーリー」とはきっぱり袂を分かつものであるといった点だ。彼女の目指すのは喝采や賞賛ではなく、彼女自身が納得できる形での芸術としてのバレエの完成であり、それを追い求めるためのバレエとの対話なのだ。

バレエや芸術などというと庶民的感覚ではリアリティの稀薄な縁遠いもののように感じてしまうが、これを「自己表現の在り方を模索する表現者の物語」と捉えるなら理解度も高まるだろう。類稀なスキルを持ちながらそれでも苦悩し葛藤するポリーナが請い求めていたもの、それは「自分が何をどのように表現したいのか」という確固たるビジョンであったに違いない。そして煎じ詰めるならそれは、「自分とは何であり、何でありたいのか」という自己観念の物語でもあるのだ。

この作品においても注目すべきなのはそのグラフィックだろう。「バレエ・コミック」というと華美であり格調高いものを想像してしまいそうだが、この作品においては竹ペンを思わせる朴訥な描線を使用し(実際にはCG描画)、柔らかさや温かみを感じさせるグラフィックを表出させているのだ。そしてこの描線は、バレエの動きの柔らかさを表現するのと同時に、それを踊る者の心の柔軟さ、伸びやかさまでも表現することを可能にしているように思う。 

 なおこのコミックはバレリー・ミュラー、アンジェラン・プレルジョカージュ監督により『ポリーナ、私を踊る』というタイトルで2016年に映画化公開されている。

ポリーナ (ShoPro Books)

ポリーナ (ShoPro Books)