最近読んだ本/『こうしてイギリスから熊がいなくなりました』『中二階』

■こうしてイギリスから熊がいなくなりました/ミック・ジャクソン

こうしてイギリスから熊がいなくなりました

これは、イギリスで絶滅してしまった熊に捧げる、大人のための寓話です。電灯もオイル・ランプもなかった時代、夜中に森を徘徊する悪魔だと恐れられた「精霊熊」。死者のための供物を食べたせいで、故人の罪を引き受けてしまった「罪食い熊」。サーカスが流行した時代、人間の服を着て綱渡りをさせられた「サーカスの熊」。19世紀、ロンドンの下水道に閉じ込められ、町の汚物や溜まった雨水を川まで流す労役につかされていた「下水熊」。―ブッカー賞最終候補作家が、皮肉とユーモアを交えて独特の筆致で描く8つの奇妙な熊の物語。

オレは相方から「熊」と呼ばれている。熊のように体形がドデッとして動きもノッソリしているからなのだそうである。愛玩されているのかからかわれているのかよくわからないが、豚とか鼠とか言われるよりまだましなので甘んじて愛称として捉えることにしている。そんな熊なオレが書店で見つけたのがこの『こうしてイギリスから熊がいなくなりました』である。同じ熊としてこれは読まねばならないと思ったのだ。内容はというと「かつてイギリスに住んでいた熊たちが迫害され弾圧され、流浪の未にイギリスから姿を消してしまう」という寓話集である。実際、イギリスにおいて野生熊は絶滅種であり、生息していないのらしい。乱獲が理由だそうだ。しかしこの作品集では熊の消滅した理由を8編の短編による寓話的なファンタジイ仕立てで描くこととなる。ファンタジイというかなにしろイギリス作家の書いたものなのでどことなく陰鬱で寒々しくて貧乏臭くて笑えない笑いに満ちた作品ばかりだ。挿絵も相当数挿入されてはいるがこれがまた陰鬱で寒々しくて可愛げのない挿絵ばかりで、なんかこう読んでいて段々気が滅入ってくるというか物悲しい気分に苛まれてしまう作品集ではある。一番面白かったのは訳者あとがきで、イギリスでは熊以外にも多数の動物が絶滅や虐待されていることが書いていて、その理由がいちいち面白かった。イギリスでは狼も絶滅種だが、他では「狐を乱獲したばかりに今度は兎が増え草木を食い荒らし木すら生えなくなった」のだという。イギリスアホやん……。

こうしてイギリスから熊がいなくなりました

こうしてイギリスから熊がいなくなりました

 

 ■中二階/ニコルソン・ベイカー

中二階 (白水Uブックス―海外小説の誘惑)

中二階のオフィスへエスカレーターで戻る途中のサラリーマンがめぐらす超ミクロ的考察。靴紐が左右同時期に切れるのはなぜか。牛乳の容器が瓶からカートンに変わったときの素敵な衝撃。ミシン目を発明した人間への熱狂的賛辞等々、これまで誰も書こうとしなかった愉快ですごーく細かい小説。

ニコルソン・ベイカーによる長編小説『中二階』 はいわゆる「ミニマル小説」とも呼ぶべきお話である。なんとこの物語、「一人の男がエスカレーターに乗って中二階で降りるまでの数十秒の間に男の心に去来すること」を延々全180ぺージ余りに渡って書き連ねている「だけ」なのである。数十秒の間に考えることなどたかが知れているが、この物語では連想が連想を呼び最初の想起点からは果てしなく逸脱してゆきそしてそれが膨大な量の言葉=文章となって横溢することになるのだ。それだけではない。連想に対する連想はそこに脚注を生み、その脚注ですらまたもや膨大な量の言葉を連ねる結果となってしまうのである。そんなわけだからこの作品には実は「物語」が存在しない。「物語」を存在させず連想だけをバトンリレーさせながらどのように長編小説としてまとめるかかこの作品の目的なのだ。そういった部分で、連想の中で語られる平凡なアメリ中流階級の20代のビジネスマンの生活や彼がたどったであろうやはり平凡な人生の様子を垣間見ることは面白く読める方もいらっしゃるのだろうが、「物語」が存在しない、ということそれ自体によりオレはひたすら退屈して読むことになってしまった。試みとしては面白いがいわゆるパフォーマンスアートみたいなもんで概要さえ分かっちゃえばわざわざ最後まで読み通すような作品でもないと感じちゃったなあ。

中二階 (白水Uブックス―海外小説の誘惑)

中二階 (白水Uブックス―海外小説の誘惑)