ショーン・タン最新作のタイトルはなんと『セミ』?

セミ/ショーン・タン

セミ

「絵本作家」といえばオレがまず最初に思い浮かべるのがこのショーン・タンである。まあ他の絵本作家を知らないという事もあるが(オイ)。絵本作家、ではあるが、ショーン・タンの描く作品は「大人の絵本」とでも呼ぶべきものである。

彼の代表作である『アライバル』を読んだときの衝撃は今でも忘れない。この作品では一切言葉を使わず、グラフィックの圧倒的な説得力だけで物語が進んでゆく。そこでは精緻に描かれたファンタジックな世界が展開するけれども、よく読むなら、この作品で描かれるのは、現実世界への期待であり不安であり、悲しみであり希望であることを気付かされるのだ。まさに「大人の絵本」の面目躍如ともいえる傑作だった。

彼の作品では子供時代の眩いばかりの郷愁や仄暗い恐怖が描かれもするが、同時に、大人として生きてゆくことの労苦や人生の実感もまた描かれることになる。ファンタジイが時として世界への幻滅により成り立つ部分を、ショーン・タンはそのファンタジイを介してもう一度現実世界に足懸りを求めようとする。

という訳でショーン・タンの新作絵本『セミ』である。表紙を見るとスーツを着たセミが何かの書類を持ってかしこまっている。地面には書類が散らばり、セミの背後の壁や床は陰鬱で無機的な灰色をしている。どこか滑稽であると同時に、どこか不穏だ。これはなんの物語なのだろう?ショーン・タンの絵本『セミ』は例によって少ない文字とグラフィックの妙で見せてゆく作品であるが、数ページ足らずのこの作品の物語を全て説明するのはやめておこう。しかし表紙から感じさせる「滑稽」と「不穏」は最後まで物語を牽引し、ショーン・タンにしては珍しい非常にシニカルな展開を迎える事になる。

スーツを着たセミを描くこの物語にファンタジイはなく、あるのは現実世界の暗喩としか捉えようのない苦々しさだ。数々のファンタジイ作品を描いてきたショーン・タンの、この作品の冷え冷えとした悪意はなんなのだろう?いや、ショーン・タンは知っているのだろう、本当は、幻想や、異世界や、ファンタジイだけでは、この現実世界はもうどうしようもない地点まで差し掛かっているのだと。そしてそれを知りつつ、ファンタジイを描かねばならない困難さを。ショーン・タンを知らない方の1冊目としてはオススメし難いが、作家ショーン・タンの全貌を丸ごと飲み込みたい方には避けて通れないであろう問題作ではある。

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