地獄から地獄へ、恐怖を積んで。/ 映画『恐怖の報酬【オリジナル完全版】』

■恐怖の報酬【オリジナル完全版】 (監督:ウィリアム・フリードキン 1977年アメリカ映画)

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■40年の時を経て甦る【完全版】

1977年に全米公開されたウィリアム・フリードキン監督作品『恐怖の報酬』は1978年の日本公開時にオレも観ている。『エクソシスト』『フレンチ・コネクション』の監督が撮った作品というだけに期待して観たし、実際十分満足できる作品だった。当時の映画評論家の論調では「オリジナルをまるで超えてない」と酷評だったが、いったいこれのどこが悪いのかまるで理解できなかった(ファック・シネフィル!)。

そのオリジナル版であるアンリ=ジョルジュ・クルーゾー監督によるフランス映画『地獄の報酬』(1953)はオレが20代だった頃にリバイバル上映され、これも観に行った。あの頃はまだビデオソフトやレンタルが一般的ではなかった時代だったと記憶しているが、だからこそ古いフランス映画のリバイバルは貴重だった。ただ、この時に観たクルーゾー版『恐怖の報酬』は、当時のオレには退屈だった。というか、「モノクロの古いフランス映画」というものに、若造だったオレが馴染めなかったという事だったのだと思う。

というのは、50代を過ぎた頃にもう一度クルーゾー版をDVDで観たのだが、これがもう、世の評価の通り、掛け値なしの傑作だったからだ。貧困にあえぐこの世の果ての様な南米の土地、そこで絶望に満ちた生活を続ける主人公らがニトロ運搬で得られる高額報酬という"恐怖の報酬"に一縷の望みを掛け、死と隣り合わせの地獄の様な悪路を突っ切るというこの物語は、その徹底した暗さと重さ、張り詰めた糸のように緊張の続く描写、救いの無いラストに至るまで、まさに第一級の映画作品だったのだ。

その『恐怖の報酬』の、フリードキン版作品がリバイバル上映されるという。実は日本初公開時には、オリジナル全米公開版121分だったものを国際版として92分にカットされた作品として公開されていたのらしい。これをオリジナルの尺に戻し、さらに4Kリマスタリングを施し、堂々蘇らせたのがこの『恐怖の報酬【オリジナル完全版】』ということなのだ。『2001年宇宙の旅』や『遊星からの物体X』のリバイバル上映にさえ興味を持たなかったオレだが、なぜかこの『恐怖の報酬【オリジナル完全版】』には惹かれるものを感じた。実際観に行った劇場は4K上映ではなかったが、それでも、40年振りに観た『恐怖の報酬』は、40年前に観た以上に、臓腑を抉るかのような凄まじい作品だった。

■地獄から地獄へ、恐怖を積んで。

物語は主役となる4人の男たちの、後ろ暗い過去の描写から始まる。一人は殺し屋、一人はテロリスト、一人は横領犯、一人はギャング。それぞれの犯した過ちにより、4人は南米の薄汚れた小さな町に流れ着く。しかしそこは希望の片鱗もない地獄の様な地だった。ある日、近隣の土地で油田火災が発生し、これを消し止めるためニトログリセリンをトラックで運搬する運転手が必要となる。

ほんの少しの衝撃で大爆発を起こすニトログリセリン。報酬は莫大な金額。救いの無い町から脱出するため、4人の男たちは生死を掛けたこの仕事を請け負うことになる。しかし、鬱蒼としたジャングルと過酷極まる悪路、そして南米の凄まじい天候は、4人の行く手を頑として阻むのだ。絶望に満ちた地獄の町から、地獄の様な道程を経て、炎の燃え盛る地獄へ。4人はニトロと言う名の恐怖を積んで、悪夢の旅を決行する。

いや、なにしろ、素晴らしい作品だった。40年前に製作されたとは思えない、今この現在でも十分に視聴に耐えるどころか、今現在でさえこれと同等のサスペンスとスペクタクルを再現することが可能なのかと思わされるほどの作品だった。いや、CG全盛の現代ではもちろん可能なのかもしれないが、しかし、作品に賭ける監督フリードキンの熱量が半端ではないのだ。

確かにフリードキンには前述『エクソシスト』等のヒット作があるにせよ、どことなく不世出の監督といったイメージがあり、そのフィルモグラフィもどうも一貫していない。しかし、永らく評価されていなかったこの『恐怖の報酬』は、まさに、紛う事なきフリードキンの最高傑作と呼んでもいいのではないか。

フリードキン版の物語展開はクルーゾー版を丁寧になぞりながらも、繰り返しになることを避け、様々な部分で省略や変更が成されていた。そしてなんといってもフリードキン版オリジナルの、映画ハイライトとなるあの吊り橋のシーンだろう。映画ポスターのビジュアルとしても使用されているが、このシーンにおけるフリードキンの演出は鬼気迫るものであり、永遠に続くかとさえ思ってしまう緊張に次ぐ緊張の展開は、映画史に残ってもおかしくはないのではないか。映画全般においても台詞は最小限に抑えられ、あたかもドキュメントを見せられているようなリアリティと迫真性が全編を覆っているのだ。

■フリードキン版『地獄の黙示録

今回の映画で気付いた国際版のカット部分は、(40年前の記憶を辿っての「おそらく」なのだが)、冒頭における4つの国の4人の主人公たちの過去を描く部分(ここでまず30分ほどあった)、そして、ラスト部分だろう。

国際版ではいきなり南米で食うや食わずの生活を続ける4人の描写から始まったのではないかと思う。これはクルーゾー版と同一であり、逆に、4人の男たちの出自を描く部分にフリードキン版のオリジナルがあったのだ。実はこの冒頭がなくても話は繋がるのだが、しかし、ここを描くことでより深く、血塗られた宿痾にもがき苦しむ4人の内面を活写することに成功しているのだ。また、この冒頭を用いたフラッシュバック・シーンも国際版ではカットされていたのではないかと推測する。

そして、もはや「改変」としか言いようのないあのラスト。オレはクルーゾー版とは全く違う国際版のラストも好きなのだが、このオリジナル版のラストを観てしまうと、まさにこれこそが『恐怖の報酬』に相応しい終わり方だと納得させられるのだ。そしてこれにより映画『恐怖の報酬』は、より凄惨な【地獄】の物語としての円環を閉じるのである。

製作に現在のレートで百億円もの資金を使いながら、密林におけるその撮影は難航を極め、撮影自体が「悪夢」のようであったという『恐怖の報酬』。これはフランシス・フォード・コッポラ監督の傑作映画『地獄の黙示録』撮影における熾烈な撮影状況と非常に似通ったものを感じる。欧米白人が異郷の第3世界で全く異なった環境の中に置かれ、打ちひしがれもがき苦しむ様は、どちらの映画内容にも共通し、さらにどちらの製作現場でも同様であった。この、まったく相容れない世界との衝突、さらに敗北、といった点においても、これらの映画作品は同等なのだ。映画『恐怖の報酬』は、フリードキンによる『地獄の黙示録』であったのかもしれない。

 

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