人類滅亡5000年後、残された人々の未来を描く最終編『七人のイヴ III』

■七人のイヴ III / ニール・ステーヴンスン

七人のイヴ III (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

月の無数の破片が落下する“ハード・レイン”により地球が滅亡し、それから5000年の月日がたった。その直前に宇宙に脱出して生き残った人類、「七人のイヴ」の子孫たちは、月が元あった軌道上に無数のハビタット宇宙エレベーターを建設して、七つの人種による新しい文明を築きあげていた。一方、いったんは不毛の地と化した地球では、ふたたび地上で暮らすために、テラフォーミングが進められていた。だが、思いがけない発見により、“ブルー”と“レッド”二陣営に分かれた地球の覇権をめぐる戦いへと発展していく…。全滅の危機に立ち向かう人類の未来を描き上げたSF巨篇、堂々の完結へ!

破壊された月の破片が巨大隕石となり地球に降り注ぎ、地球は死の惑星と化した。災厄を察知した人類は少数の人間を宇宙ステーションに送り込んだが、生き延びたその末裔たちが地球に再び降り立つのは、月破片が降り止む5000年後を待たねばならなかった……というニール・ステーヴンスンの長編ディザスターSF小説『七人のイヴ』、全3巻の最終巻第3部が発売された。

そしてこれまでの1,2巻は近未来を舞台に地球滅亡と最後に生き残った人々の姿までを描くこととなったが、この第3巻ではいきなり「5000年後」である。即ち人類が再び地球の地を踏む場面からが描かれるという訳である。

とはいえ、なにしろ第3巻ともなると物語全体の3分の2を過ぎてからの物語であり、その第3巻の内容をあれこれ書くとなるともはや物語の殆どを語ってしまうことになる。いわゆるネタバレ必至ということである。ではあるがこの3巻にはいろいろ思うことがあるので書いておきたい。というわけで、今回はラストまで触れるネタバレ全開の記事になりますので、そういうのを避けたい方はここで止めておきましょう。

じゃあ書くよ!

 

5000年後の人類、それは2巻ラストで生き残った7人の女性が単為生殖を繰り返しさらに交配を重ねながら7つの氏族に分かれた社会だった。彼らは5000年のうちに高度な科学技術を発展させ工業化を可能とし、地球軌道上にリング状に連なるコロニーを形成し、その人口を億単位にまで増やしていった。彼らの目標は地球に再び降り立つこと。即ちテラフォーミングならぬテラ”リ”フォーミングである。地球壊滅から5000年たった現在、そのテラリフォーミングは大気と海、植物・動物の再生まで漕ぎ着け、移住は目前と考えられていたが、幾つかの問題が存在していた。それは軌道上の人類が「ブルー」「レッド」の二派に分かれ戦争状態である事、さらに地球上に軌道上人類とはどうやら違う人類の姿が発見されたことだった。こうして再生しつつある地球に7つの氏族で形成された監視団が派遣されることとなるのが本編の粗筋である。

まずなにしろ「壊滅した地球」の「テラリフォーミング」というアイディアが秀逸だ。そして5000年後という遠未来における変貌した人類の姿とその社会、さらにその驚くべき科学技術、という点に目を見張る。本作は1,2部が近未来が舞台のディザスター&サバイバルSFだったが、この3部で遠未来SFという形でいきなり趣が変わってしまうのも驚きだ。

とはいえこの変則的な構成が物語全体の流れを淀ませ読む者を戸惑わさせていることも否めない。まずこの第3部では「(5000年後の)現在起こっている事」の合間合間に「この5000年の間に起こった事」が小出しで語られる構成になっている為、「現在」の出来事がなかなか進まず、さらにその「現在」の驚くべきテクノロジーにしてもいちいち科学的な説明を差し挟むことになり、それはそれで必要なのだけれども物語展開がさらに停滞する、という悪循環に至っている。物語の3分の2を過ぎていよいよ興が乗ってきた段階でこのスピードダウンは物語全体の印象を悪くしてしまう。

これは3部構成に拘ったからの過誤で、むしろ災厄から5000年後の現在までの歴史は搔い摘んだ形で「間奏」的にもう一章割き、そして改めて「5000年後の現在」を時系列を追って書いた方がすっきりしたのではないか。これでは終章の筈の第3部が5000年間分の雑駁なまとめとエピローグ的な小振りな物語を混ぜこぜにしただけのカタルシスに乏しい文章になってしまう。

もうひとつ納得ができなかったのが「7人のイヴ」から派生した人類が5000年間の交配がありながらそれほどの交雑をせずあくまで7つの氏族であることに拘り原初のイヴの特性を今現在まで残している、という設定である。いや、遺伝子混ぜましょうよ。設定は珍奇ではあるが説得力が薄いのだ。さらに戦争状態って。これも「5000年の間にいろいろあった」ってだけの説明しかなくて、なんかもう設定のための設定としか思えない。

そして地球に残った人類が洞窟を掘ってその中で5000年生き永らえていた、という新事実だ。これは前の章で伏線が貼ってあったからその存在は理解はできるとしても、地球に雨あられと隕石が降っている中一歩も地下から出ずに数千人の人間が5000年間生き延びる、というのはいったいどういったテクノロジーや社会が必要なんだ。軌道上に人類が5000年間生き延びるテクノロジーは物語内であれだけきちんと説明しているのにこちらは説明がほんの少しで、なんだか誤魔化されているような気分になっちゃうんだよな。それと!ラストのあれ!海の!あれだってどういうことだよ。

結局、大団円である筈の第3章に過去と現在を詰め込んだ挙句物語性はエピローグ程度の薄さで、そこで発見された新事実にも何も説明が無い、というどうにもこうにも竜頭蛇尾な物語構成になってしまったのがこの『七人のイヴ』ということになってしまう。とはいえ作者のアイディアややりたかったことは実に分かるんで、駄作とか失敗作とも言い難い実に惜しい何かがある。結構イイ線まで行ってるんだけど噛み砕き不足で空中分解してしまった、あーこれニール・ステーヴンスンの長編によく見られる傾向だしある意味実にニール・ステーヴンスンらしい作品として終わっている、そしてニール・ステーヴンスンらしい作品ってどれもイマイチな微妙さを持ってるんだよなーとまたもや納得させられてしまった、なんとも歯痒い作品として終わっていた。悪くは無いんだけどなー!